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ただの村娘の私の元に、救世の英雄が恩返しに来たのですが  作者: 紬夏乃
第一部

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そういえば生活費。






「フィルディードさん、今日私、お店に行こうと思うんですけど」


「はい。何か買いに行くんですか?」


「いえ、そろそろ宝石を換金してもらおうと思って」


 なんてことないように告げるシアに、フィルディードは顔色を悪くして消え入りそうな声を出した。


「生活にはお金が必要なことをすっかり失念していました……本当に、申し訳なく……」


「やだ、大丈夫ですよ! フィルディードさんへって皆から差し入れをもらうから、返って普段よりお金がかかってないくらいで!」


「ですが今、先生と奥様が遺されたものを売ると……」


 蒼白な顔で声を絞り出すフィルディードに、シアは慌てて両手を振った。


「違うんです! 父様たち昔ずっと旅生活をしてたらしくて、資産はぜんぶ宝石に変えてたんですよ! 思い出の品とかそういうのじゃなくて、誓いのピアスも大切なものもちゃんと別に残してありますし!!」


 誓いのピアスは、婚姻を神に誓う際に互いの耳につけるものだ。一対で作ったものを片方ずつ、石は互いの瞳の色を使うことが多い。互いの耳にピアスをつけて心から婚姻を誓えば、神に認められピアスは外れなくなるのだ。どちらかの生命が尽きるまで。


 ——だから、耳を見れば既婚者がわかる。シアの父は、母が亡くなりピアスが外れるようになっても、ずっと耳に誓いのピアスをつけたままだった。


 父が亡くなってからは、一対揃えてジュエリーケースにしまってある。他に、母が大切にしていて、シアに遺してくれたアクセサリーなんかも。


 懸命に事情を説明するシアに、フィルディードは首を振った。


「で、ですが、その、生活費を出させてください。直ちに財布を持ってきますから」


「ああ、まあ……はい」


 フィルディードの顔色は悪いまま。ここで受け取らないと固辞してはフィルディードの気がすまないだろう、とシアは曖昧に頷く。フィルディードは直ぐ様部屋に戻り、財布を取ってきた。「これを……」とフィルディードがシアの手のひらに乗せたのは、繊細な模様が刻まれた、美しく輝く白金貨だった。シアは目を細めて手の上の白金貨を眺め、無言でフィルディードに突き返す。


「シア……?」


「だめ」


「足りませんか?」


「多いんですよ!! 何年暮らせる額だと思ってるんですか!!」


「ですが、財布の中には白金貨しかなく」


「フィルディードさんのお財布どうなってるの!!」


 白金貨は、大口の商談や目が飛び出るような額の宝飾品、美術品の売買くらいでしか使われない、高額コインだ。シアも実物を見るのは初めてで、一瞬何かが理解できなかったくらい一般的に使われていない。シアは両手を握って背中に隠し、ぜったいに受け取らないと主張した。




「シア……」


「だめですよ」


 シアはフィルディードの方を見もせずにすげなく断って、宝石袋からルースを取り出す。小さな巾着袋に一粒ずつ、それなりの大きさのルースが入っている。シアは正確に鑑定できないし相場も変動するが、ここにしまってあるのは一粒でおよそ金貨二枚から四枚ほど。シアはきちんと中身があることを確かめて、巾着袋を三つ手に取った。


「あの、ですが……」


 オロオロとした雰囲気でシアの手元を眺めていたフィルディードが、そうだ、と閃きシアに提案を始める。


「——店の主人に託せば、日にちがかかるかと思います。僕なら一刻あれば隣町まで往復できます」


 シアはぽかんと口を開けてフィルディードを見上げた。フィルディードは胸に手を当て懸命に言葉を続ける。『役立ちたい』と顔に書いてあった。


「それに、僕が持ち込めば高値がつくかもしれません」


 それはまあ確かに、英雄様が持ってきた宝石なんてプレミアがついて高値になるだろう。証明になるものをねだられるかもしれないが、英雄相手に無茶はできないだろうし。……でも、とシアは口を開いた。


「ありがとうございます。でも、やめておきますね」


 シアは軽いにが笑いを浮かべてフィルディードを見つめる。


「確かに日数はかかるし、手数料も払います。……でも父様が宝石を持ち込んだから、伝手を探してくれたんですよ。宝石商との取引きなんてなかったのに。信頼を築くのは大変だっただろうなって思うんです」


 シアはロラ達一家の顔を思い浮かべながら、しみじみと話し続ける。


「村の皆も町で買うよりぜんぶ割高になっているのはわかっていて……でもこの村でお店をやってくれることが本当にありがたくて、移動だけでも大変なのにって。だから皆、その手間にありがとう、ありがとうってお金を払うんです。この村は、そうやって助け合って回ってるんだなあって」


 シアはそこで一度言葉を区切って、フィルディードを見つめて照れたような笑みを見せた。


「それに私、フィルディードさんの名前を利用したいって、ちっとも思えないんです」


「……はい」


 フィルディードは目を細めて、幸せそうに微笑んだ。それから真面目な顔をして、シアを見つめる。


「でも、必ず両替して生活費を払いたいと思います」


「あの、それなら……」


 シアはフィルディードを見上げて、おずおずと話しかける。


「ロラおばさんに預けて、両替してきてもらうのはどうでしょう。その、手数料がかかるし、もしよかったらなんですけど」


 普通の金額ならちゃんと受け取りますし……と尻すぼみに話すシアに、フィルディードは嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「是非そうさせてもらいます」


「……はい! じゃあ、一緒にお店に行きましょう!」


 シアは勢いよく立ち上がる。足取りを弾ませて、ふたり並んで店に向かった。


 道から畑を眺め、黄色くなったいもの葉に、そろそろつる切りしようか、と話しながら。







雰囲気が壊れるので本文で言及しませんでしたが、誓いのピアスは心底から離縁を願ったときも外れます。

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― 新着の感想 ―
商いは信頼! 割高だけれども、そこに含まれる諸々の手間やロラさんたちのたつきをコミコミで捉えることのできるシアちゃん、ほんとに良い子だなぁとしみじみ……助け合って暮らしている村の姿が目に浮かびます。 …
あ、あとがきぃ!!!!(腹筋崩壊) すみません……サブタイトルだけで腹筋を鍛えられる回だと確信し、お気に入りのお星さまをタップしています。いま、予感は的中だったと声を大にして叫びたいです。(やめなさい…
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