冬野菜を植えよう
晴れ間が続き、畑の土が乾いたころ、シアは苗と種が入った箱を持ってフィルディードに声をかけた。
「フィルディードさん、冬野菜を植えましょう!」
「わかりました」
フィルディードは返事をしてすぐに立ち上がる。シアに土を耕すか確認して、自室にクワをとりに行った。
シアはクワを手に戻ってきたフィルディードを見て、思わず笑みを浮かべる。『救世の英雄様』に相応しい持ち物とは思えなくて、でも、聖印が刻まれたフィルディードのための神器。一緒に採取や農作業ばかりするものだから『フィルディード』にはしっくりくる気がして、シアは楽しげに笑いながらフィルディードに話しかける。
「ドニおじさんがさっき玉ねぎの苗をくれたんですよ。蕪と人参の種もあるから、一緒に植えちゃいましょう」
「はい」
ふたりは笑顔を浮かべて畑に向かった。
畑の土は長雨にすっかり固められている。でも、夏野菜の残渣も雨が降る前に撒いておいた貝の粉や牛ふん堆肥も、すっかり馴染んでいるころだ。シアは庭木の辺りで立ち止まり、腰に手を当て胸を張った。
「お願いします」
「任せてください」
フィルディードがクワを手に畑に入る。耕すのはフィルディードだけだ。だって危ないし。——少し前だったら、気が引けていただろうとシアは思う。『恩返し』なのだから、と自分に言い聞かせて。
確かに『恩返し』ではあるのだけれど、とシアは眉を下げて力の抜けた笑みを浮かべる。すっかり生活の一部をフィルディードに任せることに慣れてしまったのだ。何かを頼むことにも。
——彼と別れる日が来たらまた独りの寂しさに馴染まなければならないのだとまだ気付いていないシアの視線の先で、フィルディードがクワを振りかぶり地面を爆ぜさせた。
「すみません、固くなっていると思うと力加減を間違えてしまいました」
「あはは、フィルディードさんまた土まみれ! 苗を植えたらお風呂を沸かしましょうね」
シアは声を上げて笑い、フィルディードの肩を払った。フィルディードは面映そうにしながら頭をかく。
次はシアが畑に入る番だ。畑の土は深く耕されてふっかふか。シアはふかふかの土をクワですくい、畝を作った。
畝の横に等間隔に玉ねぎの苗を並べる。両端から植えていって、ぜんぶ植え終わったら次は種まきだ。平らにならした畝に、指で二本軽く溝を作る。それからシアは立ち上がって、フィルディードを振り返った。
「フィルディードさん、手を出してください。種を渡しますね」
「はい。これはどうやって蒔けばいいですか?」
「私、いつも適当で。きちんと蒔けばもっと良く採れるんだろうけど、あまり重ならないようにしながらざらっと蒔いちゃうんです」
シアはフィルディードの手に人参の種を乗せながら、照れくさそうに笑う。
「種は余分に蒔くし、間引きするし……私、人参の葉っぱのサラダもマリネも好きなんですよ」
一緒に食べましょうね、とシアは笑って、フィルディードも楽しみです、と微笑んだ。
人参はフィルディードに任せて、シアは蕪の種を蒔く。蕪は二種類、大きくなるものと、赤くて小さい、すぐに育つものだ。手前側に小さい方、奥側は大きく育つ方。畝の半分辺りで種類を変えて、シアは種を蒔いた。
種に軽く土をかけて、その上に薄く麦わらを被せる。乾燥を防ぐためだ。発芽にはたっぷりの水が必要だから、何度も往復してジョウロで水をかけた。本当は雨の合間に種まきするのがいいらしいんですけど、なんて話をしながら。
たっぷりの水をやって、ふう、と汗をぬぐう。フィルディードはまじまじといもの茂みを眺めて、シアに声をかけた。
「葉が枯れてきたように思います。いつ頃採るんですか?」
「もう少し葉が黄色くなったらですかねえ。収穫の前につる切りもしないと」
つるを切ると、収穫がしやすくなる上にいもの甘みが増すのだ。収穫の十日ほど前にやっておかなくてはいけない。シアはいたずらそうに笑って、それから、とフィルディードを見上げた。
「おいもを掘っても、すぐに食べられないんですよ。追熟させないとおいしくないんです。食べられるのは、もっと先ですね」
フィルディードは目を瞬いてシアを見つめ、いもの茂みを振り返った。しばらくいもを眺めたあと、「そうなんですか……」とこぼされた声が心なしかしょんぼりして聞こえて、シアは声を上げて笑った。
「おいしく食べるためにはガマンですよ」
「はい、待ちます」
フィルディードは笑うシアを見つめ、目を細めて微笑む。ふたりは顔を見合わせて笑い合った。焼き芋は外せないし、膨らしの実を使っておいもがゴロゴロ入った蒸しパンも作りましょうね、たくさん採れたらまた子どもたちに配ってあげましょうね、なんて明るい声を畑に響かせて。








