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夏野菜






 気温はぐんぐんと上がって、夏を迎えた。


 あれからふたりは何度も森へ行き、虹露果(にじつゆか)を採ってきた。最初に作ったゼリーの素を使って、一緒に虹露果ゼリーを作るために。


 果汁を混ぜずにそれぞれ固めたもの、それを細かく砕いて色とりどりに器によそったもの、果汁を混ぜ合わせて作ったもの。ひんやりと甘く、柔らかなゼリーは口の中で溶けるよう。おやつやデザートに食べて、おいしいねと笑い合った。


 果肉を捨てるなんてもったいないことは出来なくて、結局今年もシアはたくさんのゼリーの素を作り続けた。お裾分けのお礼にと、何か持ってきてくれた村人に渡したりもしたがとても使い切れず、小分けにして薬袋に入れて、乾燥剤と共に密封容器にしまっている。たくさん積まれた小袋に、ゼリーが食べ放題ですね、とシアは笑った。


 畑の世話も、ずっと一緒にやっている。毎朝草を抜いて、朝夕に水やりをして。芋は畑の半分を埋め尽くさんばかりに葉を繁らせ、夏野菜の実は大きくなり色をつけ始めている。畑はそろそろ、夏野菜の収穫時期を迎えていた。




「きれいに出来ましたねえ……!」


 シアは真っ赤に実ったつやつやのトマトを手に、喜びの声を上げた。


「はい。とてもおいしそうです」


 フィルディードもどこか満足気に頷く。朝夕二回、英雄の闘気を浴び虫害から守られた野菜たちは、どれもたっぷりと実を実らせていた。


「いくつか収穫してお昼ごはんに食べましょうか。近いうちにオーバンさんにもお裾分けに行きましょうね」


 シアはそう言うと、頃合いの野菜を農業用のはさみで収穫し、手提げかごに入れていく。


「今日は暑いから、さっぱり食べられるものにしますね。馴染ませる時間がいるから、私ちょっともう作ってきます」


「はい。後は任せてください」


 フィルディードはジョウロを手に、真面目な顔で頷いた。草抜きはあらかた一緒に終わらせたから、あとは水やりと闘気やりだ。シアはもう完全に慣れてしまって、「お願いしますね」と笑って台所へ向かった。




 畑で採れたキュウリとトマトにピーマンとパプリカ、それに最近お裾分けでもらった紫玉ねぎ。野菜を全部細かく刻み、ボウルに入れる。そこにお酢といくつかのハーブ、塩胡椒とオリーブ油を入れてよく混ぜる。調味液にしっかりと漬かるように表面を平らにならしたら、蓋をして冷蔵の魔道具にしまった。


 一度畑の様子を見てこようかと手を洗えば、丁度フィルディードが畑から戻ってきた。シアはお疲れ様、と声をかけて、一緒にお茶を飲もうとお湯を沸かし始めた。


 ゆっくりとお茶を飲んで、シアは時計を見て立ち上がる。


「ちょっと早いけど、お昼にしましょうか」


「はい。近くで見てもいいですか?」


「もちろん」


 シアは笑顔でこたえ、台所に向かった。


 用意したのは、小麦粉と塩とオリーブ油、それから鍋に少量のお湯。平たいボウルに小麦粉と少量の塩を入れて混ぜ、そこにオリーブ油、触ったらけっこう熱いくらいのお湯を入れてよく捏ねる。生地の様子を確かめながらお湯を足して、表面がなめらかになるまで捏ね上げた。


 打ち粉をした台に生地を取り出し、六つに切り分けて平たく伸ばす。かんかんに熱したフライパンで生地を焼けば、生地はぷっくりと膨らんだ。


小人族(しょうじんぞく)風の薄パンなんですね」


 フライパンを覗き、フィルディードは意外そうな声を出した。シアは膨らんだ生地を裏返しながら返事をする。


「そうなんですよ。薬草の研究に来ていたのが小人族の研究者だったそうで、そこから伝わったらしいんです。私は診療所で作り方を教わりました。フィルディードさんも食べたことがありますか?」


「はい。レンカが旅の間によく作ってくれました。レンカは小人族で……僕が小人族の郷を訪ねたから、そこで知り合ったんです」


「ああ、レンカさん。お友達の」


「はい」


 小人族は小柄で、『風と細工』の加護を持つ種族だ。手先が器用なものが多く、他種族と比べると若く見える。そう聞いてはいるが、シアは会ったことがない。フライパンの中で、膨らんだ生地の空気が抜け、薄く焼き上がる。シアは焼けた薄パンを皿に取り出し、次の生地をフライパンに入れた。


(小人族の郷で知り合って一緒に旅をした、小人族のお友達レンカさん…………)


 またぷっくりと膨らんだ生地を裏返しながら、先ほどの会話を反芻したシアは悟ったような笑顔を浮かべる。


(……小人族の真なる王だそれ…………)


 気軽に『お友達のレンカさん』って呼んじゃったなあ……まあ本人に知られないからいいか……と遠い目をしながら、シアは薄パンを焼き続けた。




 積み上がった薄パンと、刻み野菜のソース、それからぱりっと焼いたソーセージ。テーブルに料理を並べ、ふたりは食卓についた。手元の皿に薄パンを置き、そこにソーセージとたっぷりのソースを乗せて巻く。手で持ち上げてがぶりとかぶりつくと、むっちりとしたパンにソーセージの歯ごたえ、酸味の効いたソースが絶妙で、暑い昼にうってつけだった。


「おいしいですねえ!」


「はい、とてもおいしいです」


「一緒に作った野菜だから、おいしさも格別ですね」


 ソースを垂らさないように格闘しながら、ふたりは昼食に舌鼓を打つ。夕食はトマトのスープにしようかなんて、気が早い話をしながら。







モーリョヴィナグレッチはブラジルの野菜ソースです。葉野菜にも肉にも魚にもよく合っておいしいです。料理の国籍は気にせず作中にでます。白ワインビネガーも気にせず米酢で作ります。

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― 新着の感想 ―
闘気やり……どうしましょうね、もう、完全にしっくりしてしまって。この文字が出た瞬間、にんまりしました。出先でマスクを付けていて本当に良かったです。 今日もとても美味しそうで、はやくあったかくなればいい…
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