一緒に作ろう
大声を出したことで多少気が晴れて、シアは動き始めた。ぱつぱつと手早く実を六個収穫し、かごに入れる。
立ち上がろう、と膝に手をつくと、思い切り地面に膝をついたせいでスカートは苔と泥水に汚れていた。シアはもう色んなことがどうでもよくなって、立ち上がりさっとスカートの苔を払い落とした。
「はい! フィルディードさんも収穫してくださいね!」
ずい、とかごを差し出すシアに、フィルディードも慌てて実を収穫し、差し出されたかごに詰め込んだ。
黙り込んで、静かな森を歩く。さくさくと苔や下草を踏む足の音、それから時折聞こえてくる鳥のさえずり。シアは大きく息を吐いて、ぽつりとつぶやいた。
「…………すごくびっくりしたんです」
「驚かせてしまって、すみません」
「フィルディードさんは悪くないんです! でも! ものすごく驚いて!!」
シアは勢いよく顔を上げ、拳を握ってフィルディードを見つめる。
「もう、びっくりして! 余りにびっくりしたから、びっくりしたって言いたいんですよ!」
「はい。シアの言う通りだと思います」
「ものすごく驚いたんです! こんな事あるかってくらいに!!」
変な高揚の仕方をしているな、と薄っすら考えながら、シアは驚いたと繰り返す。フィルディードはずっと「はい」と相づちを打ってシアの言葉を聞き続けた。何度も何度も驚いたと繰り返したあと、シアは体がぺちゃんこになりそうなくらい深いため息と共に、驚いた……と小さく呟いた。それからパッと頭を上げて、フィルディードに笑いかける。
「喉が渇いたから、虹露果がもっとおいしくなりますね!」
森の切れ目が、すぐそこに見えていた。
「実がふたつ分で、丁度コップ一杯くらいなんですよ。フィルディードさんはどの色にします?」
家に帰って着替え、手を洗い、ふたりは虹露果の詰まったかごを覗き込む。
「シアはどうするんですか?」
「私は、青と桃色かなぁ……」
悩みながら実を選ぶシアに、フィルディードはしばらく口元に手を当てて考え込んでから口を開いた。
「——シアと同じものが飲んでみたいです」
「いいですよ」
シアは笑って、青と桃色の実をふたつずつ、かごから取り出した。
実をきれいに洗って、茎を押し込むようにしながらぐるっと回す。そっと引き抜くと、茎につながる繊維と透明の種が取り出せる。グラスを傾け、果汁がつたうようにゆっくりと果汁を注げば、透き通った淡い青と薄桃色二層になった虹露果ジュースの完成だ。
「すぐ混ざっちゃうから、この色は一瞬なんですよ!」
シアは笑顔でフィルディードにグラスを差し出す。シアの手の中でどんどんと二層は混ざり合い、溶け合ってゆく。フィルディードにグラスを渡して、シアは急いで自分の分を作り始めた。
「乾杯!」
グラスを合わせ、揃って口をつける。完全に混ざり合い桃色がかった薄紫になった虹露果の果汁を口に含めば、爽やかな酸味と程よい甘み、花のように芳醇な香りが鼻に抜ける。
「ハアー、おいしい」
シアはごくごくと喉を鳴らしてグラスの中身を飲み干し、大きく息を吐いた。疲れた心と体に酸味と甘味が染みる。フィルディードは味を確かめるように少しずつ果汁を口に含み、感心したように頷いた。
「おいしいと思います」
「よかった。残りの果汁はどうしましょうね。ゼリーの素はいっぺんに作りたいからなあ」
「普段はどうしていたんですか?」
「いつもはね、飲みきれないくらい採るから、果汁をぜんぶ混ぜちゃって、診療所で皆に振る舞っていたんです」
雑に混ぜてもおいしいから、ピッチャーにぜんぶ注いで冷たく冷やして。夏場の、診療所での楽しみだった。
目を細めるシアに、フィルディードは少し思案して、口を開く。
「僕は、それも飲んでみたいと思います」
「じゃあ、そうしましょうか」
シアは破顔して、手頃な大きさのピッチャーを取りに行った。
果汁をぜんぶピッチャーに注ぎ、冷蔵の魔道具にいれる。残った実を切り開いてきれいに洗い、ひたひたの水と共に火にかけた。しばらく煮込めば、実はとろりと溶けて薄皮と繊維が残る。煮汁を熱いうちにざると布巾で漉し、さらに煮詰めれば鍋からぽこぽこと大きなあぶくが立った。
数枚のバットにとろっと煮詰まった煮汁を薄く注ぎ、粗熱をとる。その間に干し網を取り出して、日の当たらない、風通しの良い軒先に吊るした。それからバットを網に入れて、シアはふうと額を拭う。
「五日くらいかかるから、今日の果汁はそのまま飲んじゃいましょうねえ」
バットを運ぶ手伝いをしていたフィルディードは、興味深そうに網を覗きながら、はい、と返事をする。シアは、まるで珍しいものに興味を持つ子どものような様子が微笑ましく思えて、笑みこぼれた。
「完成したら、虹露果ゼリーを作りましょうね。全色のゼリーを作ってもいいし、好みに混ぜた果汁でゼリーを作ってもいいし」
きっと楽しいですね、と笑うシアに、フィルディードは振り返って笑顔を見せた。
「はい」
「また森に、一緒に採りにいきましょうね」
「はい」
心地良い風が吹き抜ける。微笑み合うふたりの前で、網がかすかに揺れていた。