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主は(物理)






 大きめの手提げかごに、農業用のはさみを二本。はためく洗濯物を後にして、シアたちは森に向かった。


 川へ向かう道から途中でそれて、木々の間を歩く。足元はどんどん苔むして、じっとりと水気を含んだ。


 苔とシダに覆われた、ぽっかりと開けた空間。背の高い木々がなく、空から光が差す。地面からはどこからと分からないほど、水がちろちろと湧き出ている。シアはそこで足を止めて、フィルディードを振り返った。


「あれです、虹露果(にじつゆか)。あの丸い実」


 シアが指さした先には、握りこぶしくらいの大きさのまん丸い実をいくつもつけた植物が群生していた。


 背丈は大人の腰ほど。茎は太く、半透明の緑色をしている。茎の先は四方八方に枝分かれして、そのひとつひとつに実をつけているのだ。


 実は向こう側が透けて見えるほど透き通っていて、青、黄色、桃色に赤、紫と色とりどりだった。シアははさみを一本フィルディードに差し出して、にこりと笑う。


「触るとぷよぷよしてるんですよ。中に果汁が詰まってて、茎を無理に引き抜いたら漏れちゃうから、茎を残してはさみで切ってね」


「何色の実を採ればいいですか?」


「それが難しくて」


 シアは声を出して笑い、虹露果を眺める。


「熟すほど色が青から赤、紫に変わって甘くなるんですけど、青や黄色も酸っぱくて爽やかでおいしいんです。だから、甘いのが好きか、スッキリしたのが好きかの好みかなあ」


「シアはどちらが好きですか?」


「私はね、なんと、両方採って果汁を混ぜてしまいます」


 いたずらそうに笑い、シアは近くの虹露果の前にしゃがみ込んだ。フィルディードもシアにならって、すぐ近くの虹露果の前にしゃがむ。


「果汁を抜いたあと、実を切り開いてよく洗って、煮込むんです。皮の内側にはぷるぷるの果肉がついていて」


 どれにしようかな、と実を選びながら、シアは説明を続ける。


「煮汁を漉して煮詰めてよく乾かすと、粉になって。その粉でゼリーが作れるんですよ。お薬が苦手な人に、ゆるいゼリーを薬と一緒に出すから毎年必要で…………でも、そっか」


 シアも、きっと教えてくれたオーバンも、毎年の恒例だからと、なんとなく失念していた。——もう、シアの父はいないから。


「もう、いっぱい作らなくていいんだなあ……」


「シア……」


 気づかわしげなフィルディードの呼びかけに、シアは振り向いてパッと笑顔を見せる。そして明るく弾んだ声を出した。


「へへっ、でも虹露果はとってもおいしいですから! いっぱいゼリーを作って、一緒に食べましょうね!」


「——はい」


 穏やかに微笑み頷くフィルディードに、シアは目を細めて微笑んで、さあ! とはさみを構える。


「とりあえず六個ずつくらい、好きな色を採りましょう! 茎が意外と硬いから気をつけ…………」


 そこまで言ってから、シアはハッと息を呑んだ。硬い茎、フィルディード、握力、はさみ。そんな連想をした瞬間、横手からバギンと金属の折れる音がした。


(は…………刃先を、研いでおけばよかったあ……!!)


 研いでどうにかなるものか分からないが、切れ味がよかったらもしかしたら何とかなったのかもしれない。シアは青ざめた顔でバッと天を仰いだ。


 視線の先で、黄金の光が走る。空に描かれるのは、創造神ラーティアの尊き聖印。しかし前回と違って、聖印は空に輝いたまま、光が降り注がない。


《 ははっ、また壊したのかい? フィル 》


 天から、少年とも少女ともつかない、美しい声が響いた。シアはドッと地面に膝をつき、震えに震えて思い通りに動かない両手をなんとか組んだ。


「ラーティア、あなたが喋るとシアが驚く」


 フィルディードが空を見上げ、平然と言葉を返す。


《 いいじゃないか、私だって喋りたい。お礼だって言いたいんだよ 》


「直して欲しい」


 フィルディードはラーティアの言葉を聞き流し、壊れたはさみを掲げた。天からは、もう……と不満そうな声が返される。


《 もちろん直してあげるよ。今後は壊す前に呼ぶといい。先に聖印を刻んであげるから 》


「壊そうとは、思っていない」


 そうだろうけど、という笑いを含んだ声と共に、天から光が降り注いだ。光はフィルディードの手の上でこうと弾け、後には直され聖印の刻まれたはさみを残す。


「……その、ごめん、シア。もう帰りました」


 フィルディードの言葉をきっかけに、シアはゆっくりと顔を動かし、組んだ両手に額を押し付けて頭を深く下げた。


(聞い……聞いちゃった、神の宣告……宣……いやもうなんかざっ雑談……!!)


 あまりの事態に喉が引きつる。頭を下げたまま動かないシアに、フィルディードは焦って慌てた声を出した。


「その、気にしないでください。気軽に地上に干渉できることに、はしゃいでいるようなんです」


「きっ……」


 シアはフィルディードの言葉に肩を震わせて、大声で叫んだ。


「気には、するよオ…………ッ!!!!」


 シアの切実な叫びが、静かな森にこだました。






隣町で仕入れた農業用のはさみ(神器)


英雄の握力に耐える一品。元が市販品なので、力を入れすぎると簡単に留め具が折れる。一般人が破壊することは難しい。汚れや錆がつかず、常に清潔。

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― 新着の感想 ―
量産……っ、神よ、御印の品を……しかも日常まわりで量産www (すみません。変な声で笑いが) とうとう雑談してしまわれましたね。いっそこちらのフィルディードの素っぽさがたまりません。え、愛想ない好き……
ふたつめの神器ーっ。 神様気さく(笑) そして日常のあちこちに残り、ふいに蘇る思い出にしんみり。 実の名前がキレイでゼリー食べてみたいです♪
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