釣りをしよう
二階の物置き部屋をガサゴソと漁る。
「あった!」
シアが探していたのは二本の釣り竿。父のものと、自分のものだ。もう何年も釣りをしていなかったなあ、と懐かしく思いながら、シアは釣り竿と網、予備の針や糸等が入ったツールボックスを取り出した。
「フィルディードさん、釣りにいきませんか?」
「はい、もちろんです」
道具を持って、シアは一階にいたフィルディードに誘いかける。フィルディードは頷き、道具を代わりに持とうと手を差し出した。シアはありがたくその手を借りて、待っててね、と言って裏庭の物置きからブリキのバケツを持ってくる。
朝ごはんのついでに作っておいたサンドイッチと水筒も持って、朝の森に入る。緑の香りを含んだ涼やかな空気を胸いっぱい吸い込んで、シアとフィルディードは並んで細い道を歩いた。
半刻も森を歩けば川に着く。きらきらと光を反射する川面を前に、シアは笑顔を浮かべフィルディードを振り返った。
「ここです! ちょっと待っててくださいね!」
シアは目の細かい網に適当に水苔を入れて、川の水で濡らした。それからちょうど良さそうな石をひっくり返し、隠れていた川虫をひょいひょいと網に入れる。
「その虫で釣るんですね」
「そうです。フィルディードさんは川釣りしたことありますか?」
「はい。旅の途中で何度か」
そうこたえ、フィルディードも石をひっくり返して虫を捕まえた。ふたりで川虫を十分捕まえて、針に虫をさして川に投げ入れる。のんびりと糸を垂らして、魚がかかるのを待った。
「ここ、釣りをするのにいいんですよ。夏になるとのんびり釣りどころじゃないんですけど」
「川が荒れるか枯れるかするんですか?」
「ううん。子どもたちが川遊びを始めるの。魚も逃げるし、針も危ないし」
シアは竿をさびき、川面を眺めながら話を続ける。
「この川、小さいマナ石が見つかるんですよ。子どもたちからすればいいお小遣いになるし、川に入れるようになったら皆大はしゃぎで」
マナ石は、自然に出来るマナの結晶だ。大きければ価値も高いが、ここで採れるのは小指の先ほどの小さいもの。それでも使い道はたくさんあって、例えば専門の加工場で溶かし、定型に固めて術を刻めば、家の明かり等で使える魔石に合成できる。合成魔石は大した術が刻めない上に消耗も早いが、生活必需品だ。
子どもたちは見つけたマナ石を店に持っていき、お菓子と交換してもらったり、買い取ってもらって欲しいものを買うためのお金を貯める。そうたくさん見つかるものでもないが、子どもの夏の楽しみだった。
「おじいちゃんたちが、魔物が出たら危ないから奥へは行くなって言うから、皆この川を目安にしてるんです。……やっぱり、いるのかな。魔物……」
昔は出たという話も聞く。魔物は、動物が限度を超えたマナを取り込むことで発生するのだ。どこに出現するか予測がつかない。邪神が封じられるまでは、よく魔物に関する報道もあった。シアは一度も魔物を見たことがないけれど、狩りや薬草採取をする村人はもう少し奥にだって入っていく。もし今後誰か危ない目に遭っても、もう父は……という不安をにじませてシアはぽつりと呟いた。
「この村の周囲に魔物はいません」
フィルディードはそんなシアに、既知の事実を告げるかのようにきっぱりと言い切った。シアは目を瞬きフィルディードを見つめる。
「え、あっかかった!」
言葉の意味を確かめようとした瞬間、シアの竿が重く引かれる。確かな手応えに、シアは慌てて竿をぐんと上に立てた。
「わ、わわ!」
かかったのは手頃なサイズのニジマスだ。シアはぶらぶらと揺れる糸を掴んで、跳ねる魚を捕まえ針を外し、バケツに放つ。
「こっちも、釣れました」
フィルディードもいつの間にかニジマスを釣り上げて、シアの元に持ってくる。
「やったあ、晩ご飯はお魚に決まりですね! ソテーにしましょう!」
「楽しみです」
「もっと釣って、燻製も作りたいですね」
「頑張りますね」
「負けませんよ!」
シアは笑って釣り針に川虫を刺す。また揃って釣り糸を垂れて、魚を待った。なんとなく聞くタイミングを見失って、シアはちらちらと隣に立つフィルディードに視線を送る。
(英雄様だから、魔物の気配とかがわかるのかな……?)
シアはそう納得することにした。フィルディードが『安全』と言い切ってくれることに、頼もしさを感じたから。
結局釣れたのは二匹だけで、シアとフィルディードは昼過ぎに釣りを切り上げ帰ることにした。道具を片付けて、洗濯物を取り込んでと忙しく過ごせば、あっという間に夕飯時だ。
釣った魚の内臓とエラを抜き、塩と香辛料を揉み込んで小麦粉をはたく。バターに薄く切った大蒜をフライパンで熱して、香りが出たら魚を入れる。じゅう、と立つ音に、香ばしい匂いを蓋で閉じ込めて、両面を弱火でじっくりと焼き上げた。
ぱりっと香ばしい皮目に、バターと大蒜、香辛料の香り。身はふっくらと柔らかく、程よい塩味が旨味を引き立てる。
フィルディードはまた目を輝かせて「おいしいです」と喜ぶ。シアも目を細め、魚を口に運んだ。
「また釣りましょうね」
「はい」
シアとフィルディードは笑顔を交わす。共に釣った魚は、普段より一段とおいしく感じられた。