帰り道
どうやって村興しをするかで盛り上がる人々を残し、シアたちは帰路についた。シアは受け取った商品を手に持って、フィルディードはいつの間にか皆から野菜やパン、ソーセージなんかを持たされて、たくさんの荷物を抱えてシアの隣を歩く。
「——ごめんね、皆はしゃいじゃって」
「いいえ」
おずおずとしたシアの謝罪に、フィルディードはふんわりと微笑む。その笑顔を見上げ、シアは薄く唇を開いた。
シアに今向けられた笑顔と、先ほどのフィルディードの顔。どちらも穏やかな笑顔であることに変わりはないのに、シアはどこか違うように感じた。——うまく言葉にできないが、なんだかとても……さっきは『英雄の顔』をさせてしまっていたんじゃないか、と。
「あの、あのね、迷惑だったら言ってくださいね。私、皆にやめてってちゃんと伝えてきます。騒ぎ立てたりとか、集まったり、物を持たせるのも」
「迷惑だと思いませんよ」
「村興しに名前を使われるのとか……」
「シアの迷惑にならないのであれば、構いません」
「本当に、恩があるとかで気を使わないでね。嫌だったら、教えてくださいね」
懸命に言いつのるシアを見つめ、少し考える様子を見せた後フィルディードは口を開いた。
「——嫌だ、と感じることはあまりないんです」
思いがけない言葉に、シアは足を止めてフィルディードを見つめる。
「感情が大きく動くことがないのです。大きな力を持って生まれた副作用のようなもので……」
フィルディードも立ち止まって、シアにうまく伝わるよう言葉を探しながら話を続ける。
「前に少し話しましたが、友と話し方を矯正したんです。シアの家を出てすぐの頃に出会ったのですが、僕があまりにうまく振る舞えないものだから、たくさん叱られました」
過去を思い起こそうと、フィルディードは少し遠くを見るような目をする。シアは言葉が出ずに、口をぽかんと開いた。
「笑うときや困った顔をするとき……ハンドサインを決めて、教えてもらったんです。そのうち僕もある程度人らしい振る舞い方を覚えたのですが、まあ普段から穏やかな笑顔を浮かべ丁寧に話すのが一番問題が起こらないだろう、という結論に達しました。彼には——レンカにはたくさん苦労をかけたと思います」
シアはフィルディードの話を聞きながら、手に持った紙袋を握りしめた。フィルディードは、それが彼の当たり前なのだと言うように、平然と話し続ける。その様が、シアは無性に苦しかった。
「だから人前で自然とそう振る舞うよう癖づいていて……恥ずかしながら、レンカが『友』と呼べる人なのだ、と気付いたのさえつい最近のことなんです。僕にはすべてが等しく見えるから。ですが今は——」
フィルディードは一度言葉を切って、シアを見つめ顔をほころばせる。
「今は、本当に楽しい」
「……フィルディードさん、今、楽しいですか?」
「はい」
シアはフィルディードの笑顔に、ほっと息をついた。フィルディードの笑顔が、本当に幸せそうに見えたから。
心の動きに制限を受けて、そのことで彼がどう感じているのか、シアにはきっと真の意味でフィルディードの気持ちを察することはできないだろう。シアにはどうしても、それが辛いことに思えてしまうから。
生まれつき強い力を持たされて、きっと想像もつかないような大変な目に合って、その大変ささえ、感じられなかったのかもしれなくて。それでも世界を救ってくれたフィルディードが、どうかこの先幸せでありますようにとシアは願う。今、楽しいと笑ってくれることを本当にうれしく思う。
「——楽しいこと、いっぱい見つけましょうね、フィルディードさん」
「はい」
もしかしたら。もしかしたら、世界を救うという重責から解放されて、今のフィルディードは以前より心が動きやすくなったのではないか、とシアは思った。だって、この村で起こることを『楽しい』と、あんなにも幸せそうに微笑んだのだから。だからせめて、彼の『恩返し』を受け取る間、共に過ごす時間が少しでも楽しいものであるように、とシアは願う。
シアはフィルディードに晴れやかな笑顔を向け歩き出した。フィルディードも柔らかな表情を浮かべ、シアについて歩き出す。
「そういえば、シアは何を持っているんですか?」
「ああ、飴です。お気に入りなの」
シアは紙袋を開けて、瓶詰めの飴を取り出した。片手で掴めるくらいの瓶には、色とりどりの小さな飴が詰まっている。
「色ごとに味が違って、おいしいんですよ。隣町の飴屋さんの飴で、注文していたんです」
「これは……」
シアの持つ瓶を見つめ、フィルディードは目を瞬いた。見覚えがあると言うような顔つきに、シアは首を傾げる。
「フィルディードさんも知ってるんですか?」
「覚えていないかな。これと同じものを、昔シアが別れ際にくれたんです」
この近くで買えたんだ、と、フィルディードは目を細めて瓶を眺める。
「大切に食べていました。……ああ、そうか。僕も、この飴が好きです」
「じゃあ、帰ったら一緒に食べましょうね!」
シアは、フィルディードが『好きだ』と言葉に出すものがあることも、とてもうれしく思えた。次に注文するときはフィルディードさんの分も頼んでおこう、と考えて、シアは足を弾ませる。
シアの手の中で、飴がからりと音を鳴らした。