続・村は大騒ぎ!
「やあやあ、これはどうも、申し訳ありません。私が村長を務めております、コームと申します」
人垣を割って、息を切らしながらコームが歩み出る。コームはぺこぺこと頭を下げながら、フィルディードに手を差し出した。
「フィルディードと申します」
「いやあ、ご高名はかねがね。それでその、シアの家にご滞在中とお聞きしているのですが……?」
「はい。昔行き倒れていたところを救われて、シアに恩を返しに来たのです」
フィルディードはにこやかに笑って握手に応じる。コームはほっとした表情を浮かべ、声を弾ませた。
「ははあ、ダン先生がいらしたから! 救世の英雄様とそのようなご縁があったとは、事情を知らずに申し訳ありません」
「僕は英雄ではなく、恩を受けた者としてここに来ました。どうぞひとりの人間として、気安く接していただけると幸いです」
穏やかなフィルディードの態度に、周囲の村人たちもほっと緊張を緩ませる。うずうずしていた少年がたまらず「英雄様! 聖剣をもってるんですか!」と瞳を輝かせて叫んだ。フィルディードは笑顔で少年に手を振り、「持っているよ」とこたえる。子どもの行動に慌てた母親も、声を上げた少年も周囲の人たちも、フィルディードの対応に顔を赤らめて息漏れ声を出した。
「ほら、シアちゃん。こういうのはね、まず村の名士から紹介するのが一番いいんだよ」
ロラはシアに笑いかける。シアはあまりにもすんなりと進んだ状況に目を瞬いて、こくこくと頷いた。
「まあ分からなかっただろうねえ。この村に他所から人が来るなんて何年ぶりのことか」
「そうなの、皆知ってるのが当たり前だから、どうしたらいいか分からなくて」
「そうだろうそうだろう。しかし流石は英雄様だねえ。なんて優しくご立派な方だろう」
シアはロラの言葉に頷いて、手を組んでフィルディードを見つめる。この状況はエンゾやコームだけでなく、フィルディードの穏やかな対応のおかげだった。
物腰の柔らかな態度、それにシアやダン先生——シアの父親に縁深いと知り、村人たちはフィルディードに対して一気に親しみを覚えた。ダンは医師として、この村でとても敬愛されていたのだから。
おずおずと、周囲の村人がフィルディードに声をかけ始める。「世界を救ってくださってありがとうございます!」やら、「会えてうれしいです!」と。フィルディードはその声に笑顔でこたえて手を振った。
徐々に人がフィルディードに近寄りはじめ、直接話しかける者も現れる。いい年をしたおじさんたちが、まるで少年のように瞳を輝かせていた。
「いやしかし、この村に人が来るなんて何年ぶりだ? 最後に移住してきたって言えばダン先生と奥様だが」
「その後は……誰か来たことがあったか?」
「いやあ、十年以上は見とらんなあ」
すっかり空気が緩み、立ち話も始まった。コームはエンゾに、「だから早よ挨拶に行けと言うたろうが!」と叱り飛ばされて頭を掻いている。そんな中で、クワを担いだまま考え込んでいた者がふと声を上げた。
「…………なあ、もしかして村興しになるんじゃないか?」
十年以上外から人が訪れたことのない、忘れられたこの村に。ぽつりと落とされたその言葉に周囲は静まり、一拍の後ワッと盛り上がった。
「英雄発祥の地とか!」
「そいつはお前、フィルディード様の生まれ故郷に申し訳ないだろうよ」
「それもそうか……」
「ここはお前、この村のもので人を呼ばねえと」
「……フィルディード様はシアちゃんに恩返しにいらしたんだろう?」
「なるほど! 英雄を救った村娘のいる村か!」
「村娘じゃあ有難みが薄くねえか」
「そうは言ってもよう。じゃあなんだ……年若い娘さんで有難みがあるっていったら……」
村人たちは真剣に考え込む。長年に渡って人が全く来ないという状況の打破に、大人たちは真剣だった。
「…………『聖女』」
ぽつり、と誰かが呟く。
「いや……お前そりゃ流石に大言すぎるだろうよ」
「いえ」
不敬じゃあないかとおののく村人たちに向かって、不意にフィルディードが口を挟んだ。
「僕はラーティア教総本山に所属しているのですが、僕からシアに、その称号を贈ることが可能です」
「まっっっっって!!」
油断しきっていたシアは、話の流れに気付き大声で叫んだ。
「医師!!!!!!」
とにかく対象を変えようと、シアは咄嗟に思い浮かんだ父の姿にすべてを託す。
「……英雄を救った医師の村、は、どうかな。ほら、なんだかお医者様が来てくれそうじゃない。い、医師の聖地〜……なんて……」
シアを見つめ黙り込んだ大人たちは、しばらく考えてから大きく頷いた。
「そりゃあいい!」
「ダン先生が亡くなって、皆不安だったもんなあ」
「もし定住してくださるお医者様が来てくれたら、どんなにありがたいことか」
口々に喋り盛り上がる大人を前に、シアは引きつった笑顔を浮かべる。
(父様、ごめん……ごめん……!)
なすりつけてごめん、でも父様ならきっと許してくれるよね、と願いながら、シアは空を見上げ父に祈った。後で父の鎮魂花に謝りに行こう、と考えながら。