村は大騒ぎ!
手に持った野花を小さな花瓶に挿し、シアは悟ったかのような笑顔を浮かべた。
かわいらしい野花は、村の子どもたちが持ってきてくれたものだ。玄関をノックして、出てきたシアを輝く瞳で見つめ頬を赤く染め、子どもたちは口を揃えて大きな声を出す。
『ねえ、本当にいるの!?』
と。
シアが曖昧な笑顔で「い、いるよ……?」とこたえれば、子どもたちは手に持った野花をシアに押し付け、キャアアとはしゃいだ声をあげて走り去っていったのだ。
(もう……もう)
シアはテーブルに肘をついて頭を抱える。
(もうだめだって……!)
本当に村人全員が手土産持ってやってくる。シアは決意を胸に頭を上げた。
「お買い物に行きましょうフィルディードさん!」
もうこうなったら、どうにか皆にフィルディードを紹介するしかない。まずはロラおばさんにフィルディードを紹介し、どうすればいいか相談しよう――シアは『お願い一緒に来て』という懇願を瞳に込めてフィルディードを見つめる。シアが花瓶に花を挿すところをにこやかに見ていたフィルディードは、もちろんです、と頷いた。
――まあ、どのみち店には顔を出さなければいけなかったのだ。昨日店主が仕入れから戻ったはずだから。それにシアは、フィルディードのことを家に押し込めておきたいわけじゃない。シアのことばかり気にかけて、フィルディードはシアに付いて歩くのだが、シアはフィルディードに自由に過ごしてもらいたいと思っていた。
森に入って何かを摘んでくるのもいい。少し奥に入れば綺麗な小川もある。それに村だって、何もないが、本当にのどかで穏やかないい村なのだ。――今は、突然現れた英雄にとても浮ついているけれど。
(そっか)
シアがフィルディードを連れ出せばいいのだ。森で採取するのを手伝ってもらうのも、川で釣りをするのもいい。
(自由にも何も、私がまず案内しないと)
村の皆だって、シアが紹介すればきっと落ち着いてくれるに違いない。シアはそう考えて前を向いて歩き始める。シアの視界の端で、村の誰かが飛び上がって走り去った。
「ロラおばさん、こんにちは」
店について、「ちょっと待っててね」と店先にフィルディードを残し、シアは店の奥に声をかける。すぐに威勢のいい返事が返ってきて、ロラが姿を現した。
「おや、シアちゃんいらっしゃい」
「おじさんが帰ってくるころだと聞いたから、商品を受け取りにきたの。それから、新しく注文と、あと相談がしたくって」
「いつもの飴ならちゃんと仕入れてきてるよ。注文は加工肉かい?」
「そう、皆色々くれるから急ぎじゃないんだけど、次の仕入れに行くときに……」
言葉の途中で、ざわつきを感じたシアは後ろを振り返った。振り返った先には、少し遠巻きに村人が集まって来ている。農作業の途中で来たのかクワを担いだ者、ジョウロを持った者、鶏を抱えた者までいた。「母ちゃんこっち!」とはしゃいだ声を上げる子どもに手を引かれ、走ってくる母親の姿も見えた。
店先の、入り口の影に立っていたフィルディードがにこやかに笑って村人たちに手を振る。村人たちはどよめき、誰かがひっくり返った声で「え……っ英雄様!!」と叫んだ。手を組んで拝む者もいる。
「あ……あのね皆っ」
まさかこんなすぐに騒ぎになると思っていなかったシアは、慌てて声を上げようとする。どうしよう、まだロラおばさんに相談もしていないのに、と焦るシアの耳に、老人の大喝が響いた。
「落ち着かんかい!! まったく浮つきよって!!」
「エンゾおじいちゃん!」
人垣を割って姿を現したのは、村の重鎮、前村長エンゾだった。シアはホッとして、エンゾに駆け寄る。
「あのね、エンゾおじいちゃん。この人は――」
エンゾは話しかけるシアを手で制し、フィルディードに向かって深々と頭を下げた。
「この村で村長をしておりました、エンゾと申します。隠居した老いぼれの身ではございますが、村を代表しお礼を申し上げたく存じます。世界を救っていただき、本当にありがとうございました」
「フィルディードと申します。どうぞ頭をお上げください。お騒がせしてしまい申し訳ありません」
「滅相もない。こんなしがない村ですもので、ご高名な御方を拝見するのが皆初めてなのです。どうかお許しください」
フィルディードは朗らかに笑って手を差し出し、エンゾは真面目な顔を笑顔に変えて差し出された手を握る。
「シアちゃん、シアちゃん」
おろおろと事態を見守っていたシアは、ロラに小声でそっと呼ばれる。手招きにシアが近寄れば、ロラはにっこりと笑顔を浮かべた。
「エンゾさんが来てくれてよかったねえ。どうしたもんか、困ってたんだろう?」
「……そうなの、ロラおばさんに相談しようと思ってて」
「もう大丈夫さ。村のお偉方に任せちまえばいい。今にコーム村長だって走ってくるよ」
そう太鼓判を押され、シアはほっと息を吐く。慌てふためいて走る村長の姿を遠くに見つけ、シアは安堵の笑みを浮かべた。