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世界でひとつ、君の歌声〜命を諦めた彼と、夢を賭けた私の再生譚〜  作者: 山口三


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9 イノセント・b


 怜の中には元々、自分は他のメンバーより優れているという自惚れがあったのだろう。


 怜はピアノもギターも得意で歌も上手い、日本語、韓国語、英語を流暢に操り、祖母がアメリカ人の影響で瞳は緑がかった茶色、髪色もブロンドに近い茶髪で目立つ。長身から繰り出すダンスはダイナミックかつ品があり、ファン投票でも一位の常連だった。他の奴らと自分は一線を画している、そう思っていることを、怜自身、隠しきれなくなりつつあった。



「ハヌル! またお前だけワンテンポ遅れてるぞ」


 新曲の振り付けの時だった。怜は音楽を止め、ハヌルにきつい視線を向ける。最年少のハヌルは五人の中では一番小柄でかなり華奢だ。体力面で若干皆より劣り、ダンスでは遅れをとることがままあった。


「ちょっと休憩にしよう、もう一時間ぶっ通しだ」


 リーダーのヨンジュンはメンバーをよく見ているし、責任感が強い。それは最年長なだけでなく、慎重な性格も影響していると思われた。見た目の華やかさはないが、イノセントには必要な人材だ。


 ジュハは怜と同い年。気が強いジュハと怜はよく衝突していた。一つ年上のスンヒョンは飄々としていてクッション的な役割をする事が多かった。


 怜は確かにイライラしていた。最近出す曲はどれもチャート三十位以下ばかりでパッとせず、歌番組の出演も少なくなっていた。俺はちゃんとやってるのに、俺は……。


「五人の息がぴったり合ってないんだよ、誰かが足を引っ張るせいで」


「そう言うなって、怜。みんながみんな、お前みたいになんでも完璧にこなせる訳じゃないんだ。出来るお前がフォローしてやんないと……」


「リーダーはヨンジュンだろ、お前がちゃんとフォローしろよ! ああ~ヨンジュンは二十五か、アイドルと言うにはギリギリな年だよな。そろそろグループは抜けて役者としてやって行きたいんだろ? 辞めたいってはっきりそう言ったらいいじゃないか?!」


「怜! 何言ってんだお前!」


 珍しくスンヒョンが声を荒げ、怜に掴みかかった。咄嗟にハヌルがスンヒョンの腕を抑えて懇願する。


「やめて! やめてよ、二人とも! ごめん、僕が悪いんだ。僕がちゃんと踊れるように頑張るから、二人ともやめてよ……」


 怜はスンヒョンの腕を振りほどき、その場から出て行った。


「ったく、あいつは……」


「焦ってるんだろ、イノセントも五年目だ。正念場なんだよ」


 ヨンジュンは怜の焦る気持ちが理解出来ないでもなかった。だが自分の焦りをメンバーにぶつけ過ぎだ。


 そんな中で迎えたイノセント結成四周年記念コンサートの時だった。最終日、最後の曲が終わり舞台袖へ下がる時に、怜の後ろを歩いていたハヌルがコードに引っかかり、怜に重なるようにして倒れた。コードは大型のスピーカーの物で、運の悪い事に倒れたスピーカーは怜の足首に直撃した。


 アンコールの声がかかる中、スピーカーが倒れた音に観客は驚いたが、スタッフが機転を利かせ、アンコールの時に使用する予定だった花火の音でごまかした。アンコールは四人でステージに上がった。予定を変更してジュハがリードボーカルを歌う曲にしてやり過ごした。


 怜は腓骨を粉砕骨折した上に、折れた骨が靱帯を傷つけるという大けがを負った。二ヶ月後に退院はしたものの、まだ杖をついた状態での歩行だった。


 退院したあと、イノセントの事務所では今後について話し合いの場が持たれた。


「おはようございます、遅くなりました。あれ、俺が最後かと思ったけど」


 スンヒョンが持ち前の親しみやすい笑顔で遅刻を誤魔化しながら事務所の会議室に入ると、まだメンバーの三人しか席についていない。


「マネさんは怜を迎えに行ってる」


「怜さん、退院はしたけどまだ杖が必要みたいだから。僕が怜さんを巻き込んだのにかすり傷だけで、怜さんはあんな大ケガを……」


 ハヌルは俯いて唇を噛んだ。


「ハヌルはわざと転んだんじゃないんだ、仕方ない。怜は……罰が当たったんだよ、傲慢で人の気持ちを考えないから」


「ジュハ、やめろ」


「ヨンジュンだって腹ん中では同じような事考えてんだろ? あいつは実際トラブルメーカーじゃないか。あいつがいないここ二ヶ月、イノセントは随分平和だったじゃないか」


「俺がいなくて平和なら抜けてやるよ」


 会議室のドアが開いて、怜が入って来た。後ろにはマネージャーが立っている。眉根を寄せ、深刻さをありありと浮かべていた。


「リードボーカルもジュハで問題ないだろ? 現に新曲だってジュハで録ったんだから」


 イノセントは四周年を記念した新曲、三曲を連続発売する予定だった。怜のケガでそのうちの二曲を怜の代わりにジュハが歌った。リードボーカルの代わりがいるなら自分はイノセントには必要ない。四人で仲良く続けていけるなら、俺がいなくなればせいせいするだろう。それ以前に俺はもう……。


「怜さん、そんな事言わないで下さい。僕が責任もって怜さんをフォローします。ダンスは極力減らしてもらって……」


「ハヌル、減らすだけじゃだめなんだ。俺、もう踊れないんだよ」

「えっ」


 マネージャーが前に出てきて、まずは怜を座らせようとした。


「いいよ、座って話し合う事なんて無い。四人で頑張ってくれ」


 怜は会議室から出て行った。廊下に響く杖の音が遠ざかって行く。会議室は重苦しい空気が立ち込めていた。


「マネさん、怜の言ってたのって……」


 沈黙を破ったのはヨンジュンだった。


「怜の足、元々疲労骨折の一歩手前だったみたいなんだ。みんなも知っての通り、怜は才能があるけど努力家でもある。ダンスの練習量はこの中で一番だと思うぞ」


「そういや、イノセントの結成当初、自分が完璧に出来た上で、俺たちを引っ張っていくって言ってたな」スンヒョンが呟いた。


「俺もリーダーは自分じゃなく、あいつになると思ってた」


「それで、なんでダンスが出来ないんです?」


「ジュハ、怜は弱ってた足に決定打を受けてしまったんだよ。断裂したじん帯は回復不可能だと医者に宣告された。不安定感が残り、無理を重ねると歩けなくなると言われた」


「じゃあダンスは無しで行けばいいんじゃ!」


「ハヌル、俺たちはダンスと歌でオーディションを勝ち抜いてイノセントが生まれたんだ。ダンスを取ったらイノセントの半分が無くなってしまうんだぞ」


「だけど、ヨンジュンさん。だけど……」


 イノセントのマネージャーはこの道のベテランだ。ヨンジュンがああは言っているが、いずれダンスの規模を徐々に縮小していくのはアイドルの通例だ。アイドルだって年を取るのだから。それを少し前倒しするのは無理がある話ではない。


 だが怜がいない間、四人が伸び伸びと活動する姿を見てしまっては、もう怜を引き留める理由を彼は捻出できなかった。あのままなら遅かれ早かれ、解散かソロ活動にシフトしていただろう。四人でイノセントの寿命が延びるなら、試す価値はある。




 怜はイノセントを脱退した。


 半年ほどはリハビリに集中して、普通の生活が送れるまでには回復した。だがやはり医者からは激しい運動は無理だと念を押された。


 父親は「だからアイドルなんて辞めろと言ったのだ」と頭ごなしに叱られ、今からでも音楽大学に入ってクラシックの路線に戻れと諭された。


 まだ俺にそんなことを強要するのか。あの男は自分の息子を理解しようという思考を欠片も持っていない。そして自分もその性質を受け継いでいると、今回で思い知らされた。自分も父親のことは言えない、イノセントのメンバーは俺が父親に抱いた感情を、俺から感じ取ったんだから。


 怜は逃げるように韓国を発った。

 


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