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世界でひとつ、君の歌声〜命を諦めた彼と、夢を賭けた私の再生譚〜  作者: 山口三


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8 歌声


「呼んでるって言われたんですけど、ご用でしょうか?」

「あるある、大有り」


 モニターがいっぱい! 事務所に初めて入る舞子の第一印象はそれだった。だけど佐々木さんが何の用だろう?


「舞さ、なんかクリスマスソング歌えない?」

「きよしこの夜とかですか?」


「いやいやそんなんじゃなくてさ、もっとポップで、尚且つみんなが知ってるやつ」


 この切羽詰まった時に、どいつもこいつも能天気な返事しやがって。佐々木はイライラをなんとか抑えようと電子タバコに手を伸ばしながら、舞子を急かした。


「キャリー・アライアのクリスマスソングなら……」

「おお、そういうの! それステージで歌って」


「ええっ、ショーの時にって事ですか?」

「そうそう、ルナ来られないんだって。んじゃ頼んだよ」


 そう言うと、佐々木は舞子を事務所からさっさと追い出した。あいつもここに来て三ヵ月だ、がむしゃらな奴は辞めない。そのうち何とか慣れてくる。慣れさえすればこっちのもんだ。


「ま、なんとかなるだろ」




 超ミニスカートの赤いサンタ服を着た女の子たちが、ダンスを終えてステージから下りて行く。照明が一旦消えて、スポットライトがステージの真ん中を切り抜いた。と、キャリー・アライアのクリスマス定番ソングのイントロが流れ、ポップなリズムに合わせて緑と赤のライトがステージで踊る、べたな演出が始まった。


 頭にサンタ帽を乗せた舞子がマイクに向かう。英語の発音もいい、かなりアップテンポな曲で難しい節回しも多いが、舞子は難なく歌ってのける。難しい曲を簡単に歌っているように聞かせるのは、相当な実力がある証拠だ。


 後半はダンスの女の子たちがもう一度ステージに上がって、タンバリンを叩きながらノリノリで歌を盛り上げる。舞子は初めてステージに立ったとは思えない程、堂々としていてプロの様だ。そこはやはり子役の経験が生きているのだろう、本番にはめっぽう強い舞子だった。


 曲が終わってステージ裏に戻る舞子。だが客席からアンコールの声がかかった。ゾイサイトでこんな事が起こるのは初めてだった。一人、二人のアンコールが他の客席に飛び火して、フロア全体からアンコールの手拍子が鳴っている。


「おいおい、アンコール来てるぜ」


 佐々木は驚きを隠せない顔のまま舞子の背中を叩いた。「今度はバラードで行け、みんなが知ってて感動するようなやつ!」


「クリスマス?」舞子は佐々木の顔を見上げる。

「いや、なんでもいい」


 再びの緊張で足が震えながらも舞子は考えた。ついこの間、フランスのオリンピックの開会式で歌った歌手の顔が浮かんだ。彼女のあの歌ならみんな知ってるかな……。


 ティン・ホイッスルの哀愁漂うイントロが流れると、フロアから「おお~」という声がちらほら聞こえてきた。さっきのクリスマスソングより舞子の声の綺麗さがはっきり分かる曲だった。透明感のある声が語り掛けるように歌詞をなぞっていく。


 怜がフロアに足を踏み入れたのはこの時だった。入り口辺りからもう聞こえて来ていた歌に、初めはBGMだと思っていた。だがそれにしては声の質が違う、歌い方ももっと優しい。


 だが最後のアウトロで突き抜けるような力強い高音がフロアを席巻した。その歌声を聞いていたその場の全ての人に、電気が流れたような衝撃が走った。それは怜も同じだった。伸びやかに堂々とした高音は最後まで安定してフィニッシュを迎える。曲が終わると一瞬、フロアはシーンとなったがすぐに割れるような拍手が起こった。客もバーテンダーもボーイも、佐々木も思わず拍手していた。


 舞子は一礼してステージを降りた。ステージ裏でもダンサーの女の子達から、凄いねー、プロみたいだねー、びっくりした、あれ、映画の主題歌だよね、と舞子への賛辞が飛び交っている。


 怜は拍手も出来ずに、その場に立ち尽くしていた。呆けたようにライトが消えたステージを見つめている。すぐ後ろで「あいつスゲーな」というボーイの声がして、弾かれるように怜は我に返った。


 ボーイは立ったままの怜をテーブルへ案内しようと進み出た。怜の顔はもうスタッフに認知され、「舞を指名されますか?」と尋ねて来た。


「うん。あ、いや……俺やっぱり帰らなきゃ。でも指名料は払っておく」

「はぁ」


 指名料の一部は舞子に還元されることは承知していた。不思議そうな顔をしているボーイに怜は微笑んだ。


「歌を聞かせてもらったからね」




 怜はゾイサイトを出ると急いでタクシーを探した。心臓が息苦しいくらいに高鳴っている。気分が高揚し、興奮を抑えきれない。舞子の歌が頭の中でループし、脳内を支配している。歌が上手い歌手なんて韓国にもざらにいる。でもあの歌声は……こんなに魂を揺さぶられたのは初めてだった。この気持ちを早く曲にしたい、ピアノでもギターでもいい、音にして紡ぎ楽譜に書き殴りたい。


 母親のマンションに着くと、靴を脱ぐのももどかしく感じる勢いで自分の部屋に駆け込んだ。


「あら、怜。今日は早かったわね」


 タブレットを片手に母親の季実子が怜を見送る。最近、よく出掛けるようになって、気持ちの切り替えがうまくいってるのかと思っていたけれど……。


 母親が息子の事を心配するのは当然だ。怜が望んだこととはいえ、大切な一人息子をあの父親の手に委ねてしまった。彼は悪い人じゃない、でも理想を追い求めるあまり頑なになってしまう事がよくあった。怜に悪影響がなければいいが、と憂慮していたのだ。世界を駆け巡る美術商の仕事は楽しかった。でもそれと引き換えるような形で息子と離れたのは、果たして正解だったのだろうか? 


 怜の部屋からは、まもなくギターの音色が聞こえて来た。音楽はあの人の血ね。季実子はまたタブレットに目を落とし、このブラジル人の絵を買い付けに行くか悩み始めた。



 弦を弾く指が止まらない、自動変換ソフトの楽譜はどんどん音符で埋め尽くされていく。作曲するのがこんなに楽しい事だと怜はずっと忘れていた。


 はじめて曲を作ったのはいつだっただろう? 三歳の頃からピアノを始めて、小学校の卒業までにはオリジナルのピアノ曲を五つは作っていた気がする。それからクラシック以外も聴くようになり、中等部二年からはダンスを始めた。ダンスには想像以上にのめり込んだ。楽器を使って間接的に表現するより、もっとダイレクトに自分の感情を表現することが出来る。才能もあったと思う。


 中高一貫の音楽学校で、高等科に上がってすぐの頃だった。通っていたダンススクールの発表会でスカウトされ、アイドルオーディション番組の候補生になった。歌とダンスの両方に満点近い評価を得た怜は、同じ番組内で勝ち上がった四人と『イノセント・b』というユニットを組んだ。


 オーディションを勝ち抜いた五人で結成されたイノセントは初めから注目度が高かった。怜はその歌唱力を買われ、センターでリードボーカルを担当する事になった。オーディション番組は卒業したが、実力のあるメンバーで構成されたイノセントはあっという間にトップアイドルの仲間入りをした。


 端から見れば順風満帆だっただろう。だがアイドルの世界は厳しく、次から次へと出てくる新人達に負けないように、人気を維持し続けるのは大変だった。だからみんな努力した。候補生の時と変わらないくらいの練習量をこなし、色んな事にチャレンジした。


 それでも四年が経つ頃には、人気に陰りが見えてきた。

 

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