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世界でひとつ、君の歌声〜命を諦めた彼と、夢を賭けた私の再生譚〜  作者: 山口三


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7 狐様との出会い


 翌日からは山崎に言われた通りお酒は飲まなかった。時給が高いお陰で開店から閉店時間まで働けば、昼間は短時間のバイトでもなんとかなりそうだ。


 クラブ・ゾイサイトには一般的なフロアとカラオケルームがある。フロアにはステージがあり、日に一度簡単なダンスのショーと、専属の女の子が歌を歌うショータイムがある。カラオケルームはその名の通りカラオケが歌えるフロアで、座席数は一般フロアより少し少ない。


「舞もダンスの練習してみなよ。ちょっとだけど時給上がるよ」


 まみに勧められダンスをやってみた舞子だったが結果は惨憺たるものだった。


「舞は……やめておこう。酒は飲まなくても仕事になるけど、ダンスはお前には無理だわ」


 佐々木も、ダンスを勧めたまみすらも無言で首を横に振る有様だった。


「ごめん、あたしが悪かった」

「そんなにヒドイですか?!」


「「ひどい」」


「二人とも息ぴったり過ぎです!」


 思いのほかクラブでの仕事は順調だった。



 そんなある日、舞子が着いた席には中年の日本人と二十代後半の韓国人男性、まだ二十代前半くらいの若い男性の三人が座っていた。サングラスをかけた若い男はだるそうにソファに腰掛け、見るからに機嫌が悪かった。


 残る二人は商談に熱が入っており、舞子の存在は薄い。


「RAYくんが嫌なら台詞は入れないって言ってくれてるんだし、ね?」


「社長が是非ともお願いしたいって言ってるんだよ、ちょっとゴキブリの被り物をするくらいタレントなんだから出来るでしょ?」


 中年の日本人がスポンサー会社の人間で、CM撮影の話らしかった。


「CMでコミカルなイメージがつけば、タレントとして日本のバラエティに呼ばれる事だってあると思うよ」


 マネージャーらしき韓国人の必死の説得にも、サングラスは冷淡だ。


「俺はバラエティなんて興味ないよ、日本には仕事を探しに来たわけじゃない」


「そんな事を言ってられるのも若い内だけだと思うけどねぇ。実際君くらいのタレントなんて掃いて捨てるほどいるんだし。顔だけいいタレントなんて年取ったらお終いだよ」


 中年の男は鼻で笑い、怜を値踏みするように眺めた。なんで俺がこんな奴に頭を下げなきゃならないんだ。仕事をくれてやるのはこっちだぞ。会った時から不機嫌で生意気な若造め。


「じゃあ、あんたも俺と一緒にゴキブリやってよ。それなら台詞だってしゃべってやるさ。あ~でも、その二重あごじゃ被り物が脱げなくなっちゃうかもねぇ」


「な、なんだってぇ」


 顔を真っ赤にした中年の男は手にしていたグラスを、乱暴にテーブルに戻し立ち上がった。一粒の氷と共に中身がこぼれる。上着をひっつかんで出口へ向かう日本人を韓国人が追った。


「すみません、すみません和田さん。ちょっと待ってください!」


 怜はテーブルを拭く舞子と目が合って肩をすくめた。舞子は手を動かしながら淡々と言った。


「随分、横柄な方でしたね」

「全くだ」


「豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ、と言うらしいです。日本では」


 舞子が真顔で言うと怜は吹き出した。こんなくそ真面目な顔をして随分な事を言うんだな。なんだか見た事があるような顔だけど、このクラブは初めて来たはずだ。


「ぷっ、知ってるよ。俺、母親が日本人だから」

「どうりで! 日本語がぺらぺらだと思いました」


「あんたは俺の事知らない? 日本でもそこそこ知名度があると思うんだけど」

「あ、ごめんなさい。わたし、疎くて。韓国の俳優さんですか?」


 舞子の日常は学校とバイト、家事でほとんどの時間が消えていた。自身も一応は芸能界に片足を突っ込んでいるが、テレビやネットを見て楽しむ時間はほとんどなかった。


「いや。アイドルもどき、だった。でも事務所との契約がまだ残ってるし、次にやることを模索中って所かな」


「そうですか。仕事……持って来て貰えるのは、羨ましいです。どんなに努力しても運が味方してくれない時もありますから。硬い殻を破れなくて苦しむ事も」


 自分の現状の大半は自分のせいだ、と舞子は振り返る。硬い殻で自分を覆ったのは自分だから。だけどあの時は子供だった、自分の未来にこんな借金が降りかかって来るなんて、想像できるはずもない。ただいじめられたくなくて必死だった。


「あっ、すみません。事情も知らないのに偉そうに。だけど正直私も微妙ですね、ゴキブリの被り物は」


「だろ?」


 不機嫌さは鳴りを潜め、怜の笑い声は楽しそうにフロアに響いた。自分の愚痴を笑い流してくれるこの人は、きっと悪い人じゃない。舞子はもう少しだけ自分の事を話しても大丈夫かもしれないと思った。


「私も色々なオーディションに落ちまくってて。祠で神頼みをしたのに、その神様の足を蹴っちゃって。これじゃ頼みを聞いてくれませんよね」


 怜はやっと自分の目の前にいるのが誰かに気づいた。見たことがあると思ったのは当然だ。あれから何度も小高い丘に登って、祠を掃除したりお供えをするあの子を見ていた。(いなり寿司も何個かつまんだな)こんな場所で隣り合わせるとは思いもしなかった。それにしても、まだ俺を神様だと思っているとは!


 無言のまま、まじまじと自分を見つめる「アイドルもどき」に舞子は戸惑う。


「あ、つまんないですよね。すみません」

「い、いや、そんな事ない。女性はメイクすると変わるんだなって……」


 そこへ韓国人のマネージャーが戻って来た。スポンサーに平謝りし、なんとかなだめすかし、お土産を持たせてタクシーに乗せたと文句を言っている。


 二人はすぐ帰って行った。舞子も別のテーブルにつき、いつもと変わらず、クラブ・ゾイサイトの夜は更けていく。



 怜はあれ以来ゾイサイトへよく訪れるようになった。必ず舞子を指名してくれ、年も近いせいか、客とホステスというよりは友達のように親しくなった。自分の話はほとんどしないが、舞子の話を聞きたがった。



「ねぇねぇ、最近よく来るあのイケメンて『イノセント・b』のRAYだよね?」


「イノセントびー? 何それ?」


「うわあ、出たよガラパゴス舞。アイドルオーディション番組で勝ち残った候補生達で結成された、五人組のアイドルユニットだよ。RAYが抜けて今は四人だけど」


「どうして抜けちゃったの?」


 まみや他の女の子たちはRAYの存在にめざとく気づいていた。何も知らないのは舞子だけだった。


「RAYの足のケガが主な原因らしいよ。ファンの間からは復帰を望まれたみたいだけど、今は芸能活動休止してる状態だね」


 イノセント・bの大ファンではないが、まみもそこそこ彼らには注目していた。五人はオーディションを勝ち抜いてきただけあって、魅力も実力も高水準だ。


「日本でもオーディション番組が放映されてたから、その頃からのファンも結構いるよね。最近だと四人で出てるピザのCM知らないかな?」


「あ、それなら知ってる! ここに来る途中にあるピザ屋だよね」

「そうそう!」



 舞子がゾイサイトで働き始めて三ヵ月が過ぎた。巷はクリスマスムード一色に染まり、店内にも大きなツリーが鎮座している。


 十二月は書き入れ時で、ゾイサイトもそれは例外ではなく、毎日が戦争の様に忙しかった。だが今日、佐々木がやきもきしているのは忙しさのせいだけではなかった。


「ルナは? 電話繋がらないのか? 掛け続けろって」


 ショーまで一時間を切っている。それなのに歌い手のルナが来ていないのだ。ルナはホステスも務める。通常は開店と同時か一時間後に来てショーが終わると帰るのだが、今日はまだ来ていない。連絡もつかないのだ。


 もちろん歌手も一人で回している訳ではないが、もう一人は他店に行っていて今夜は来られない。通常時ならいざしらず、十二月のこの時期にショーに穴をあけるなんてもってのほかだ。上に知られたら管理がなってないと減給ものだ。


「佐々木さん、連絡付きました。腹痛で救急車で運ばれて、今病院だそうっす。盲腸だって」


「なにぃ、盲腸! なんで十二月に盲腸なんかになるんだよ、チクショー。誰か代わりに歌えそうな奴いないか? 誰か、誰でもいい」


 モニターが並ぶ事務所でウエイターに噛みつく佐々木。対するウエイターは気の抜けた声で答えた。


「そうっすね~カナちゃんあたり上手いっすね」

「じゃあカナ呼んで来い」


 行きかけたウエイターがドアに手を掛けたまま立ち止まる。


「早く行けって!」

「あ~今日カナちゃん、休みっすね」


 佐々木は思いつく限りの悪態をついて、カラオケルームのモニターの音源をONにした。中年オヤジの下手くそな演歌が耳をつく。


 演歌の後はNISIAの歌が流れて来た。


「お!」

「いいんじゃないすか、これ」


 一緒になってモニターを覗き込んでいたウエイターを佐々木がどついた。


「今歌った子、呼んでこい!」


 

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