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世界でひとつ、君の歌声〜命を諦めた彼と、夢を賭けた私の再生譚〜  作者: 山口三


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4 あらわになった問題点


 舞子が小学校二年の時にいじめが始まった。


 舞子が売れっ子になり収入が激増すると、両親は都内にマンションを借りて住むようになった。それは転校を意味する。


 私立でもなんでもない普通の小学校だったが時期がまずかった。ちょうど学芸会の準備が進められていて、低学年の演劇発表に舞子が半ば無理やりに参加させられたのだ。


 演目は赤ずきん。もう既に三年生の藤田さんという女の子が主役の赤ずきんに決定していたのに、担当の教師が舞子を主役に担ぎ出したのだ。


 悪い事に舞子のクラスにはその藤田さんの弟が居た。弟は姉から主役の座を奪った舞子を何かと攻撃してくるようになった。しょっちゅう仕事で早退する舞子は、他のクラスメイトと仲良くなる暇がなく、主役の座も舞子が先生に無理やり頼み込んだせいという、間違った情報が行き渡ってしまった。


 舞子はもう一度転校する羽目になった。


 芸能人だから偉そう、目立ちたがり屋、出しゃばり。そんな言葉が幼い舞子に突き刺さった。舞子は芸能界を辞めようと心に決めた。母親は引退を反対したが、舞子は食事も喉を通らなくなり、やせ細って寝込むようになってしまう。そうしてやっと芸能界から身を引くことを容認され、再出発のためにまた転校する。


 転校先の学校ではなるべく目立たないよう、テレビに出ていた子供だと知られないように努めてひっそりと学校へ通った。舞子が仕事を辞めたため、家賃の高い都内のマンションには住んでいられなくなり、引っ越しを余儀なくされた。自分の存在感を消し、影のように生きて行くことは舞子のライフスタイルになった。そしてそれは現在まで続いている。


 だが、それが今になって仇になるとは思ってもみなかったのだ。




「『上田舞子』さんって、ただの同姓同名かな?」


 高校生が主人公のラブコメ映画のオーディションだった。監督の村井と他に四人ほどの審査員がいる。その村井監督が舞子に放った第一声がこれだった。


「あ、いや本人か。出演作品が沢山あるね~僕もほとんど見てるよ」


 履歴書に目を落とし、何度か舞子に台詞を喋らせてから、監督は首をひねった。


「演技は、すごく上手いと思う。でも影が薄いというか存在をアピール出来ていないというか。僕も昔は舞子ちゃんのファンだったから言うけど、やっぱりオーラが無いと厳しいと思うよ、特にこの役は。華がある子や光ってる子って映像でも分かるからさ。今のままだと色々厳しいんじゃないかな」


 当然ながらこのオーディションには落ちた。エキストラには使ってもらえることになったが、交通費しか出ない。


 帰路、監督に言われた言葉が何度も舞子の脳裏を駆け巡る。そうだ、存在感を消す事が当たり前になり過ぎていて、オーディションでも無意識のうちにやっていたんだ。落ち続けて当たり前だ、なんとかしないとこのままじゃまともな役を貰えない。


 なんとか改善しようと頑張ってみるが、十二年間もの間に身に付いたものはそうそう簡単には覆せなかった。


 


 

 今日も次のオーディションで使うセリフを練習しようと、アパートの裏手にある小高い丘に登ってきた。いつもは部屋で練習するのだが、場所を変えれば気分も変わる。自分を解放するためには色んなことを試さないといけないと舞子は考えたのだ。


 住宅街の真ん中のなだらかな坂道を歩き、丘を登りきると大きく開けた場所に出た。その向こうはまた下りになっていて、丘の反対側へ道は続いている。開けた場所を奥へと進むと二メートルほどの高さの赤い鳥居が見えた。鳥居の先には古い祠がある。


「祠ってことは神様がいるのよね、ここまで来たついでだから神頼みもしておこう!」


 朱塗りが所々剥げた鳥居をくぐると、両端に小さなキツネの石像が設置されている。ここはお稲荷さんなんだ、舞子は漠然と思いながら祠に近づく。放置されてだいぶ経っているのか、祠はひどく劣化していた。土台には苔がびっしりと生え、ご神体が収めてある木製の扉は朽ちかけ半分ずれていた。


 それでも舞子は手を合わせ「どうか次のオーディションではいい役を勝ち取れますように!」と声に出し、一礼をした。


 戻りかけた時、祠の向こうから丘の下の街並みが僅かに目に入った舞子は、胸元まで生い茂る草をかき分け進み入った。


 と、足元の何かに躓いた舞子は前のめりになって草の上に倒れた。


「あいたた……」

「痛ってぇええ、何すんだよ!」


 いきなり怒声が飛んできた。舞子が躓いたのは地面に寝そべっている男の足だった。


「思い切り蹴飛ばしやがって、何やってんだよ!」


 舞子に足を蹴られた若い男は、小さな顔を1/3は覆い隠している、ずれたサングラスを直した。その神経質そうな手つきのまま、乱暴な口調で舞子に悪態をついている。びくびくしながら舞子は答えた。


「あ、あの、お詣りして。ほ、祠があったので」


 あの山崎という借金の取り立て屋より、よっぽど怖い。顔を上げる事すら出来ずに四つん這いのままで、舞子は後ろへ下がった。


「人がせっかくいい気持ちで昼寝してたのに、お詣りだと?!」


 若い男はここへ来る途中にあった鳥居と祠、キツネの像を思い出していた。ああ、確かにあったな、ボロい祠がひとつ……。


 蹴られた脛をさすりながら、若い男の心に意地悪な発想が頭をもたげた。


「俺はこの神社に祀られている狐様だ! 俺様の昼寝を邪魔したお前には祟りがあると思え!」


 こんな子供騙しを本気で受け取るバカが居るわけな……


「ひぃっ、すみません、すみません。わざとじゃないんです、景色に見とれて足元を見てなかったんです。狐様のお昼寝を邪魔するつもりはなくて。申し訳ありませんっ」


 っ、ここに居たわ。


 舞子は素早く立ち上がり、何度も頭を下げながら走ってその場を去った。


「なんだあれ、変な奴」


 男はまた仰向けになり、大きく伸びをした。


 小高い丘からごちゃごちゃした街を見下ろしていると、また眠気が襲って来た。大きな樫の木陰はいい加減に日差しを遮り、太い根はちょうどいい枕になった。蹴られたのが左足じゃなくて良かったな。いや、今更どっちでも同じことか。


 目を閉じてうつらうつらしかけたところへスマホが振動して安眠を妨げる。


「イさんか」


 無視したがマネージャーからの振動は止まない。怜は気だるげな低い声で応答した。


「はい、何ですか」

『ああ~やっと出た。RAYくん、今どこにいるの?』


「東京ですけど」

『東京~~?! なんで日本??』


「忘れたんですか、母が東京にいるんですよ」

『そっか君のお母さんは日本人だったね。で、いつソウルに帰ってくるの?』


「俺、帰らないですよ。メインボーカルはジュハがやってるんだから問題ないじゃないですか」

『イノセントはいいんだけど、RAYくんはまだ事務所との契約、切れてないからね』


「ちゃんと稼げって事ですか、分かりましたよ。でもしばらくは帰るつもりないんで」


 イの声がまだ何か言っていたが、怜はため息と共に電話を切る。確かに小麦色のキツネみたいな怜の髪を、昼下がりの風が通り抜けていった。




 翌日、舞子は早起きしてご飯の支度を始めた。ラーメン屋のバイトに行く前にもう一度あそこへ行かなくちゃ。ご飯は多めに炊いて酢飯にして胡麻を混ぜた。お揚げは少し甘めの味付けが舞子は好きだが、狐様はどうなんだろう。


 出来立てのまだ温かいいなり寿司を抱えて、丘を登る。例の開けた場所に出て鳥居を潜り、昨日狐様に出会った場所をまず確認しに行った。今日はお昼寝をしていないみたいだ。ぼんやりと昨日の光景が浮かび上がって来る。確かに狐様の髪は黄金色に輝いていた。キツネ色だったわ!


 舞子は祠の前に立った。手を合わせてもう一度昨日の非礼を詫びる。


「お口に合うといいのですが……」


 そう言って手作りのいなり寿司をお供えした。改めて祠を眺めるとその惨状に心が痛む。


「明日は掃除道具を持ってきます!」



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