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世界でひとつ、君の歌声〜命を諦めた彼と、夢を賭けた私の再生譚〜  作者: 山口三


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16 オーディション


 舞子も困惑した。こういう仕事は初めてだったし、こんな小さな子供相手も初めてだった。どうしたらいいか分からない、でもちゃんとお話を聞いて欲しい! 私の声に耳を傾けて欲しい! 舞子の強い思いと床屋の気持ちがリンクした。「『王様の耳はロバの耳ーっ!』」


 うろうろしていた園児が立ち止まり、話を聞いている集団の中に戻って来た。


 舞子は続ける。「床屋は掘った穴に向かってもう一度叫んだ、『王様の耳はロバの耳ーっ!』……」


 園児たちは静かになった。みな、舞子をじっと見つめて話に聞き入っている。そこからは最後まで、静粛が保たれた。


「……そこで竪琴の神様が現れ、王様の耳を元に戻してくださいました。終わり」


 大人たちが先に拍手すると、園児たちも弾かれたように拍手し始めた。と、一人の園児が舞子に突進してきた。


「舞子先生~面白かったよぉ」


 それを皮切りに舞子は園児たちに囲まれ、改めて熱烈な歓迎を受けたのだった。


「お疲れさまでした、子供相手は大変だったんじゃない?」


 沢本は別件を済ませてから舞子を迎えに来たので、読み聞かせているところは見ていない。でも舞子に疲れた様子はなく、それどころか瞳は生き生きと輝いていた。さっきまでの舞子とは微妙に違う、と沢本も何かを感じ取った。


「いえ、とっても楽しかったです! もう子供ってほんとに可愛い!」


 車に乗り込んでから、舞子は高揚した様子で力強く言った。


「沢本さん、私分かった気がします。感覚が掴めたと思うんです」

「えっ、この読み聞かせで何かあったの?」


「子供っていい意味でも悪い意味でも素直なんですよね。つまらないと飽きちゃうんです。どうしよう、困った。何がいけないんだろう、って凄く焦りました」


「うん、小さい子はゲストの顔を立てて静かに聞いてあげようなんて考えないね」


「でもお話を聞いて欲しかったんです。これを機に、物語を好きになってくれたら嬉しいし、このお話は私も面白いと思うんです。どうしても聞いて欲しい、私に注目してほしいって強く思いました」


 その時、作中の床屋がずっと内にため込んでいた言葉をとうとう放出するという場面で、セリフと気持ちがちょうど重なったこと、その「話を聞いて欲しい」という強い気持ちの入ったセリフで園児が再び自分に注目してくれたことを、舞子は熱を込めて話す。


「それに……以前より自信を持てたから……歌も演技に通じるところがある、歌がみんなに認められたんだ、だから自分は出来るはずだって思う事ができたんです」


 舞の力強い言葉に、沢本は胸が熱くなった。運転なんてしていなければ、ここで舞ちゃんを抱きしめて「頑張ったね」って労ってあげたい……。




 とうとうオーディションの日がやって来た。


 この舞台の監督は奇しくも、以前舞子に「オーラが無いと苦戦する」と進言した村井監督だった。


 村井監督も舞子のことを覚えていた。


「やぁ、久しぶりだね。最近の活躍は見てるよ、今日は期待していいのかな」


 ただし、前回の残念な結果も忘れていないようだ。


 まずは歌、それからセリフ。セリフは訛りがある状態のイライザと、終盤に立派なレディに変身したイライザの二種類を披露する。


 演技が終わったあと、特になにも評価は下されず「ご苦労様でした」とだけ言われて舞子は退室した。


 あれ、何も言われなかった。今回はいけると思ったんだけど、だめだったのかな……。(訛りのある台詞のとき、少し乱暴な口調になり過ぎていたかもしれない。それともイライザの感情の解釈が間違っていたのかな……)


 他の人達より自分は出てくるのが早かった。幼稚園での仕事の後、宇迦川取締役と沢本さんに再度芝居を見てもらい、お墨付きを頂いていたのに。結果を待つ時間は果てしなく続くように思えた。


 オーディションが行われた会場の外では、既に沢山の人が帰り始めていた。オーディションをパスしてウキウキした足取りで帰る者、悔しそうな表情を隠そうともせず速足で立ち去る者、色々だった。


 道路わきに停めたワゴン車の中で、沢本と怜はやきもきしていた。もうかなりの人数が会場から出て来たというのに、舞子の姿が見えない。


 と、見覚えのあるカーキ色の帽子が会場の扉を開いた。手に持った書類に目を落とし、何か考え込んでいるように見える、これは……だめだったのかもしれない。怜も沢本もどんな言葉を舞子にかけようかと頭を悩ませ始めた。


 舞子は社用車のワゴンに気づいた。沢本さんがわざわざ迎えに来てくれたんだ! 舞子は車窓に向かって大きく手を振った。


 後部座席のドアが開き、怜が出て来た。キャップを被っているがマスクはしていない。怜が控えめに手を振る。


「合格したよ! 怜さん、私合格しました!」手をあげた舞子は頭の上で大きな丸を作った。


「舞ちゃん!」


 怜は駆け寄ってきた舞子を抱きしめた。「やったね、頑張ったね!」


 このドラマみたいな光景に、道行く人は足を止めた。


「あれ、RAYだよね?」

「上田舞子がオーディション受けてたから、RAYだよ」

「うわ、あの二人ってそういう仲だったんだ」


 沢本が慌てて運転席から飛び出して来た。


「舞ちゃん、おめでとう! とりあえず二人とも車に乗って! こんな目立つ場所でだめじゃない」

「あーすみません、沢本さん。もう嬉しくって我慢できなくて」


 沢本は二人が車に乗るとすぐ事務所のあるビルへ向けてハンドルを切る。まずは宇迦川にも報告しなくては。


「舞ちゃん、出て来るのに時間がかかったね。何かあったの?」


「イライザ役は二次までオーディションをする予定だったらしいんです。でも満場一致で私に決まったので、すぐ稽古に参加出来るように場所とかスケジュールを教えて貰ってました」


「ほんと頑張った! 満場一致とは凄いよ、稽古も楽しみだね」


 怜は舞子の頭を撫でて帽子をもみくちゃにした。



 舞子以外の出演者も続々と決まり、初稽古での顔合わせとなった。本読みをして、相性を見ながら組み合わせを決めていく。ピカリング大佐やヒギンズ夫人は一人だが、主人公のイライザ、ヒギンズ教授、フレディはダブルキャストとなっている。


 もう一人のイライザは宝塚出身の女優で白川亜美、28歳。ヒギンズ教授はどちらもベテラン俳優がキャスティングされている。次々と配役が紹介されていく中、舞子は見知った顔がその中にあるのを発見して動揺した。


「次にフレディ役の松島蒼太くん」


「はじめまして、ミュージカルも舞台も初挑戦ですが皆様の足を引っ張らないように頑張りたいと思います」


 拍手。舞子もハッとして慌てて拍手する。松島は舞子に視線を向けた。大学生時代とほぼ変わらない爽やかな笑顔で松島は余裕を見せるが、舞子は動揺を隠せない。


 (知らなかった、松島先輩がこのミュージカルに出るなんて。先輩は何事もなかったかのように振る舞っているが、私はなんとなく気まずい)


 稽古の時、舞子は可能な限り松島を避けた。


 (私が松島先輩に告白した動画が拡散されたのは、計画的なイタズラだった。あの時は本当に悲しかった、先輩も加担していた事実にひどく落胆もした。もう過ぎ去ったことだけれど、もう先輩とは関わりたくない)


 だが運の悪いことに、松島が舞子のパートのフレディ役に決まってしまった。松島を避けるのも限界がある。その上、松島が舞子に惚れ込む役柄を演じるのだ。あの時と正反対、なんて皮肉な巡り会わせなのだろう。


 舞子の思惑とは裏腹に、配役が決定するとさも嬉しそうに松島が舞子に近付いた。


「上田さん、これからよろしくね。それにしてもこんなところでまた会うなんてね」

「先輩がお芝居をやっているのを知りませんでした」


「俺たち演劇サークルにいたの、忘れてる?」松島は横目でちらりと舞子を見ながら目を細めた。


 この人はこんな不快な顔で笑う人だっただろうか? 舞子はなぜ自分がこの先輩を好きになったのか、今更ながら不思議に思った。


「そうでしたね。ではこれからよろしくお願いします」


 舞子は無表情のまま簡潔に述べると、自分から松島の傍を離れた。


 思ってた反応と違うな、と松島は思った。もっと嬉しそうな顔をすると思ってたが……まぁ、あの時のイタズラがばれてしまっているから無理もない。


 (だが今は売れっ子のアーティストだし、見た目も随分垢抜けた。この稽古中にまた優しくしてやれば、すぐ俺になびくだろう)


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