12 仮面の歌姫
怜のTik〇ik動画には物凄い反響が起きた。
『RAYってあんなカッコよかったっけ? 本名、桐生怜だって、惚れ直したわ』
『アイドルの時よりソロの方がずっといい、歌の上手さがよく分かる』
『てか、一緒に歌ってる人誰?』
『後ろ姿だけとか、めっちゃ気になる』
『コーラスの人、歌上手すぎて草』
怜のアカウントに寄せられたコメントを挙げて行けばきりがなく、予想をはるかに超えた売上と再生回数を叩き出し、M-Yという名だけが独り歩きを始めた。
「いやほんと凄いよ、あっちこっちから仕事の依頼が来てる。M-Yも矢島ミウじゃないかって噂されてるね」
怜の自宅で沢本が興奮気味に切り出した。ミウはスターフォックス所属の歌手なのでそう思われたふしがある。
「CMに「COLOR」を使いたいって来てるんだけど、二社来ててね、僕はこっちの自動車のがいいと思うんだけど、どう?」
「俺もそっちがいいと思います。で、この助手席に乗せる女性を舞ちゃんにしたいんですけど」
「ああ~それいいかもね。怜くんは企画力もあるねぇ。で、曲の方はどう?」
「ほぼ完成してます。今は三曲目の調整に入ってます」
沢本は怜の家を出た足で舞子のバイト先のパン屋へ向かった。今日は社用車ではなく、小回りの利く自分の軽自動車で舞子を迎えに行った。
「僕の新車でーす、舞ちゃんようこそ~」
「わぁもしかして、助手席一番乗りだったりして!」
「そうだよ、舞ちゃんは僕のお姫様だからね。特別です」
ふざけていた沢本だが、ふと真面目な声で言った。
「これから忙しくなるよ。まだ顔出ししてないけど、いったん表に出たら今の比じゃないからね。ゾイサイトも出来るだけ早めに辞めた方がいい」
「分かりました。ゾイサイトは紹介で入ったので、紹介してくれた方に断っておきます」
「それ、ヤクザなんだよね、間に入ろうか?」
「ヤクザかどうかは分かりませんけど、多分大丈夫です。お金さえきちんと返済していれば、怖い事にはならないと思います」
そうだ、きっと山崎さんは根っからの悪人じゃないと舞子は思う。そうでなければ酔いつぶれた自分を部屋まで送り届けて、面倒を見たりしないはずだ。
それでも沢本は事務所のビルまで舞子を送り届け、近くで話が終わるのを待った。しかし舞子の言った通り、話はスムーズに進んだようで十分もしないうちに舞子はビルから出て来た。
「あれ、もう?」
「はい、本業が忙しくなるならそれに越したことはないって言ってくれました」
「そうかぁ。じゃあ少しでも早く借金が返せるように頑張ろう。もし暴力団関係のサラ金だとしたら、ある事ない事を書かれるとまずいから、早めに親の残した借金だってことをこっちから流しちゃおう」
「はい、分かりました。あとは沢本さんの営業力に期待してます!」
「ははは、そんな事言ったらどんどん仕事入れちゃうよ!」
二曲目はRAY feat.M-Yと明記され、ますますM-Yの存在が取り沙汰される事になった。
曲名は「バタフライ」で、MVには大きな蝶の仮面を着けた舞子が登場した。これは爽やかな一曲目のイメージとは大きく異なる曲だ。ラップも入り、謎めいた舞子の存在が妖艶な魅力をプラスしている。
二曲目も売れに売れたが、反響があまりにも大きく、M-Yについての問い合わせで、スターフォックスの通常業務に支障が出る程だった。
「伏見さん、ちょっともう限界ですね。RAYくんにはマスコミが二十四時間張り付いてますし、ライブの話はひっきりなしで」
「ライブに舞ちゃんを出さない訳にはいかないしねぇ。今のところテレビは録画で舞ちゃんの姿を差し込んでるけど、沢本君がRAYのマネだって事は知られてるから、君にも張り付いてるでしょ?」
確かに沢本にもマスコミのカメラが付いて回っていた。沢本がM-Yに接触するところを捕まえて、M-Yが誰なのかスッパ抜こうというのだろう。
「さて、どういう舞台でお披露目しようかね」
真島亜紀は十年ほど前に主演した朝の連続ドラマでブレイクした女優だ。今も女優としてはもちろん、機転の利く頭のいいキャラクターを生かして司会業も務めている。日曜の十八時に放送されている長寿の歌番組『ソング・ソング』の司会も三年目に入ったところだ。
「真島さん、今日は真島さんにゆかりのある方がゲストでいらしてます」
相方のアナウンサーが真島に振る。三十代半ばにしてますます輝きを放つ真島は、その長身を生かしたタイトなロングドレスを着こなしていた。
「え~どなたでしょう? 歌手の方の知り合いって思いつかないです」
「その方はデビュー当時は俳優でしたから無理もないと思いますよ」
「俳優で、今は歌手なんですか? う~ん誰だろう?」
「あまり焦らすのは意地悪ですよね、それではご登場いただきましょう~」
山崎はゾイサイトの事務所にいた。日曜はクラブも暇で佐々木と麻雀をするのが恒例になっていた。フロアのモニターに映る客はまばらで、誰も見ないのに事務所のテレビが大きな音を垂れ流している。
「そういや山崎さん、舞は今なにしてるんです?」
「あ~、本業が忙しいんだとさ」
あいつの本業って何だ? まみは美容師が本業らしいが、舞のは知らないな。佐々木は無意識に牌をめくりながらぼんやりと考えていた。
金子美奈はうんざりしていた。もうかれこれ二時間も聖美の愚痴に付き合っているのだ。
「蒼太は見た目だけのクズだって聖美も分かってたじゃん」
「だけどさぁ、優しい時もあるんだよ。それに芸能人だよ」
彼女だと公言はされていないが、蒼太が好きなのは自分だと聖美は自信を持っていた。素の蒼太を知っているのは自分だけだ――と、聖美は思っていた。
「でももう会いたくないって言われたんでしょ? それってフラれたんじゃ」
「ひどい事言わないでよぉ、私絶対諦めないんだから。蒼太だってきっと……」
聖美のぼやきは止まらない。美奈はため息をつきながらテレビのリモコンに手を伸ばした。日曜は面白いのやってないけど、聖美の愚痴を聞くよりはましだ。
「それではご登場いただきましょう~」
花束を持って登場したのは舞子だ。黒い超ミニのスカートに黒いTシャツ、背中には大きな蝶の形をした仮面がプリントされている。メイクも若干大人っぽい雰囲気に仕上げてあった。
「亜紀さん、お誕生日おめでとうございます。私のこと分かりますか?」
少し間があった。真島亜紀は、花束を受け取ったまま、言葉を失っていた。本当にゲストが誰か知らされていなかったから。
「うわあ~舞ちゃん? すっかり大人になって一瞬分からなかったぁ」
アナウンサーが後を引き継ぐ。
「そうなんです、今日は真島さんのお誕生日ということで、懐かしい方に来ていただきました。朝の連続ドラマで真島さんの子供時代を演じられた上田舞子さんです」
「上田さんは現在、俳優の傍ら歌にも挑戦しておられて、CDも出たんですよね?」
「はい、歌は元々好きでしたけど、機会がなくて。今日もスタジオで披露するのは初めてなので緊張してます」
「初めては緊張しますよねー。では準備が整いましたので歌っていただきましょう『バタフライ』!」
カメラが切り替わり、セットに向かう舞子が映し出される。セットにはギターを持ったRAYが舞子を待っていた。演奏が始まる……。
「えっ、上田舞子?」
「だから同姓同名の……」
「いや聖美、よく見てって。あの舞子だよ」
「げ、本人だったんだ。いや、あんた演技指導されて当然じゃん」
二人はテレビ画面を食い入るように見ている。一曲目の『Color』よりパワフルな舞子の歌。張りのある声と圧倒されるような声量で、心を鷲掴みにされる。一切ブレのないハイトーンと艶のある流し目で歌い終えた舞子は、とてもあの舞子と同一人物とは思えないほど色気があった。対して、驚いた二人のなんと間の抜けた情けない顔だろう。
「てか、M-Yって舞子のMYか!」
「歌……激ウマ」
「……今度会った時、サイン頂戴って言ったらくれるかな?」
「さあ……」
「これ一曲目と雰囲気ぜんぜん違う。俺、こっちのが好きだな。このRAYって人、よくゾイサイトに来てたんですよ」
「アイドルだろ? 興味ねえな」
「韓国ではアイドルだったみたいですけどねぇ……ってあれ、これ舞じゃないすか」
「あぁん?」
佐々木が先に舞子に気づいた。テレビを背にしていた山崎は、麻雀に気を取られていて「上田舞子」と呼ばれたのに気づかなかった。だが、佐々木の言葉に振り向いた山崎の動作は、佐々木が目を見張るほど素早かった。
「へえ、平凡なお姉ちゃんに見えたけど、やっぱ芸能人なんだな」
「歌が上手いのは知ってましたけど、まさかご本業とはね。なんか山崎さん、嬉しそうじゃないですか」
「あれだ、借金が早く返ってくるかもなって思ったんだよ」
佐々木の言う通り、本人が思う以上に山崎の顔はほころんでいた。
「これ、舞子じゃない。歌うたってるわ」
「へえ~、復帰する気になったのか」
もう一組、画面越しの舞子をニンマリと見つめる二人がいた……。




