第2話 返事のない作家
「まったく…なんであの人はいつもああなんだ」
なんとか舎六に原稿を渡してもらい、和十は次の作家の家へと向かっていた。
和十は大学2年生だ。割りの良いアルバイトと思って始めたが、この作家たちから原稿を受けとるという仕事は案外大変であった。
作家というのがくせ者揃い。締め切りなどあってないようなもので、平然とまだ書いてもいないなどと言ってくる始末。和十は毎回苦労しているのだった。
「佐賀野さんか…すんなり渡してはくれないだろうなあ」
和十はため息をついてインターホンを鳴らす。しばらくしたが応答がない。もう一度押してみるが、やはり返事がない。
昼寝でもしているのだろうか…。それは困る!ただでさえ締め切りを過ぎている原稿なのだ!
「佐賀野さーん!」
大声で呼び掛けてみるが全く反応がない。
「うーん…」
このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。和十は少しガチャガチャやれば気がつくだろうかと思い、玄関のドアの取っ手に手をかけた。
「あれ?」
抵抗なく扉が開いてしまった。鍵はかけないのだろうか。
「不用心だなあ」
呟きながら家の中を覗いてみる。
「佐賀野さ~ん? いらっしゃいませんか~?」
少し待ってみて、応答がないので玄関に入る。
「佐賀野さ~ん、アルバイトの得田ですー。原稿を頂きに参りましたー」
靴を脱いで上がり、声をかけてみる。
「佐賀野さん~? いらっしゃいませんか~? 得田です~」
廊下の先にリビングらしき扉が半開きになっているのが見えた。在宅なのだろうか。和十は行ってみることにした。
恐る恐る部屋を覗く。
「佐賀野さん、こんにちは、得田です~…ん?」
やはりリビングだったその部屋には、人影があった。ただし床にうつ伏せで倒れている姿で、だが。
「佐賀野さん!?」
和十は慌てた。もしかして具合が悪くなったのだろうか? 何かの病気?
助け起こした方が良いだろうか? それとも寝かせておいた方が良いのだろうか。それとも…
「ででで、電話電話! えーと、えーと…どこにかけるんだ!?」
パニックになってしまって頭が回らない。とりあえずスマホを取り出したは良いがいったいどこにかけようか?
「えーとえーと、救急はえーと…」
焦りながらスマホ触っているとある番号が表示された。とにかくここにかけよう!
少しの間発信音が鳴り、
「あ、和十くんか。どした~?」
なんだかどこかで聞いたような少し間の抜けた声がする。とりあえず誰かに繋がったことに安堵した。
「あ、あの!どちらさまですか!?」
「ん?私にかけたんじゃないのかな? 私ですよ~、家並~」
どうやら家並舎六の番号だったらしい。何故だかとてもほっとした。
「和十くん、どうしました?」
「あ、えっと…あ! 先生、大変なんです!」
「はいはい」
「佐賀野さんが倒れてるんです!」
「道端で?」
「リビングで!」
「あー、なるほど。それじゃあとりあえず119番しようか」
「119番ですね!」
「そうそう。119番。かけ終わったらまた私にかけ直してください」
「はい、わかりました!」
一度通話を切り、119番をタップする。慌てながらも今の状況をなんとか説明して電話を切った。
再び舎六の番号にかけると
「はい、お疲れ様~」
落ち着いた優しい声が和十を安心させたのだった。