第1話 家並舎六
クマ、の顔。
多分目の前に広がっているのはそれだ。
得田和十は少し眠ってしまっていたらしい。それはわかるのだが、目を開けたとたんに見える光景にしてはやや珍妙な気がする。
確か僕は先生の部屋に原稿を取りに来ていたはず…
「あれ? わーびっくり、とか言うかと思ったのに」
落ち着いているがやや抜けた感じのある声でクマのぬいぐるみが話す。
「先生…」
30代くらいの着物の男がクマのぬいぐるみをワキワキと操っていた。どこかのほほんとした表情で先生と呼ばれた男は和十の顔を覗き込んでいる。やっと事態を理解した和十はややキレ気味に
「そんな暇があるなら原稿書いてください!」
「原稿ならとっくに終わっているよ?」
「…は?」
「可愛いクマだろう?ファンの子がくれてね」
「女の子にモテて良かったですね」
「うん、男の子だけどね」
「…」
和十はあまり深く考えないことにした。
「それより先生、原稿が終わってるっていうのは…」
先生こと、売れっ子作家、家並舎六(いえなみ しゃろく)の原稿を取りに来たのに全くできていないというので、仕方なく部屋で待っているうちにウトウトしてしまっていたと思うのだが…
「普通に渡したんじゃ面白くないでしょ?」
にこりと笑いながら不穏な発言をする舎六に、和十はまさしく開いた口がふさがらなかった…。