始まりは墓地にて
セテはシイを連れて整備された道を歩く。
ふたりは無言を貫徹していたが、なにも悪い空気ではない。両者ともに感情を共有しているような温かみさえある。
朝日がやっと地平線を越えて全貌を表す時間ともなれば、道を往来する馬車や旅人、ギルドの集団が増える。
セテは擦れ違う者たちを注意深く観察した。追手がいないとも断言できないからだ。
とはいえ、ミゲルだった自分とセテである自分は、変装をしているためまったくの別人である。見分けなど付くはずもない。サラ以外は。
「………あ、休憩所がある。見てくか」
「うん。いいよ」
セテの提案に笑みで返すシイは、決まってセテの腕に抱きつく。
街と街、あるいは村を線で結ぶ道には休憩所が存在する。始まりはどこかの地方だったか。「チャヤ」という聞きなれない店舗名をしていたと記憶している。
休憩所は旅人や行商人の憩いの場である。道中補給ができなければ辛い旅路だ。そこで街や村の人間が出張し、商売を始めた。飲食店がいくつか並び、道ゆく人間の疲れを癒やし英気を養わせる。
セテとシイは若い旅人夫婦を装う。その方が違和感がないし、シイも狙われない。
「おっ、そこの旦那。奥方と一緒に食べていってくださいよ!」
「へぇ。珍しいな。竈門を持ち込んでるのかい?」
数は少ないが、活気溢れる飲食店の呼子に声をかけられ、セテは朗らかにしながら店舗を観察する。
小さい移動式の竈門だが、数を揃えているので回転率も高い。早朝にも関わらず店舗の前に並べられた席も半分ほど埋まっているから、味もいいのだろう。
「じゃ、ふたつ貰おうかな。あと水筒に水を入れてくれないか」
「へい。マイドッ」
元気の良い店員だ。教育された店員がいると繁盛ぶりも異なる。数年の旅で学んだ。セテの観察は今のところ外れたことはない。
石窯で焼いた生地に乗る新鮮な野菜と肉、そしてチーズ。これだけの料理は街でなければ出会えない。路肩の店で食べられる幸運に感謝しつつ、その味に舌鼓を打つ。シイも気に入ったようで、前髪で隠れがちだった大きな瞳を輝かせて夢中になっていた。
大きな皿に運ばれた半月切りのそれを完食する頃に運ばれたのは事前に伝えていた水筒だ。有料で飲料水を満タンにしてくれる。水が無い旅は命取りだ。水源が近くにないのはわかっているし、金を取られようが高い買い物には該当しない。
セテとシイは再び道を歩く。
おそらく、再び訪れるのは数年後だろうと考えながら。
「なぁ、シイ」
「うん?」
自分の所持金から棒付き飴を購入し、口直しか、あるいは単に糖分補給をしていたのか、シイがセテを見上げる。
「俺たち五人が組んで………どれくらいになるっけなぁ」
「………十年以上は、前なんじゃないかな」
「だよなぁ。懐かしいなぁ。まだ追放者なんてやってない頃からだ」
「うん。そうだね」
シイの綺麗で澄み渡ったソプラノ調の声音が、若干落ちる。
セテは口調こそ明るかったが、懐古するには苦々しい記憶で埋め尽くされているため、視線が足元に落ちた。
「………あの頃は………こんなふうに旅をするだなんて、考えなかったもんね」
「だな。世のなかを恨みまくってた」
「サラ兄ちゃん、ソノ姉ちゃん、スム兄ちゃん。それからセテ。私。始まりはゴミ溜めの上だっけ?」
「おいおい。違うだろ。墓場だ」
「あ、そっか。ゴミ溜めはあの男たちを全員で処分した時だったっけ」
「そう。とんでもない変態だったよなぁ」
ふたりの会話に擦れ違う男たちがギョッとしながら注視しながら去っていく。
しかし───実はよくあることなのだ。
特に時代背景が色濃く物語る。人類そのものが危機に瀕した時代から解放されて間もない頃だ。
セテを中心とした一種のチームが完成したのが十年前。皮肉にも必然的な出会いを果たす。それはとてもではないが美談としては語れない。世界の闇と、大人たちの常套句である「仕方ない部分」を煮詰めた事情があった。
十年前、勃発した戦争が終結した。何年もに渡り、双方甚大な被害を被りながらも一方が勝ち得た栄冠。勝利したのは人類。敗北したのが人外。
世界規模にまで発展した戦争は、セテたちが暮らす国にも被災をもたらす。
なにもかもを失った。両親。生家。財産。居場所。
当時十歳であったセテは戦災孤児となる。終戦から程なくして救済措置が施された。この国は真っ先に開始した。
戦災孤児たちを集めて保護し、裕福な家庭の養子とする施設を運営した。
そこまでは美談だ。しかし必ずと称しても過言ではない闇が存在する。
それが裏市。一般には公開されないアンダーグラウンド。
一挙に集められたセテたちは手厚い保護を受け、痩せ細った四肢も回復すると同時に商品となる。
確かに裕福な家庭が買うことになる。ただし、養子ではなく、肉塊として。
人権など存在しない。道具同然の扱いを受ける。
所謂、奴隷商売だ。裏市場は戦後、需要がなくなった武器を規模縮小し、洗脳や実験を経た暗殺者の量産へ発展する。国家間は暗黙しているが水面化では理解が及んだ。人外との戦争のあとは人類同士の戦争へと発展すると。
戦争で得られる利益といえば限られている。ゆえにどの国家も利己的な独占を優先したのだ。やっと訪れた平和を謳いながら次なる戦争へと虎視眈々と狙いを定める。
セテは消耗品として競りに出され、結局は生体兵器とはならなかったが、優れた容姿を見込まれて男娼とすべく変態に買われた。
買われたサラも同様だった。むしろサラの付属品扱いだった。サラはセテを庇い、率先して変態の玩具となる。その性癖が歪むまで。
そしてある日、チャンスが訪れた。変態富豪は兄弟の他三人の奴隷を連れて、仲間にお披露目をしようと計画を立てた。街の郊外にある屋敷で、どちらの奴隷の容姿が優れているか見比べようという催しだ。
六人を収容した馬車は街を出た。変態富豪はカーテンを閉めていなかった。墓地に差し掛かったところで計画を実行。変態富豪お気に入りのサラが逃げ出す。慌ててそれを追う汚い男と御者。その背を追うセテたち。
人間は案外、簡単に死ぬ。戦争で嫌というほど知った。人外の凄まじい攻撃のみならず、衝撃で吹き飛ばされた瓦礫が頭部に直撃し絶命する例もある。
セテはこれまで会話したことのない三名を視線で携えた。多大な恨みを湛える者たちは、セテの計画を一瞬で理解すると、そこらにあった石を携える。
サラに迫る肥満体系の富豪と、長身痩躯の御者が敷地の外にあるゴミ捨て場に出た途端、背後から強襲。殴り殺したのである。
その後、会話せずとも連携は続く。富豪と御者が仰臥してからも頭部を念入を叩き潰し、頭蓋と脳漿をミックスする。それはセテとサラが行った。他三名───ソノとスムとシイは、どこから調達したのかスコップを手に深い穴を掘る。幼子が扱うには重量があるゆえ簡単に出血したが、掘り進める手を決して止めようとはしなかった。
元から廃れた古い墓場だ。管理している者はいないので荒地と化している。ひとの気配があるはずがない。
何時間もかけて自分の背丈以上の深さの穴を完成させ、頭部のない死体を放り投げる。土をかけて踏み鳴らし証拠を隠蔽した。地上の遺骸は、どうせここらを徘徊する野犬が食べるだろうと放置する。
すべてやり切った五人は、そこで初めて互いの顔を見た。名前も知らない。
奴隷に名前は必要ない。そう教育され、番号で呼称され続けた彼らは初めて名を名乗る。親からもらった大切な名を。
そして徒党を組んだまではいい。十歳と少しの少年少女らが集団を作る。どこにでもある話し。が、現実はそう甘くはない。
両親の庇護下にない彼らが食べていくには、戦後の世界はあまりにも非情といえた。
かなりサボってしまったことを後悔しております。同時執筆キチィ………楽しいのですけれど。
いきなりグロテスクなシーンとなってしまいました。
しかしこれがサシスセソの始まりです。戦後というヤバい世界において、どう生き抜くのか………なんてものは、もう決まり切っているのかもしれません。いきなりシリアスになったなぁ
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