サ・シ・ス・セ・ソ
「………余計なことしてくれやがってよぉ」
余裕を示す威圧的な笑みではあるが、より軽薄さと矮小さが際立つ態度だ。
スラングはグイとミゲルに顔を寄せ、静かに威嚇する。
「………なんでわかった?」
「簡単だ。あのダンジョン最奥部は俺が確認した。そんな装備はどこにもなかった。それなのに、なんで今朝見たロイドたちが俺の知らない装備をしているんだろうな?」
「事前に持ち込んだとは考えなかったのか?」
「考えてねぇよ。それが俺とお前の違いだ。担当した覚醒者候補は、最初からきちんと管理して、最後まで見届ける。あいつの初期装備は全部俺が見繕った。今朝の装備だってダンジョンマスターから奪ったにしちゃランクが高いだろ。俺が全部用意したんだ。あの骸骨を倒したら発見できるようにな。だから知らない装備なんかあれば………俺とミゲルの戦いの合間に、誰かが余計なことをしてくれたんだって理解に及ぶわけだ」
そう。ロイドが今朝に装備していたものすべてがミゲルからの贈り物だ。
今朝絡んだ時にロイドたちはランクの高い装備を纏っていた。それもパーティ全員が平等に。
ダンジョンマスター攻略の魅力は、最奥部に隠されている秘宝や装備を奪えることにある。過去、冒険者たちは命を賭して功績を得るため、ダンジョンに挑み続け、ほんの一握りがダンジョンマスターを討伐し武功を立てることができた。
とはいえ───ロイドたちのドロップ率は異常だ。
ダンジョンマスターの装備は人間が作り出すことのできない技術、得ることができない素材で作られていることが多い。そしてレア率も鑑みれば、得られてひとつかふたつ。しかしロイドのパーティ六人全員が武器と防具を装備できるほどのドロップ率となれば、普通なら疑うところ。
そこは初めてのダンジョンマスター攻略の興奮と狂喜、初心者ゆえの心理さえ掴めれば疑うことを忘れさせられる。
つまり、俺はロイドを騙すせめてもの詫びとして、高ランク装備をあえて最奥部に放置した。ダンジョンマスターを半殺しにしつつ。あとはロイドたちがダンジョンマスターを倒せば発見してくれる。
「………相っ変わらず………無駄が好きな野郎だぜ」
「お褒めに預かり光栄だよ。お前はそういうケアとか、不毛って言いながら切り捨てるんだろ」
「当然。自費捻出なんて御免だね。勿体ねえ。そういう金があるなら、俺に回せよ。有意義に使ってやるから」
スラングのスタンスは噂で知る程度だった。元から交流があるわけではない。むしろここまで話すことすら初めてだ。
しかしこの時点で彼の噂の真偽を見極めることができた。否定しないことから、はっきりと悪行を目の当たりにする。
「悪いけど、お断りだ。そんな装備を作らせる時点でな」
ミゲルは握らせた大量の腕輪を指差す。するとスラングは極悪な笑みを浮かべた。
「これの意味がわかるのか?」
「見たことがない腕輪だけど、わかる。余程の素材と技師を見つけたようだけど、俺からすればそれこそ無駄だ。お前は追放者のなんたるかを省いてるどころか、侮辱してるよ」
「ほざけ。これで効率化させることが肝要なんだ。お前もいつか、近いうちに理解するよ。俺の方が正しかったって」
「あ、そう。じゃあ俺からも言っておく、近いうちに痛感するだろうよ。そのご立派な理論が間違っていたって」
「おいっ、貴様いい加減にしろ。我が息子の理論は完璧だ。あとは実証例が増えれば正式に配備される。そもそも、世に輩出する覚醒者の何割をスラングが請け負っていると思っているっ!?」
譲れないものをかけての主張に割り込む無粋な罵声で、ミゲルはスラングから引き剥がされる。
「劣化品を量産し続けるそれを、評価に値すると断言できるんですかね?」
ミゲルは冷淡な視線を親子に突き付ける。
スラングは鼻を鳴らしながら父親を下がらせた。ここでの衝突は計画にはないということだ。スラングという男は効率化を重視する男であると知れた以上、無駄を嫌う傾向にあるならば頷ける。
「忌々しい族めが、高貴な出自たる我々を蔑める立場か………もういい。貴様の顔を見ているだけで虫唾が走る。目的はこれだろう? 拾え。そして次の任務まで我々の前に現れてくれるな!」
男はスラングを牽引しつつ濃霧の奥へと移動する。足音も遠ざかる。
ミゲルは視線を影から下へと移動させる。
一悶着あったが、互いに仕事は果たす。どちらか一方が手抜かりがあれば、規約により厳しい処罰対象になると熟知しているがゆえに。
ミゲルは追放者として覚醒者を見出し、スラングの父親である上司は追放者の仕事に対する報酬を支払う。
足元に落ちている皮袋には金貨が詰まっていた。庶民の年収に等しい額が。
国営機関による任務とあればハイリスクハイリターンとなる。公にされないゆえの高額報酬だ。ミゲルは男たちの言動を気にせず皮袋を懐に収納すると、足早にその場を去るのだった。
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明朝。暁光を受ける五人は、深夜まで続いた宴会で疲れたロイドが目覚め、旅立つ前に街の外に集まった。
「みんな、報酬は受け取ったな?」
ミゲルが尋ねると、四人は首肯する。
「それじゃ、架空のギルト、赤爪は解散ってことで。来週まで自由だ。遅れるなよ?」
「はいよ、ミゲル………じゃなかった。セテ。また来週な。お前さんこそ遅れるんじゃないぞ」
「遅れたりしたら、今度こそただじゃおかないから覚悟しとくんだね」
リカルド改め、スム。アナスタ改め、ソノが陽気に笑って手を振り先に旅立った。
都合、追放者の任務中は名前を変えている。ギルドもそうだ。その街のギルドマスターに国王の捺印がある許可証を提示し、架空のギルトをでっち上げる。
今回の場合は赤爪とかいうセンスのカケラもないギルド名。しかし偽名はセンスがあった。それらすべてを決めるのが───
「じゃ、あたしもお先に行かせてもらうわぁ。ここらの男も食べ飽きたことだし。良い男を捕まえなきゃねっ」
サラである。なんと本名だ。真名が知れたら狙われるリスクがあるのに。イカれている。
そしてミゲル改め、セテの実兄───つまり絶世の美女の容姿をして、男なのだ。それも任務が終わっても女装をやめない。
そしてサラは男も女も愛せる。セテは実弟でありながら、実は過去に何度か寝込みを襲われた。イカれている。助かったのは悲鳴を聞いたソノが投げ飛ばしたからだ。ソノもちょっとイカれている。
サラは鼻歌混じりで傾斜のきつい斜面をヒールで駆け上がる。翻るロングスカートの裾から垣間見える筋肉質な健脚。イカれている。
スムとソノは交際している。共に行動するのは当然だ。七日間のプライベートな時間を愛し合って過ごすのだろう。その外見からとんでもない歳の差と勘違いされそうだが、実は幼女に見えるソノはセテより歳上で、幼少期の頃はよく泣かされていたが歳を重ねるごとに見下ろすようになって………投げられてやはり泣かされた。
セテは先行する三人を見送る。街道を行くカップルと、獣道を猛進する兄を。
「行ったか………さて、俺もそろそろ行くかね。ロイドくんに会う前に」
ミゲルの姿を捨てたセテは、わざわざ仲間たちと同じ時間とルートを選ぶこともないと、時間をズラして待っていた。ロイドがまだいる街をしばらく観察しながら。
すると、その裾を誰かが引っ張る。
「おっと、ごめんごめん。そうだったな。いつもみたく一緒に行くか?」
「………うん。行く」
振り返ればそこにいたのは、五人目の仲間だった。
剣士スーシャだ。しかし彼は───剣を提げていないどころか、レザージャケットも、長ズボンも履いていない。
「途中の街で色々買おう。付き合ってくれるか? シイ」
「うん。いいよ。セテの行くところなら。どこでも」
スーシャ改め、シイは笑いながらセテの手に指を絡める。
シイは公私ともに女装するサラに似て、任務中は男装をする女性だった。
ここで説明を。
サラ → サラ
スーシャ → シイ
リカルド → スム
ミゲル → セテ
アナスタ → ソノ
という感じで、本名は揃えてみました。
サシスセソの並びです。
実はサイ、シイ、スイ、セイ、ソイにしても良かったのですが、サラのイカれっぷりを表現したかったので、統一してみました。
女装をするサラと、男装をする剣士のシイは初期から決まっていました。
次回は素のままの姿でいきます。過去の紐解きをちょろっと。