卑しい族上がり
ミゲルは宝剣を携えて肉薄する。
さすがは腐ってもA級ギルドのリーダー。周囲はその残像しか見えていない。
追放されたばかりの僕なら瞬殺されていたはずだ。
けど今は違う。近接戦は僕の領域だ。合わせて口を開き、そして───
「………は?」
「んむ………安い鋼だよ、それ。そんなに値打ちがあるとは思えない。あのダンジョンマスターが奪われてもいいように用意してたものだね」
「なんで………お前、剣を………食った!?」
そう。その顔が見たかった。
僕が怒りのなかで手にした能力なら、鋼鉄だろうが噛み切ることができる。
ミゲルは宝剣の切っ先が失われて愕然としている。あまり美味しいとは感じないが、もう一歩踏み込むことでさらに刀身を奪ってやった。
「う、わ………!?」
バリッバリッと音を立てて消失していく宝剣に、ミゲルは恐怖し、ついにはばきまで到達する頃には柄を手放して転がった。良い判断だ。そうしなければ、僕は容赦なくミゲルの指まで食べていた。
なんとか僕から逃れようと横を通る時、足払いを仕掛けるとうまい具合に転倒し、僕のパーティのなかを転がっていく。
「無様だねミゲル。A級ギルドのリーダーが、E級ギルドに成す術なく敗北したんだ。これで実力差ってのがわかったでしょ? これに懲りたら、もう二度と僕の目の前に現れないで。自分よりランクが低いギルドを馬鹿にするのも無しだ。もしそれを破ったら………失うのは手だけじゃないからね。わかったなら消えろよ!」
「あ、あわ、わ………わぁぁぁぁあああああああっ!?」
ミゲルは去り際まで本当に無様だった。慌てふためく姿は、A級ギルドの矜持すら感じさせない。
泣き顔で走りながら、振り返ることなく消えた。
「お、おいおい………マジかよ」
「このガキ、やりやがった」
「あの野郎に勝ちやがった!」
「や、やるじゃねぇか坊主! 大したもんだぜ!」
「はははっ! 赤爪のミゲルも大したことねぇんだなぁ!」
ミゲルが去ったことで、ヘイトを集めた強者のメッキが剥がれたことに歓喜する周囲のギャラリーたち。
わっと歓声を上げて、僕を取り囲むと胴上げまでしてくれた。呆然としていた仲間たちも、次第に喜んで輪に加わる。
なんて良い気分なんだろう。
もう僕は弱くない。昔の僕じゃない。
「すごいよロイド! ほ、本当に勝っちゃうなんて! すごい!」
幼馴染で、ずっと想いを寄せていたリンも喜んでくれる。
今日は僕の記念すべき日となった。ギルドイーターの出発の日だ。
もうなにも怖くない。今だったらなにが来ても勝てる。そんな確信さえ感じていた。
ロイドがA級ギルドのリーダーに勝利した数時間後のこと。
武勇は街の隅々まで波及し、ギルド赤爪は恥晒しのレッテルを貼られることとなる。
しかし───ギルド赤爪のリーダー、ミゲルは敗北した瞬間を思い返しては、嬉しそうに笑っていた。
街の郊外にある広場にて。そこは霧が深く立ち込めて、ひっそりと佇む木造のベンチに座るミゲルを包んでいる。
「………解せんな。敗北してまでなにを喜ぶ」
そんなミゲルに声をかける男がいた。
音もなく現れた往年の男は、ミゲルからひとひとりスペースを空けた場所に腰を下ろす。
「別に、理解してくれなくていいですよ。頼んでもないし」
ミゲルは冷徹な視線を突き付けられてもなお、微笑を浮かべている。
「いったい、なにが貴様をそこまで肩入れさせる。覚醒者など、すでにこの国には二百を超えているというのに。時間の無駄だと言っているのがわからないのか?」
男はミゲルの敵ではないが、味方でもない。
いや、一応は立場上、味方の勢力には属するものの、単に男がミゲルを味方として認識していないだけだ。
「わかりませんね。これは俺らなりのケジメって奴なんで。俺たちはいつでも自分が正しいと思ったことを行う。いくらあなたでも、すべてを制限できる権限はないはずだ。そうでしょう?」
ミゲルはロイドと対峙した際の軽薄な部分の一切を感じさせない、落ち着いた物腰で隣でパイプに火をつけた男を見る。
「………小賢しい。いいから報告をしろ」
男はミゲルの主張を唾棄し、業務に戻る。
ミゲルは「やれやれ」と小さく肩をすくめ、報告を開始した。
「第二報、これが最後とする。覚醒者ロイド、特殊スキル悪食を獲得後、ダンジョン下層のモンスターを殲滅。現地にてパーティを獲得。出身の村に帰投後、守り手として勧誘されるが一蹴。二度と戻るつもりはない決意を示すため、生家を焼却。仲間も続こうとするが阻止。ここまではグレーゾーンの不安定な領域かと思われたが、ギルド赤爪のリーダー、ミゲルとの決闘で勝利し心身ともに安定。覚醒者としてはこれ以上とない門出となる。………以上。報告終わり」
「ふん………無駄が多すぎる」
「それはどうも」
「褒めてはいない。なんなんだ貴様は。なぜあのような小僧に………いや、その前もそうだ。わざわざ自ら接触し、勝利をくれてやる?」
「それが俺ら………追放者なりのケジメだって、さっき言ったでしょう。ロイドは素質があった。でもそれだけじゃダメだ。覚悟、経験………それから絶対的な自信がなければ、どんな勝負にも勝てない。生きて帰れない」
「接触から覚醒まで二週間。第二報に至るまで一週間。計三週間を要している。ひとり輩出するまで遅すぎる」
「いったい、どこぞのどなたと比較なさってるんですかねぇ?」
「………口を慎めよ小僧。卑しい族上がりが」
男は静かに憤り、パイプを握り潰してミゲルを脅迫する。
しかし当のミゲルは微塵も男の威嚇を気にした様子はなく、そしてジャケットからとある装備を取り出した。
「これ、ご存知ありません?」
「なんだ。それは」
「おや、これは失礼。あなたとあろう方でも知らなかったとは」
「だから口を慎めと───」
「なら、尋ねる対象を変えましょうか。おい、出て来いよ。いるんだろ?」
ミゲルは濃霧の向こうに声をかけると、今度は足音を隠すつもりもない男が現れた。
「よう、族上がり。相変わらず覚醒させるのが遅ぇなぁ。俺なんか三週間もありゃ、十人は覚醒させてるぜ。ノルマ義務って制度さえありゃ、お前なんか失墜させられる功績だ。国王様だって俺の意見は無視できなくなるだろうよ」
「よう、クソッタレ。相変わらずお前は雑なんだよ。命をなんだと思ってるんだか。もっと丁寧にやれよ。でなきゃお前、いつかしっぺ返し食らうぜ? 代償も高くつきそうだ」
ミゲルは来訪者と挨拶代わりとばかりに軽口を交わす。
出会った頃から両者共に「あ、こいつとは死んでも気が合いそうにないな」と直感からの確信を得てから、ずっとこの調子だ。
ところが軽薄な口調を挨拶とも思えぬ、頑固者が唾を飛ばす勢いで激怒する。
「貴様っ………誰の息子を愚弄するか!」
「愚弄なんてとんでもない。犬がよくやるでしょ? お互いの尻の臭いを嗅ぐやつ。アレと同じですよ」
「犬? 犬だと!? これは我が息子のスラングだ! 犬などという下等な存在と同じにするでないわっ」
スラングの父親は、形式上ミゲルの上司である。この頑固者は外見に反して子煩悩というか贔屓目にしてしまう傾向にあり、スラングの尻拭いを率先して行うためか、隠蔽と調整された報告に上層部の評価も跳ね上がる。とんだ管理体制に辟易する一方だ。
そんなふたりを前に、ミゲルは呆れた感情を一切面には出さず、業務上のスマイルを維持して立ち上がる。
「スラング。これ、返しておくよ。全員分な」
先程提示したのはひとつだけだったが、今度は複数。揃えて六個を差し出した。
それを見たスラングは一瞬不愉快かつ不可解そうな表情をしたものの、すぐに挑発的な笑みへと戻った。
くぅ………いつも更新していないとこうもモチベーションって下がるものなのですね。
というのも、勢い付いて調子にも乗ってしまい、他の小説を2本くらい同時執筆をしていたのです。
もう、ね………止まりませんでした。こっちを放置してしまうくらい。
ストックももうありません。また書き溜めないと。
というわけで、今日からまたこちらの更新も始めたいと思います。
これで前半も終了というところでしょうか。
あとは後半に向けて書き進めて参ります。