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あの裏切り者が

 酒場で泣き寝入った翌日の昼頃。


 アナスタから「仕事だから起きろ馬鹿」と素敵なモーニングコールを受け、ミゲルはベッドから蹴り落とされた。


 なんとも酷い扱いに抗議しようものなら「ならそんなになるまで飲むんじゃねぇよ馬鹿タレ」と踵落としがセットで付属する。パーティを組んだ当初はいつももらっていて、つい物理的に二度寝をしてしまうのだが、五秒後に覚醒しなければ今度は窓から放り投げられる。理不尽なパワハラだが文句は口にしない。それが正解への唯一の道筋。もう間違わない。


「仕事って………早くね?」


 ボリボリと鎖骨辺りを掻きつつ、宿屋の二階に取った個室から外の風景を一望する。想定の倍以上の速度で事態が進行していたからだ。


「あの坊やたち、根性あるってことよ。………色々とね」


「………ふーん」


 アナスタは常時さっぱりとした性格による発言をする。なにも隠そうとしない。任務であれば別だが。


 特に仲間内では猫を被らず、率直な意見を出す。


「状況は?」


「グレーゾーン」


「………そう」


 彼女の報告にあるグレーゾーンはそのままの意味で、ミゲルたちが欲する基準から逸脱するか、それとも好転するかで処分が決定するのだが、その当否のままでは判断しかねる状況にあるという、ミゲルにとって一番好ましくない環境を意味する。


「どうするの?」


「会う」


「会ってどうするの? この前みたいに………」


「そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。でも会うさ。最後の仕上げだ。俺は無責任に放り出すなんてできないよ」


 ミゲルは立ち上がるとシャツに袖を通す。アナスタは傷だらけの彼の背中を、なんとも言えない表情で見ていた。


「手間をかけるのね」


「俺はそういう人間だからだよ。投げ出したくなんてないんだ」


「非効率だって、あの上役(ブタ)どもから指摘されないの? 噂じゃ、他のパーティなんて私たちの三倍の速度で覚醒者を量産してるみたいだし」


「コラ。俺たちのパトロンだろ。今日も飯を食いっぱぐれないのは国のお陰じゃんか。どこで聞き耳立ててるかわからないのに、滅多なこと言うなよ。怒られるのはいつも俺なんだから」


 唾棄するような言動をするアナスタを、一応は叱咤するが、ミゲルは自分が言えない罵倒を代弁する彼女に愉快そうにしていた。


「あと、その噂なら俺も知ってる。俺たちがロイドを仕上げるのに一週間………あいつ、一週間で三人も覚醒させてるんだよなぁ。そりゃ凄い効率だろうさ」


「パーティの人数が多いからかしらね。私たちはたった五人しかいないし」


「それもあるだろうな。けど………」


「けど?」


「早ければ早いほど良いってもんじゃないよ。工場のライン作業じゃないんだ。特に人物間における事象なら、例えばたったひとつの苗だろうと丁寧に育てるべきなんだ」


「苗ねぇ。………でもそんな苗で全人類が救えるのかしら?」


「さぁ。でもその苗は、他の苗と違って一度に大量の実をつけることができるかもしれないよ。………おっと、時間がないんだった。行ってくる。きっと近くに報告を待ってる上役(ブタ)がいるだろうから、ついでに終わらせてくる。帰りは夜かな」


「あんたも結局ブタ呼ばわりじゃない」


 アナスタの愉快そうな苦笑に見送られ、ミゲルは最後の仕事に取り掛かるべく、個室のラックに事前に用意していた装備を担いで外出した。


 その背中を各個室で待機していた仲間たちが無言で見ていた。






 僕の名前はロイド。


 裏切り者のミゲルによって死に追いやられそうになり、奇跡的な生還を果たした。


 あれから六日目になる。僕は僕を殺そうとしたゴブリンを捕食し、片想いをしていたリンとも合流し、そしてダンジョンの捜索に徹した。


 初めてのダンジョンは恐怖でしかなかったが、リンたちとパーティを組んでからは怖いものなどなかった。本当に奇跡だった。どんなモンスターが相手だろうと勝てる。僕が新しく得たスキルによって。


 なにより仲間たちの装備が優れていた。九割ほどが食料と飲料水で、切り詰めながら長い時間をかけて攻略を可能とした。


 そしてダンジョン最奥部にいるマスターを撃破。僕のスキルさえあれば苦戦なんてしない。昔、両親が食べさせてくれたビスケットという菓子のような食感の骸骨を捕食してやった。


 ダンジョンマスターさえ討伐できれば、しばらくダンジョンは機能しない。指揮官を失った部隊のように指揮系統が無くなり、そのダンジョンの最下層にいるモンスターらが死闘を繰り広げ、新たなリーダーに就任するまでは。


 ただ、それも時間がかかるだろう。皮肉にも裏切り者のミゲルたちにダンジョンのことを教えてもらったからだ。ダンジョンマスターになり得る実力のあるモンスターが争うのだから───争えなくしてやればいい。


 僕が時間をかけて攻略したのは、ダンジョンに潜むモンスターを片っ端から捕食したからだ。中層から最下層、マスター攻略後は上層に至るまで。索敵できるメンバーがいなかったから取り逃した個体はいるだろうが、ほぼ空になった洞窟と化しただろう。


 で、村に帰ればまた厄介ごとが増える。


 村長らが僕の功績を知ると、露骨に取り入ろうとした。村の守り神になってほしいとか。


 けれど僕はそのまま村に滞在するつもりはない。パーティも半分が僕に同行する意を示した。もう半分は留まりたいと言っていたかな。


 だから僕は、退路を絶った───




「おい、見ろよ。あれが今朝、あのダンジョンを攻略したとかいう馬鹿げたガキどもだぜ」


「ふーん。マジでガキだけじゃねぇか」


「ここいらの冒険者たちも攻略しようとしてたが、中層で帰還を選択したほどの難易度だってのに………どうなってんだか」


 村を出て、馬を使って夜通し移動。リンはまだ眠い目を擦っているから、周囲の声が聞こえていない。他の全員も同じだ。だから聞かれなくてよかった。


 僕だけはなぜか眠気というものがいつまで経っても襲ってこない。最後に寝たのが何日か前。どうなっているのか気になるが、目的を果たした今、それは些細な問題だ。


 今はたったひとつの目的を果たすため、ギルドを管轄する組織のあるこの街へと足を運んだのだから。


「新米冒険者パーティ、イーターねぇ………なんか変なパーティ名ね」


「そうかぁ? 俺はなんでも喰らい尽くしてやるって気概があって、結構気に入ってるぜ?」


 周囲の人間たちは、早速僕たちが登録したパーティについて囁き合っている。もう噂になり始めたようだ。


 この街には冒険者を統括するギルドの連合があり、総合受付に申請すれば誰でもパーティを登録してもらえるシステムとなっている。ただ年齢制限があるし、若ければ舐められるというのがミゲルの教え。


 そこで今日の営業開始時刻から少し遅れ、任務を請け負うパーティが集まり始めたところを見計らってパーティの申請を行った。


 受付を担当する女性は苦笑し、周囲のそれなりに年季の入ったパーティから嘲笑されたが、ダンジョンマスター討伐の証として、あの骸骨が装備していた甲冑の一部と、下顎の骨をカウンターに叩き付けるように提出すると、もう誰も僕たちを子供だからという舐め腐った理由で嘲弄しなくなった。


 それから時間が経過し、僕は疲れているパーティを引き連れて街を凱旋する。とても気分がいい。今までに無かった感覚だ。誰もが僕を見ている。嫉妬、敬意、愚弄………など喜怒哀楽を交えた感想を囁いていた。


 だが僕の目的は別にある。


 これだけ大袈裟なアピールをしているのだから、そろそろ来るはずだ。


 あの裏切り者が。


とりあえず今日の更新はここまでとさせていただきます。


このために書き溜めてきましたが、解放し過ぎたせいでストックが無くなりつつあります。


この作品はいかがでしょうか? 追放されて覚醒する主人公は多々あれど、追放する側の作品というのは少ないのではないかと思い、その特殊な心境を書き綴ってみました。

タグにしてしまった「優しい主人公」というのは、ミゲルのことです。ロイドくんではありません。ロイドも十分に主人公の格をしているとは思うのですが、ミゲルほどではありません。


では次回以降に、なぜミゲルはこんなことを始めたのかも含めて書いていきます。応援よろしくお願いします。

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