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アフターケアの時間よ

「うっがぁあああああああああッ!! おっそぉぉおおおおおおいッ!!」


 アナスタの咆哮に、酒場にいた筋骨隆々な男たちがギョッとして振り返る。が、あまりの迫力に「目が合ったら殺される」と錯覚し、瞬時に視界を切り替えた。なかにはできるだけ関わりたくないのだろう、近くの席を移動する集団までいる始末。


 あれから───ロイドをパーティからクビにした日から、五日間が経過していた。


 ミゲルたちはその日の内に迂回ルートを選択して、新しくパーティを結成したロイドたちと鉢合わせにならぬよう迅速にダンジョンを脱出。村など見向きもせず、領主が統括する土地のなかでも特に盛えている街を訪れていた。


 それにはいくつか理由がある。


 ひとつ。ダンジョンマスターを討伐したロイドが村の英雄となること。


 ひとつ。ミゲルたちが村に滞在していては不要な諍いへと発展すること。


 ひとつ。この街はロイド出身の村の近くにあり、冒険者ギルドを管理する拠点があること。


 ひとつ。どうせ諍いとなるなら、多くのひとの目が無ければならないこと。


 その他にもいくつかあるのだが、それは追々達成するとして。


「五日って………おいおいマジかよ。あの坊主ども、そんなに苦戦したのかね? ミゲル。しくじったか?」


 愛煙家であるリカルドは、仕事中に喫煙できないこともあり、任務から離れたひと時の休息のなかでできるだけ吸い貯めするべく、酒と同量は摂取している。


「………まさか。半殺しにはしたさ。な?」


「………うん。バレないように痛め付けたはずだよ。関節も半分くらい壊しておいたし」


 いつもなら豪快にエールを飲むはずのミゲルは、黄色い液体をチビチビとやる。スーシャは葡萄酒をチビチビと、安価なチーズで嗜んでいた。それにしては覇気がない。酒場という大人の社交場において、相応しくないテンションは入店前から、なんならダンジョンを脱出した翌日から続いていた。


「それにしてもなにがあったのかしらねぇ。あ、良い男………ケフン。覚醒した坊やなら、あんな難易度が下がったダンジョンなんて一日で踏破できるはずなのに。お友達だってそれなりに動けるようだしぃ?」


 落ち込むふたりを尻目にエールを飲み干すサラ。これで六杯目のジョッキとなる。


 ロイドのダンジョン踏破の報告は、通常ならこんな場所まで届くはずがない。よってアナスタは、飼っていた鳶に報告を任せていた。


 ロイドがダンジョンから出て来ると同時に飼い主のいる街へと飛翔するように躾け、訪れたのがつい三十分前のこと。


 一日で戻れるはずのダンジョンで五日もなにをしていたのか。それが気になるところではあるが、実のところミゲルたちをこの街で待ち惚けさせていたのも確かなことである。


 追放者として少年少女に覚醒を促すまでが仕事ではない。


 偶然を装って同行者を合流させるマッチングも必須。覚醒してからなにがあるかもわからない。肉体的損傷ならまだしも、酷い絶望を体感したあとだ。精神的なケアも必須案件となる。マッチングによって同行した者たちが覚醒者を癒し、新たな旅をさせるのだ。これは現地調達ができればそうするし、不可能なら費用が嵩むが外部委託も可能。今回は現地調達できたから安価で済んだ。


 次は覚醒者に自信を付けさせる。追放者であるミゲルたちを恨んでいるのも確かだろう。ならば必ず覚醒者は追放者を猛追し報復に出る。そこで最奥部に進むと、ダンジョンを支配するマスターに会敵。


 しかしダンジョンマスターはすでにミゲルとスーシャによって虫の息になるまで追い詰められていて、簡単に殺せるよう手配されていた。


 覚醒者は大体、出自が決まっている。大した戦果を持てず、他人から虐げられ、自信を喪失しているのだ。ゆえに万事において諦観で示す。「なにをしたって無駄だ」「どうせ自分にはなにもできない」「足掻いたところで殺されるに決まっている」などと負け犬根性丸出しの甘えた思考に偏ってしまう。


 荒治療は最終段階を迎える。ミゲルとスーシャによって慎重かつ大胆に調理されたダンジョンマスターを破壊するだけ。


 今回のダンジョンは巨大な骸骨だったが、ロイドの特殊スキル《悪食》はゴブリンの骨も噛み砕くので、散々叩いて脆くなった箇所から捕食していくだろう。


 ダンジョンマスターは常人が倒せる敵ではない。冒険者のなかでも、挑むとあらば綿密な計画を必要とされ、消耗品の在庫とも相談する必要があるし、なにより仲間のコンディションによって攻略可能かを何度も相談しなければならない。簡単に手を出せる相手ではない。


 そんな強敵を倒したとあらば拍がつく。ロイドたちは一躍有名人となる。


「まぁ………ほら、まだガキどもだしよ。疲れてるんだろ」


「だからって、ダンジョン内で食事なり休憩なりするにしても、携帯食だって尽きてるだろうし。敵無しとはいえ、ダンジョンに好んで滞在したいとは思わないんだけど」


「ロイド少年も、奴なりの考えがあるんだろ。………それよりも、問題はこっちだぜ」


「………あー」


 上物の蒸留酒と煙草を交互に嗜むリカルドの視線の先に、ついにテーブルに突っ伏す情けない仲間の姿が。アナスタもついに辟易してしまう。


「………ちょっとミゲル。いい加減になさいよ。あんたねぇ………恨まれるのは初めてじゃないでしょうが、これまで何人クビにして、覚醒させたと思ってんだか。慣れろっての」


「無茶言うなよぉ………俺はさぁ、たったひとりで生きてきたロイドを、貶して、絶望させて、大怪我さえて………ぁぁぁ………なんて人でなしなんだぁ」


「泣くなっ。鬱陶しい。スーシャまで泣くでしょうが」


「ひぇぇぇん………」


「ほらこいつまで泣くんだから。本っ当………どうしようもない前衛だわねぇコイツら」


 泣き上戸ではないが、仕事のあとの酒はいつもこうだ。本当は同席させたくはなかったが、まだ任務は継続していることもあり、五人は可能な限りは全員揃って行動する義務が発生する。排泄と就寝以外は団結するのが原則だ。


「いいじゃねぇか。それくらいロイド少年を気に入ってたんだよ。ミゲルなりの祈りの儀式ってやつさ」


「彼らの旅路に幸多からんことを。ってやつ? ………馬鹿ね。そんなの、あたしたちも祈ってるに決まってるじゃない。あの坊やたちはこれから幸せになるべきだって」


「だなぁ………」


 戦力外通告を突き付けたミゲルは冷酷だった。しかしそれは演技であり、前日までの涙脆く、情に弱い部分は真実だ。ミゲルはロイドを本気で応援していた。


 それを知るのはパーティの四人のみ。そうでなければならない。外部に秘密を漏洩してはならない。原則のひとつだ。


 リカルドとアナスタは、泣き尽くして子供のように眠ってしまったミゲルの頭を撫でる。


 宿に帰る際はサラがスーシャを負ぶった。ミゲルはアナスタが足を掴んで引き摺って運んだ。もちろん傷だらけになった。




 その翌朝。ロイドが村を出て、街に到着したと伝令の鳶がアナスタにその旨を伝えた。


「起きなさいミゲル。アフターケアの時間よ」

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