追放者のお仕事
中継をする担当官に報告したところで限界を迎えたミゲルは、しばらく言葉を発せないだろう。リーダーに変わりはないが、私情と公務を混合してしまうほどの強い感受性ゆえ、彼こそ使いものにならない。
よってパーティの副長───事実的にはボスのような───アナスタが指示を出す。ミゲルの仕事は次にある。これは不在でも問題はない。
「リカルド。索敵開始。さっさと済ませちゃいなさい」
「やってるぜ。幸いなことにサラの毒が効いて、あの生贄になった哀れなゴブリンくんたち以外の接近は感じられない」
「あはっ。ロイドくんにもかけたかったわぁ」
「黙ってなクソ変態。………じゃ、次。坊やの状態の報告を」
殴られてもすぐに回復し、爛々と瞳を輝かせるサラの頭を踏んで黙らせるアナスタ。この狂気じみた嗜好は慣れてはいるが、聞いていて心地いいものではない。
「覚醒する前は酷く肉体を損傷。三………いや、四割くらいはゴブリンくんたちのお腹に入った。出血多量でいつ死んでもおかしくはなかったが………見てみな。あいつ《悪食》で逆にゴブリンくんたちを食い殺してから、失ったはずの右手や左足が生えてる。再生してるのかもな」
「まさかとは思うけど、こういう特殊スキルとセットであると考えるべきなのかしらね。一匹も逃さず食い殺したゴブリンの肉体を使って欠損部位を治してるってこと?」
「そういうこと。見なよ。まるで麺類みたく臓腑を啜ってやがる。骨だってビスケットみたくサクサクと。血は酒みたく一気飲み。ゴブリンてのはどう調理したところでまずいのによ、あんな豪快な食べっぷり見るとさ、本当はうめぇんじゃないか、って思ってくるぜ」
「やめなさいな。ゴブリンの血肉は瘴気の温床みたいなものよ。人間にとっては毒そのものじゃない。………まぁ、このド変態の方が強めな毒を持ってるかもだけど」
「任せてよっ! あんなのより素敵で強烈なの生み出して、少年少女をグチャグチャの地獄へ招待してンボッ!」
「だから黙ってろクソ変態。毎回地面とキスさせるんじゃないよ。あたしだって疲れるんだから」
サラはロイドを庇護下に置くことで小児愛を満たすことよりも、形容することもはばかられるドス黒い欲を持っていた。パーティにとっては共通の認識のため、アナスタの制裁と警告があれば特に問題視するスタンスではなかった。
とにかくだ。
現状報告をしたリカルド、それを促したアナスタ、小児愛のその向こうに想いを馳せるサラ、号泣するミゲルとスーシャの五人は、これでダンジョンでの仕事の半分を終えたことになる。いやむしろ、ここからがスタートラインだ。
ロイドは死ぬはずだった。ゴブリンに蹂躙されて。
ところが死の淵に立たされたことで己がうちに秘める真価を引き出した。それによって得た特殊スキル《悪食》が発動。
顔を齧ろうとした個体を、逆に捕食。一撃で絶命させると変化に驚いたゴブリンたちを逆襲。蹂躙を蹂躙によって返した。
するとリカルドの分析どおり、ゴブリンに食われた右手の指、引きちぎられた左足、もう立ち上がることすら不可能だろう粉砕された背骨───そのすべてが再生した。
獣のそれと比較しても人間の牙と顎の力など知れているが、ロイドはゴブリンよりもゴブリンらしいと思わせるほどの野生味を帯び、一心不乱にゴブリンを平らげていた。
「さて………そろそろマッチングの時間かしらね?」
「だな。来てるぜ。抜群のタイミングだ。………ただ」
「ええ。前々回のと同じ結果になりかねないわねぇ」
「ああ。あれは酷かった。前々回に覚醒した嬢ちゃんの特殊スキルは視界に入った者を絶命させるもんで、ワーウルフにギタギタにされてたところを逆転。ただそのあとにマッチングした奴もぶっ殺そうとしてたしなぁ」
「そうならないよう、ミゲルがうまくやるわよ」
「この泣き虫くんが?」
「任せなさい。ゲロ吐かせてでも乱入させるわ」
「おうおう。相変わらずおっかねぇ」
「あ? なんか言った?」
「いえいえ。なんでもありませんよーっと………エンカウントまで五秒」
リカルドが告げるように、ゴブリンだった肉片が落下する音とは別の音が聞こえる。
人間の靴音だ。ひとりではない。五人ほど。歩幅が短いのは子供である証拠。どれも不規則であるゆえ、相当慌てているのだとわかる。
「あ、でもマズイんじゃない? 今のロイドきゅん」
「なにがよ。サラ」
「ほら、ロイドきゅんったら汚く食べ散らかして………それもゴブリンだし。血塗れかつゴブリンの遺骸だらけで座ってる姿なんか見たら勘違いされそうだけど」
サラの疑問は的を射ている。
かなり焦燥している子供たちが、いきなりダンジョンのど真ん中でゴブリンを捕食しまくっているロイドを見たらどうなるか。
前提として、接近する子供たちには余裕がない。ここは大人でさえ命の危機に晒され、モンスターの気配に恐怖し涙を浮かべてしまう魔窟。それを子供たちだけで突破するなど命知らずもいいところだ。会敵したものの、逃亡している途中なのかもしれない。
ロイドと鉢合わせすれば、人間とは思えない残酷な食事に、まず思考が混乱し、呼吸が止まるかもしれない。失神するかもしれない。最悪、ロイドの皮を被ったモンスターだと勘違いされかねない。
攻撃すればすべてが終わる。正気を失っているロイドは、子供たちまで補食するかもしれない。地獄そのものだ。
が、
「別に、そんなの気にしなくていいわよ。あんたとミゲルの馬鹿が坊やに付きっきりになってる二週間、村長との交渉はリカルドがやったし、あたしとスーシャでマッチング相手を探して教えてたの。この程度で怯むような鍛え方なんかしちゃいないわよ」
アナスタはフンと鼻を鳴らして述べた。
その自信に満ちた言動は、現実となる。
「ロイド!」
「リ………ン………」
「ああ、よかった! 生きてた!」
ゴブリンの血肉で全身を汚しているにも関わらず、ロイドの幼馴染であり、アナスタが村の子供たちのなかから引き抜いたリンたちは、なんの躊躇いもなく血溜まりに飛び込んでロイドを抱擁する。
感極まる表情は、演技をしているとは思えない自然の顔をしていた。
「ほぇぇ………普通なら触りたくないだろうによぉ。よく仕込んだなぁ」
「ま、今回は外部から調達する必要がないくらい、質の良い子たちが揃ってたのよ。今時稀有よね。あんな関係になるの。じゃあ特に拒絶反応も示さなかったことでマッチングは成功したし。そろそろお仕事よ、あんたたち。ほら、行け!」
感心するリカルドに満面の笑みを浮かべたアナスタは、キッと双眸を尖らせて、安堵したミゲルと未だ膝を抱えているスーシャを通路の奥へと放り出す。
ミゲルとスーシャは横柄な送り方をするアナスタに不満げな目を向けるも、いつものことであるし、そこは割り切って自分の仕事を優先する。
次の瞬間、ボッと空気が鳴る。ノーモーションでの加速で、最短ルートを選択しつつ、ダンジョン下層最奥部まで一時間で移動した。
「じゃ、仕上げといこうか。手は抜いておけよ? スーシャ」
「そうだね。あの子たちの自信のためだもんね。ダンジョンマスターもきっと僕たちの侵入に腹を立てているだろうし、ロイドくんたちが来る前に終わらせないと」
スーシャは腰に提げた剣を抜く。
ミゲルは徐に右足を上げて、重厚感のある石造りの分厚い巨大な扉を無造作に蹴り開く。
ダンジョン最奥部に存在するのは、地下から地上まで続くそれを管轄するボスで、地上を制圧しようと躍起になっている人類の敵だ。
巨大な骸骨を思わせるモンスターが、身の丈に合う巨大な石の椅子に座っていて、ミゲルたちの侵入に激怒して腰を上げる。
近くに置いていた棍棒を手にし、ふたりを迎え入れた。
「よう、不細工。俺たちが手塩にかけて育てた新米冒険者の門出なんだ。ちょいとお前を利用させてもらうぜ」
ミゲルは好戦的な光を瞳に湛え、スーシャと共に悠然と最奥部に足を踏み入れた。