可哀想なロイド
僕はロイド。今年で十六歳になる。親を亡くして約十年。幼児を見捨てたとあっては悪評が立つため、しかし養子にするのは面倒で経済的にも余裕がないために、周囲の大人たちから管理され、死なない程度に食べ物や仕事を与えられて生きてきた。
そんな僕にも機転が訪れる。ミゲル率いる旅人パーティ。村を襲うモンスターから守るため、ダンジョン最奥にいるマスターを討伐し、安全を確保する依頼を少ない報酬で請け負ってくれた希少な人物。僕はミゲルに懇願してパーティの臨時メンバーに加えてもらった。
ミゲルは涙脆く、感情移入しやすい男で、僕の生い立ちを知ると号泣し、同情した末に快諾してくれた。仲間たちから呆れられる目を注がれても。
僕はリーダーのミゲルと回復術師であるサラに褒められて鍛えられた。まず最初に褒められたのは、食べ物の好き嫌いがないこと。ミゲルは十種類ほどあるらしい。サラは肉が嫌いとか。なんでも食べてしまう僕を「素晴らしい」と叫んで頭を撫でてくれた。
その時、僕は忘れかけていた両親に育てられていた頃の愛情を思い出した。
ミゲルとサラの無情の愛に包まれて号泣してしまった。
それから戦い方の指南を受け、適正が無いとわかれば支援向けの立ち回りの指南に切り替わる。
厳しく難解な講義の連続。普通ならすぐに投げ出してしまうところ、亡き両親の面影が重なってしまい、必死に食らいつく勢いで知識を吸収した。知恵熱で思考がパンクして鼻血が出ても。
そしていざダンジョンへ。
村の穀潰しと蔑まれていた僕の下剋上が始まる───はずだった。
初めての戦闘は想像とは違って、美しいものではなかった。かけ離れていた。
非現実的な形状をした、この世のものとは思えない超生命体。モンスターとの戦いは命懸け。殺さなければ殺される。
最初の戦闘で思い知った。僕にはとてもではないが不可能を可能にできるジャンルではないと。
足元に広がる紫色の血溜まり。血肉の生々しい死臭。それらが僕を刺激すると、胃のなかのものをすべて血溜まりにぶちまけた。
虫や動物や植物を思わせるモンスターの遺骸から飛び出る臓腑に、おまけでふりかけられる吐瀉物。投擲士たるアナスタはここから軽蔑するような視線を向けてきた。「うわぁ。ザッコいメンタルだねっ」と口にして。
ダンジョンは夢の国なんかじゃない。地獄だ。好きになれそうもない。
けど背に腹はかえられない。想いを寄せるリンに告白するためだ。ミゲルに同行する。何度嘔吐してでも。
その四日目。ついに僕はクビを宣告され、今に至る。
「ゲ、ゲ………ゲゲッ」
「ウ?」
「グゲゲ!」
「ゲゲゲゲ!」
「い、いやだ………来ないでぇ」
ゴブリンの群れはすぐに僕を餌として発見し、狂喜しながら走り寄る。
捕まれば最後。ゴブリンは機動力に劣り一般人でも殴り殺せるが、それは単体での話だ。ゴブリンは群れで行動するし、鋭い牙と爪を有する。狡猾力は肉を切り裂き、握力は骨を砕く。
単独でのセオリーはまず逃げて、追尾する先頭のゴブリンを潰しては逃げて、を繰り返す、
が、ミゲルに動けなくなるまで蹴られた僕は逃げられない。すぐにゴブリンに囲まれて………
「ギャアアアアアアッ!! い、いた………痛いぃぃいいいいいい!!」
足に噛みつかれた。腕や首にも。
「ミゲ、さん………サラさ………たすっ、助けてぇァァアアアアアアッ!?」
もしかしたら戻ってくるかもしれない。と淡い期待を込めて差し出した手に、ゴブリンが齧りつく。小指、薬指、中指を付け根から持っていかれた。
「ゆび………僕の指が………ぁぁぁあああああ痛い痛い痛い痛い! やめてやめてやめて! いぎゃぁあああああ!!」
失った右手を呆然と見つめていると、齧られ続けられた左足にさらなる熱が発生する。膝を強引に逆に折り、引きちぎられた。
「ぅぎぃいいいいっ………ぐふっ!?」
うつ伏せになっていた僕の背になにかが突き立てられる。ゴブリンが装備していた棍棒だ。動物の骨が突き出ていて、鋭利な刃として筋肉を断ち切り、背骨を直接損傷させる仕組みだった。
「ごふ、げふっ………やめ………あぎぃっ」
もう、どこが怪我をして、失っているのかわからなかった。
薄れゆく意識のなかで、死んだ両親の笑顔が浮かぶ。
「………助けて………父さん………母さん………」
もう指を動かす体力がなかった。
もっとも、動かせられる指が存在したならばの話だった。
〜〜〜〜〜
ビチャ………グチュ………と血と肉が共に流れる音が、洞窟状のダンジョンの通路に鳴る。
人間とモンスター。戦闘となればどちらかが死ぬ。つまり敗北して死んだ方の死骸が崩れる音。日常差飯である。なんら不思議なことでもない。
が、そんな音に似合わぬ声が通路の奥で囁かれた。
「うへぁ………とんだ悪食だぜ? ありゃ。ついに骨まで噛み砕きやがった」
ロイドを見捨てた旅人パーティのひとり、リカルドだった。
彼は怪しい商人さながら、特徴的な口調や、目深に被ったローブやら、常に猫背と謎を多く孕む外見をしていたのだが、今はその一切が排されていた。
「ほんと………とんだお転婆ね。聞きなれてるはずなんだけど、気分が良くなりそうにないったらありゃしない」
リカルドに賛同したのはロイドを軽蔑するスタンスを一貫し続けたアナスタだ。ただ、今のアナスタは年相応の表情をしていない。女児からかけ離れた往年かつ度胸のある女の表情と態度と口調をしていた。とてもではないが十代に届くか届かないかの年齢の外見には似合わない。
それからアナスタは、通路の奥にいる仲間を振り返る。
「おい、そこの馬鹿ども。なに勝手にナーバスになってんのよ。仕事よ。とっとと立て」
冷たい一瞥をくれてやるのは、気落ちした面持ちをするミゲルとスーシャだった。
「グスッ………えぐ………」
「ごめんね………ごめんね、ごめんなさい。ロイドくん」
「泣くなバカタレども。ったく………どうしようもないわね。さっきあんたの腹にタックルしかけたあの坊やの方が、よっぽど根性あったわよ」
啜り泣く男たちのひとり、リーダーであるミゲルの背中を軽く蹴る。やっとミゲルは動き出し、通路の奥の分岐点となっている物陰から不愉快な水音がする現場を見た。
「くそ………くそっ」
「悪態付いてる暇なんかないでしょうが。ほら、分析しなさい。時間がないわよ」
ゲシゲシと頭頂部を蹴り続けるアナスタに、ミゲルは号泣しながら魔法を発動する。
「ロイド。十六歳。辺境の村出身。両親は逝去。貧困した時代の被害者。彼の者の───覚醒を確認。王宮の分析官殿の報告どおり、特別なスキル《悪食》を獲得」
ミゲルの報告は右手に集められた光球に蓄積されていく。
集音する効果を持つ魔法だ。それから「第一報終わり。経過を見て第二報を送る」と呟くと光球は手のひらから消える。第一報とあるように、どれだけ距離があろうと時間をも無視して瞬時に目的地まで届く仕組みとなていた。
それからミゲルはしばらく来た道に広がる目を背けたくなる光景を観察した。その義務があった。王国から派遣された追放者として。
「可哀想にねぇ。人格が歪むほどのイベントで、人生そのものの変革を自分ではなく他人から促されるなんて。でもこれで彼も安泰………となればいいのだけど。あーあ、惜しいことをしたわぁ。とっとと食べておけばよかったぁ」
「ふざけんじゃないよバカタレ。あんたが本気出したら、あたしら追放者がこうしてことを成す前に廃人になっちまうだろうが」
ミゲルの足元にうつ伏せになったサラが言う。そんなサラに、アナスタがついに制裁指導を下した。
というわけで、いかがでしょうか?
よくある「パーティをクビにされたら覚醒して全員を見返してやった」的な展開になりそうで、実はそれは全員の協力があったからこそ成せることだったのです。
こういうの、あまり無いのではないでしょうか?
次回はミゲルたち追放者の仕事となります。もっと意外な事実も明らかになるかもしれません。