正真正銘の下衆
「ヒギィ………!?」
「あ、ア、ぁ………」
ピクピクと痙攣しながら、ロトムには教育上相応しくなく、絶対に見せられない表情で仰臥するスラングとマバド。
取り分け、セテの因縁があるサラは、張本人への報復できる機会をやっと取得したため、念入りに、特に念入りに、そしてこれ以上となく念入りにマバドを可愛がった。スラングは普段からの弟への嘲笑と侮蔑への礼だが、ついでのレベルで済んだ。
「いいわよぉ、セテ。終わったわぁ」
「ご苦労さん。てかさ、もうちょっとこう………なんて言うんだ? 加減しろよ。マバドのおっさんが廃人寸前じゃないか」
「いいじゃなぁい。セテにしてくれた粗相のお礼は、こんなもんじゃ済まないものぉ」
「ったく」
少しだけ歳が下の男と、自分よりも二回りほど歳が上の男をムシャペロっておきながら、サラは平然と述べた。
こうまで歪んでしまった性癖を、今でこそ武器にしているが、セテとしてはやめてほしい反面、それでも自分のことを大切な弟と思ってくれている兄に感謝していた。
「いいわけないだろうが、このオカマ! どうすんだこれ。どうやってこのふたりから情報を聞き出せっていうわけ!?」
男勝りかつ姉御肌のソノは、近くに無造作に置かれていたサラの深い青の色をベースに、白いレースをふんだんに使われたドレスを掴み上げると、勢いよく顔面に叩き付けて抗議する。
ちなみに俺たちは、氷漬けになった洞窟の通路を戻って、数十分にも続いた惨劇を見ないよう励んだ。過去、あの変態富豪のせいで実際に目の前で見せられたこともあり、俺も若干トラウマになっているし、アレを好んで見たいとも思わない。
「もう、せっかちねぇソノったら。そんなんじゃ、スムに見限られるわよぉ? 女だったら、心にある程度のゆとりを持たなくちゃね」
「男のあんたに言われる筋合いはないだろうが!」
次撃。ダンジョンに似つかわしくないヒールを投擲。サラは命の危険が迫る場所であろうとヒールを着用する。脱ぐのはシャワーか就寝か、ベッドの上で捕獲した獲物を愛でる時くらいか。もちろんスラングとマバドを平等に愛でたため、ドレスと一緒に脱ぎ捨てられていた。
「ま、安心していいわ。ふたりとも、ちゃんと鳴いてくれたわよぉ」
「サラ兄ちゃん。ふたりは泣き喚いてたようにしか聞こえなかったけど………?」
シイは首を傾げながら、しかしサラの半裸を直視しないよう背を向けて尋ねた。
「でも最終的には、従順ないい子ちゃんになってくれたわ。愛し合いながらも、私の質問にはちゃんと答えてくれたもの」
「………うわ。もう拷問だろ。それ」
「失礼ね、スムったら。純愛よ」
「一方的過ぎるだろ………」
なにかの呪いを同時進行で施していた尋問、あるいは拷問の成果はあった。
どうせ「やめてほしかったら、聞くことに正直に答えなさぁい」とでも脅迫したんだろう。とセテたち四人は思った。で、すべての情報を吐かせてからが本番。サラの愛は留まることを知らず、要求に従った哀れなふたりの期待を裏切って、大蛇に絞め殺された方が余程幸せな結末だと思わせるほど凄惨な愛を全身に注ぎ込む。マバドは特に許す予定はなかったのだろうし。
「で、なんだって?」
「マバドの旦那は最後まで口を割ろうとしなかったから、愚息の方に聞いてあげたわ。驚くほど根性無しね、コイツ。父親を差し出したわよ。親父はくれてやるから自分だけ助けてくれって。だからたっぷり愛してやったわっ」
「いや、そっちじゃねぇよ。スカッとしたけどさ」
「でしょぉ? えっとねぇ、このスラングちゃん、覚醒者に細工してたみたいねぇ」
意識が朦朧としているスラングの腕を持ち上げるサラ。下半身は剥かれ───衣服が破かれていたので、丸出しになっている局部を見ないようにしながら。
「あ、やっぱりか」
「知ってたのぉ? セテ」
「ああ。小細工大好き野郎なこいつが作り出したアイテムだよ。前の、ロイドの時にもちょっかい出して来やがったから回収しておいたんだ」
セテはスラングの腕にあったアイテムを見て思い出した。
それはロトムの前に覚醒させたロイドという少年が、ダンジョンの最奥部で発見するはずのないアクセサリーだった。ロトムが発見するはずのアイテムはすべてセテが仕込んだものゆえ、見覚えのない腕輪があればすぐにわかる。
黒曜石に似た石を数珠繋ぎにした腕輪である。ロイドと交戦し、あえて敗北する代わりに回収し、スラングに返したはずが、まさかここでまたお目にかかるとは思いもしなかった。
「でもなんで、こいつがこれをしてるんだ?」
「どうやら、一定時間装着すると、覚醒者を意のままに操る呪いをかける仕組みになってるみたいねぇ。で、スラングちゃんの腕輪だけが特別なの。呪いをかけた覚醒者を操る媒体になってたみたい」
「………そうか。今回の暴走の原因がこれか」
「そうなるわね。見て? ここに傷がある。壊れちゃったみたい。モンスターの奇襲を、咄嗟に腕で防いだんですって」
「呪いか。クソッ。厄介だな」
呪いに類に詳しくはないが、セテは関わった経緯がある。
それゆえに解呪の方法は知ってはいるが、できれば───使いたくはなかった。
「おい………おい、貴様っ………盗賊ども」
「アラ意外。まーだまともに喋れるくらいの根性があったのね」
その時だ。サラに愛されても、父親よりも比較的軽傷だったスラングが目を覚まし、ほぼ全裸に近い状態で、セテたちを睨む。
「………取引だ」
「なに言ってんのお前」
当然、いつもの罵詈雑言が飛ぶかと思いきや、スラングが持ちかけた提案に、セテたちは訝しまずにはいられない。
「ここから出してやる。その代り、俺も………連れて行け」
「見返りは?」
「ここから出るまで俺と共に行動すれば、安全だ。そして出たあとも、報酬を支払う。成果も問わない」
「………ふーん?」
スラングの提案にしては、まともだった。マバド同様、私利私欲な部分が強いにも関わらず、今後の保証まで用意するなど珍しい限りと言える。
ただ、それゆえに怪しい部分も満載だった。
「お前、助かりたいんだ?」
「当然………だろ」
「じゃ、お前の大好きなパパはどうするよ。あと、仲間は? 俺たちはご覧のとおり五人しかいない。俺しかお前を背負えない。前衛はシイとソノ。殿をサラ。マバドはもちろん、何十人といるお前の仲間なんて連れて行けない」
「………わかっている。連れて行くのは、俺だけでいい」
「………ふーん?」
セテの眉間の皺がより増えていく。強く憤った。それはサラたちも同じだった。
スラングは平然と仲間を、そして血を分けたはずの父親さえも見捨てようというのだ。
セテはしばらくスラングの顔を睨んだ。
嘘をついている表情ではない。
そして悪びれてもいない。仲間を見捨てる背徳感も、父親を見殺しにする罪悪感も存在していない。ただ自分だけが助かればいい。躊躇いもなく、そして「そうなることが当然で、正義なのだ」と微塵も自分の行動理念を疑っていない。
正真正銘の、反吐が出るほどの下衆であった。
「断るわ」
「………貴様………俺の安全を確保しようと思わないのか?」
「うん。全然」
「俺を敵に回せばどうなるか………このアストラル国を敵に回すのだぞ!?」
「知らねえよ」
「俺に従えば、将来は安泰だというのに」
「興味ねえし。それに俺たち、やっぱお前たちのこと大嫌いだ。国の忠義だとか、大儀だとか、そういうの堂々と語るくせに自分の都合しか考えてねぇ。特に仲間や家族を平然と見捨てられる奴に従事しても、将来が安泰するわけねぇだろ」
こちらも早々に完結させるべく、執筆することにしました。