覚醒者の暴走
翌日。最終調整も終えぬまま、セテはロトムを作戦に同行させた。
最早、無謀としか言えない強引な作戦だが、実行する以外に手段を持ち合わせてはいない。
サラ含め全員が、リーダーのセテの身を案じ、失敗を繰り返さぬよう念入りにチェックをして挑むダンジョン攻略と、覚醒を促す任務は予想どおり困難を極める。
無策にも等しい杜撰な作戦に辟易し、マバドどころか許諾した国さえも嫌悪し、懐疑する。
英雄を輩出したランドスペルから海を隔てて存在するこの国は、比較的物資に困らない地であるが、戦後十年という節目を迎えると他国との比較によって得た情報で、嫌でも現実というものを知ることになり、本来なら王族が責任を持って解決に乗り出すはずが、その負債を国民が背負わされている。
覚醒者の量産は急務であり、いずれこの国の未来を発展させると謳っているが、サラたちにはどうもそれが机上の空論ではないかと数年前から気付いていた。
昨日、やっと初めてセテがマバドに疑問をぶつけるも予想どおりのリアクションで、確信を得る。
誤った政策で出た負債の方が多い。今はうまく隠蔽できているが、いずれ露見する。先はない。
要は、この国は独自の英雄を必要としていた。国益のため。新たな時代を牽引するリーダーを欲し、なによりランドスペル国の英雄を過去の栄光とし蔑み、現代の栄光を勝ち取るため。
セテたちは糧だ。使い捨ての駒。損失しても損にはならない、使い勝手のいいトカゲの尻尾。
あの戦争で疲弊し、負債を背負うばかりではいずれ衰退するどころか存亡すら危うい。だから国は、国民以下の人材を切り捨ててまでも、国の維持を優先した。
セテたちにとっては、経済問題と資材問題と食料問題を一気に解決できるかもしれない画期的な策だとしても、冗談ではないと離反を思考の隅に据えるのも仕方ない話であった。
「ロトム」
「はい?」
「強く生きろよ。この国で生き残るには、それしかないんだ」
「えっと………話が見えないんですけど」
「そうか。でもいずれ、わかる時が来る。絶対にな」
ロトムと接した時間は短いが、それでもセテたちはできる限りのことをした。生きる術を叩き込んだ。これから彼を地獄に叩き落とし、自ら這い上がらせなければならないことに心を痛めながら。
パーティ全員でロトムを囲み、戦闘などを経験させ、ケアをし、食事をし───ひとりぼっちだった彼の心を安心へと誘いつつ、最終日までに仕上げていく。
が、今回だけはセテたちの急拵えな計画が破綻することとなる。
「………変ね」
サラが述べた。
「ダンジョンに潜って一時間。まだ上層を抜けきってもないけど………モンスターの数が少なくない?」
「確かに」
相変わらずフリフリのドレスを着込み、長いスカートを翻しながら振り返ったサラに、シイが同意する。
それはセテも怪訝に思っていた。これまでいくつものダンジョンを踏破してきたが、その経験上ダンジョン上層でモンスターと会敵する機会は少なくない。個体や群れの規模で襲われた数も、覚えきれないほどだ。
しかし今日に限って襲われた回数が両の手の指を折るくらいで足りてしまう。拍子抜けもいいところだが、それで疑うのをやめてしまうのは初心者にありがちなパターンであり、セテたちはあらゆる危機的な予想を立てる。
「そういえばここは、いくつかのダンジョンが隣接した土地でしたね」
偽装人格のまま述べるスム。「そーだねぇ」とソノもいつもどおりの、子供っぽい口調で返答する。
「四つのダンジョンが並んでるんだ。最奥部が合同になってる可能性は否めないけど………うーん。なんか匂うなぁ」
セテは通路の奥を睨む。
と、その時だ。セテの視界にとある変化があった。持っていた灯りを足元に向ける。
「………ああ、なんかヤベェなこりゃ」
「どうしたんですか?」
ロトムは屈んでセテと同じものを見ようとする。
「小石が踊ってるだろ?」
「な、なんででしょう?」
「振動だよ」
「振動?」
「ダンジョン全体が震えてる」
このようなケースは何度かあった。
洞窟という密閉された通路で、カタカタと小石が震え、そして踊り出すように跳ねる現象。
それを体験したからこそ、セテのなかで巡っていた思考が、最悪なパターンが現実となったと検出した。
「みんな。計画は中止。ロトムの安全を確保。来た道を戻れ!」
セテが怒鳴るように指示を飛ばすと「え、え!?」と狼狽していたロトムの腕をソノが掴み、「死になくなけりゃ走りな!」と叫び、被っていた猫を捨てて、元の人格に戻りつつ彼を誘導する。
「なにがあったんですか!?」
「スタンピードが来るんだよ。モンスターが大勢押し寄せてくる、アレのことさ。だが今回はモンスターだけとは限らない」
「うわっ!?」
「ごめんな。怖いと思うけど、掴まっててくれや」
ソノに手を引かれていたロトムを、背後からひょいと捕まえると背負うスム。体格のいいスムに任せておけば、ロトムの安全は確保されたも同然だ。
しかし、このパーティ全体の安全の保障がされたわけではない。
スムの言うとおり、通常のスタンピードならなにも問題ないのだが、俺たちがなによりも危惧しているスタンピードがもうひとつある。
「まずいよセテ!」
「ああん、もう………あのバカタレ親子………やっぱりしくじりやがったなァッ!!」
殿を務めるシイが背後からの異変を報告した途端、サラがまた豹変する。
セテも振り返って息を呑む。吸った息に冷気が纏われていた。その原因は、光の速度かと疑うほどの速さで洞窟を覆った氷にあった。
「スラングめ………覚醒者を暴走させやがった!」
覚醒者の暴走───即ち、セテたち追放者の失敗を意味する。
なぜそうなったのか。原因はふたつ存在する。ひとつは覚醒者の深層心理を、追放者が読み取れておらず適切な覚醒を促せなかったため。もうひとつは覚醒者の深層心理を理解しても、心に抱えた闇が深すぎて、光のなかに戻れなかったため。
つまり追放者の手抜きか、覚醒者の悪意が強すぎたかのどちらかによるのだ。
後者であった場合は仕方ないとされている。適切な処置とメンタルのケアを十分に施したとしても、覚醒者の根本を変えられるだけの力は、セテたちには備わっていないのだから。
しかし前者だけは異なる。仕方ないという言い訳は通用しない。追放者の過失ならば、それこそ断罪されるべきなのだ。セテたちはこれまで覚醒者を暴走させたことはあれど、決して一度たりとも手抜いたケアをしたことがなかった。覚醒する前に見せてしまう地獄にどうか耐えてもらえるよう祈りながら、謝罪を何千、何万回と心のなかで繰り返しながら、覚醒者が光のなかに戻り、戻ったあとも生き残れるようアフターケアも請け負う。それがセテたちの責任だった。
「まだ終わってない! 次が来る!」
両足が凍らないよう素早く動き回っていた五人。シイが別の異変を告げる。
氷を割ってとうの昔に朽ちたはずのモンスターが腐乱した状態で現れ、そして地面が割れる。
「氷と、死体と、地割り………っ!?」
「マバドのジジィ、まさか三人の覚醒者を同時に暴走させたってこと!? どんだけ端折ったらこんな事態になるのよ!」
割れた地面のなかに吸収されるように落下するセテたち。
厄介なスタンピードはモンスターのものではない。覚醒者の暴走が、ダンジョンの隅々まで波及することを意味していた。
この作品を更新するのも久しぶりですが、どうしても必要なものですので、再び書き始めることにしました。
あと数話で完結させる予定です。