サラのマジ切れ
マバドはセテが庇うように引っ込めたソノの頭部を見送って、その奥で穏やかとは呼べない表情をするシイとスムへも、小物を見下す目を向ける。
上官という絶対的な立場が、生意気な連中が傅かなくてはならない理由を作る。離反は許されない。セテを追い込める優位性に喜びを覚えた。
今回の任務は、四つの村に囲まれた山の地下に広がる広大なダンジョンを攻略すること。すでにスラングが三人の覚醒者へアプローチし、手元に置いているに違いない。
「スラングに感謝するのだな。我が息子は優秀だ。五日前に仕込みを始めたお前たちとは違って、到着した昨日の内に覚醒者を懐柔した。それも三ヶ所同時にだぞ? お前たち卑しい族上がりが本来ならすべき仕事をしているのだからな」
「一日で三ヶ所同時………部下を使うにしろ、接した時間は一時間程度。そんなの、質の悪い覚醒者になるに決まってるのに」
「それはお前が決めることではない。すべてスラングの采配によって決まる」
「あなたは任務による覚醒者の質よりも、数を優先する傾向にあるが………そんなことでこの国の未来が安定するとでも考えているんですか? 絶対に良くはならない。質の悪い覚醒者が今後増えたとして、なまじ力を持ってしまったせいで、ひととしての本質を失い始める! 十年先なんて目も向けられない。まともな精神をしていない被害者が徒党を組んで襲い掛かってくることだって大いにありえるでしょう!?」
「黙れ虫ケラ! お前になにがわかる? 我が国が立たされている苦境が。あの戦争で英雄を排出したランドスペルの国は安定した。真っ先にだ。戦後十年という年月で、英雄が政の矢面に立っただけでガラリと趨勢が傾いた! だが………この国、アストラルはどうだ? 英雄などいない。安定など程遠い。ゆえに追いつかなければならない。英雄を倒すだけの戦力を整えなければならない!」
「………まさか、覚醒者を大量生産する目的は、国家間の戦争への………!?」
「チッ………忘れろ。私はなにも言っていない。お前はなにも聞いていない。それだけだ」
マバドの憤りを「はい、そうですか」と簡単に忘れられるはずがない。
しかしこんな男でも、必死に国防のために尽くすべく策を整えていることくらいはわかる。例え、若者を犠牲にしようとした間違った方法でも。
そんな戦争は真っ平御免だ。利用されるしかないなら、先は決まったも同然。
「とにかくだ。お前たちは今日中に覚醒者を連れ出せるようにしておけ。予定の変更は無い。もし仮に間に合わないようであれば………セテ。お前を国王の御前に突き出し、謀反の戦犯として───」
「あらぁ? それは聞き捨てならないわねぇ。いったいなんの権利があってそんなことをなさるのかしら? マバド様ぁ」
セテにあらぬ罪を着せようとしたマバドへ、最大の殺意を突き付けようとしたシイたちが動く寸前のことだった。殺意を深く飲み込むイレギュラーが現れ、マバドを背後から抱擁する。途端に「ヒギィ!?」と情けない声を上げて、マバドは黙った。
「きっ、貴様ぁ………!」
「ご機嫌用、マバド様。私の聞き間違いでしょうかぁ? 今、私の可愛い弟に冤罪をふっかけようとした男の声がしたのですがぁ………」
イレギュラーとは、やっと到着したセテの兄、サラである。
ロイドへの教育は両親がいない彼へ愛情を思い出させるために参加したが、今回のロトムはセテで十分であると事前情報で知っていたし、任務開始二日前に合流するよう手配したため、抜群のタイミングでの乱入が叶った。
サラは外見に不釣り合いな剛腕をしているため、ちょっとやそっとの抵抗では簡単には剥がれることはない。
マバドを片腕で抱え込み、なんなら片足まで絡める。もう片方の手は、健全な少年少女には決して見せられない場所に潜り込んでいた。
「相変わらず、お可愛いオシリだことっ。あら、力んじゃダメよぉ? 傷付いちゃうわぁ。あなたのがね」
「い、あ、ぐ………」
「あららぁ。この程度でバテちゃうのぉ? まだまだこれからだというのにぃ」
ズボンどころから下着まで手を突っ込むサラは妖艶な笑みを浮かべ、対するマバドは絶望を瞳に滲ませた。
「サラ、もういい。離して差し上げろ」
「えー」
「えー、じゃないよ。もう不敬罪でしょっ引かれること確定してるんだから」
「あ、そう? ならぁ………いっそのこと、罪状確定してるんだったら滅茶苦茶にしておくのもいいかしらねぇ!!」
「あぃぎぃっ!?」
サラはより張り切ってしまう。マバドは涙を流すほど醜態を晒していた。こんなこと知られれば連帯責任になるというのに。
「マバド様ぁ? 別にわたくしは罪に問われても構いませんですことよぉ? 豚箱で臭い飯を食うのも、屈強なオスを眺めているだけで美味しさ十倍になりそうだしぃ………でもねぇ、わたくしの可愛い弟と、大切な仲間たちに手を出すようであれば容赦は致しませんわぁ」
サラの指が踊る度にマバドの痙攣が激しくなる。本来であれば絶対に触ってほしくないところに触れられているどころか、蹂躙しかけ、挿入され始めているならば気も狂いそうになるだろう。
どうせ罪に問われるくらいなら、普段から弟が受けた屈辱を返して人格崩壊に直結するほどの責め苦を与えても結果は同じ。サラの瞳に邪悪な光が宿る。
「きさっ………私に、こんな屈辱を………忘れぬぞ………このような仕打ちを………」
「はぁん? なにを仰っているのやら………相変わらず、不愉快なオスだ」
肉体改造を施されているマバドが怨嗟を並べると、サラの口調どころか人格が変わる。偽りの性別を捨て、本来の性格に戻った。
喉の奥で磨り潰すような重低音はマバドを簡単に戦慄させる。
いつしか軟体動物だったものが圧倒的捕食者へと変貌し、マバドを今にも食い殺そうとしている───そう錯覚させたからだ。
「おいマバドォ………テメェが昔、セテにやってくれたことも忘れてねぇからなぁ! むしろあんなことしておいて、平然と呼吸ができる環境にいることを感謝してほしいくらいだぁ………今度セテを狙ってみやがれぇ………テメェの命どころか、一族諸共皆殺しにしてやるからなァッ!!」
「ヒッ………ッ!?」
呼吸どころか鼓動すら止まりかけるマバド。
そんな男に牙を剥き、いよいよ腰が抜けるというタイミングで拘束を外すと、ついに地面に倒れた。
「………失せろ。俺の気が変わる前になぁっ!」
「ぅぁ………ぁぁぁぁあああああああああああああああっ!?」
豚のように鳴くマバドは地面を転がりながら家屋から離れ、尻のダメージもあってかうまく立ち上がれず、よろよろとしながら去っていく。
普段は滅多に見ないサラの本気の激昂に、マバドをどう調理してやろうかと極悪プランを練っていた面々は、やっと溜飲を下げたのだった。
汚いものを見せてしまった………という後悔もありつつ、サラの兄貴にスカッとしていただけたら幸いです。サラ推しが増えてくれたら嬉しいです。
龍の在る国の更新ばかりでこっちが置き去りになっていたので、急いで更新しました。
よろしければ新作の方もよろしくお願いします!