次の任務へ
一週間という長そうで短かった休息と移動を終了させ、セテたちは目的の村へ到着した。
今回も旅人を装う。
途中で船に乗って大きな湖を渡り、いくつかの山を越えた。覚醒者ロイドを輩出した場所とは離れているため、噂もここまでは届かないはず。
最初に到着したのはセテとシイで、早速変装して潜入を開始する。
観測官からの分析によると、村の名家の跡取り息子だった少年が対象だという。ただ彼は、例によってあの戦争で親を亡くし、叔母夫婦と従姉妹たちと生活していた。
財産のすべてを搾取され、奴隷同然に働かされる彼は遠目で見ていてもなんとも不便で、それも一日中強制労働を強いられるため、どう接触したものかと悩んだところにソノとスムが合流。
事情を説明すると「なら胡散臭い教団から派遣された、怪しい宣教師を装えばいい」とソノが提案。スムは今回はいつもの不気味な猫背の男ではなく、小綺麗な宣教師として行動する。セテたちはその部下だ。
名家を支配した叔母夫婦に宣教師ガイことスムの変装した好青年が接触し、「恵まれない子供たちへ救済を」とのなんとも怪しい題目で言い寄る。
不気味さ全開であったため警戒されるが、
「ご協力いただければ、報酬もお支払いしますよ」
宣教師とは思えない賄賂を差し出すので、夫婦はすぐに警戒を解いた。
皮袋の中身を見て悲鳴じみた声を上げる。なかには銀貨が金貨五枚相当の枚数が入っていた。銀は魔を祓うという理由も付けたが、夫婦はもう聞いてすらいない。
名家といえど所詮は田舎町。都会のそれと比べて、周囲より稼ぎがいいというだけで、最早代替わりの因果として没落の危機に瀕していたのだろう。臨時報酬が舞い込んできて狂喜している。
そんな反吐が出る夫婦は、やはりセテの目論見どおり養子にした少年を差し出した。利益が出るなら数日の家事が疎かになるのも厭わないつもりか。満面の笑みで不審がる少年の背を突き飛ばす。
そこからがセテの出番だ。少年の名をロトム。彼がセテたちに向ける疑いはもっともだから、初日は面談という形で連れ出す。ただし、圧迫感のある密室ではなく開放感のある近くの草原で。
面談は半分ほど合っている。セテたちはロトムの事情を先知しているので、あとは彼から語られる言葉で心境を知るだけだ。
心無い言葉を浴びせ続けられ、杜撰な扱いを通り越して奴隷にされ、人権さえも剥奪されること数年。精神が崩壊しても不思議ではなかった環境下にあった彼の不満を聞き出し、特殊スキルのヒントを得る。
これからロトムは俺たちに裏切られる。心が痛むばかりだが、賽は投げられた。もう逃げられない。せめて彼が今後存分に活躍できるよう調整していくだけだ。
対談開始して四日でロトムの心を開くことができた。これまでの環境を思い出せば、見知らぬ大人に付き纏われ、根掘り葉掘り質問をされ、興味のない勉強を強要されるとあれば意欲も湧かないのもわかるが、セテが根気強く勉強とは無縁な年相応の遊びを経験すると日に日に信頼を寄せられるようになった。
セテはセフィールの偽名を使ってロトムを観察。村の近くには渓流があり、そこで泳ぐことが得意だと知る。
覚醒者は特殊スキルを得る際、当人が得意とするもの、あるいは印象に残っているもの、あるいはトラウマなどを基に構築する。と論文が出回った。セテも追放者として目を通した際、七割ほど胡散臭いとは感じたものの、すべてを否定はしなかった。それまで覚醒を促した若者の半数がそういった経緯で会得した例もあるからだ。
泳ぎで得られる特殊スキルとはなにかを考えるも、そうすぐに答えが判明するものではない。本番までに確信を得られればそれでいい。セテは注意深くロトムを観察した。
翌日のことだった。
早朝のミーティングはどこに目と耳があるかわからないため、独自の暗号文で終える。残りの日数はあと二日。いつも二週間はかけるので心許ない期間ではあるが、ロトムのためにやれることをやるしかない。
全員が借りた無人の家屋から出ようとした、その時。
ピクリ───とソノとスムが反応した。遅れてシイも。
家屋のドアの前に誰かいる。知った気配ではあるが、サラではない。招かれざる客に、セテはつい頭を抱えたくなった。
「いいよ。俺が出る」
正体など知れている。セテは仲間を手で制し、ドアを開けた。ただし、リビングで殺気立っている仲間たちをなるべく遮る形で。
「おはようございます、マバドさん。こんな早朝になにかご用でしょうか?」
「任務変更を伝えに来た」
「え?」
マバドとはセテたちの担当者であり連絡と報酬受け渡しをしている上司だ。スラングの父親の名前ではあるが、やはり本名ではない。
「日程を繰り上げる。明日決行するので、お前たちもそのつもりでいろ」
「待ってください。なにをそんなに慌てているんですか?」
マバドの指示に冷静を装うセテ。内心ではセテの方が強く焦っていた。時期尚早であると。
「すでにスラングの調整と仕込みは済んでいる。なにも問題はない」
「あの馬鹿………また質よりも数を優先したか」
「あん? 誰が馬鹿だって?」
「そんなことは申し上げていません。それよりも問題があります。こちらのマッチングが済んではおりません。今回は外部から発注しますので、明日なんてとてもではありませんが間に合いませんよ」
ついスラングを蹴飛ばしたくなる衝動に駆られ、うっかり舌打ちする。マバドの前では絶対にやらない粗相をしてしまうほど憤った。
「それも問題はない。そうなるだろうと思って、すでにこちらで発注しておいた」
「なっ………なにを勝手なことをしているんです!? マッチングを外部に発注する時は、双方の相性を鑑みなければならない。それが鉄則のはず。あなたはロトムのことを知らない。水と油を低温で混ぜ合わせるようなものだ。絶対に合うはずがない!」
追放者が派遣するマッチングの外部委託は、覚醒者の仲間となるメンバーがどうしても揃えられなかった場合のみ使える最終手段だ。覚醒者を全面的にバックアップし、共に成長していく役割を担う。
ただし、この外部委託に関しては担当者が入念に相性を調べる必要がある。セテたちのチームではソノが担当している。相性が悪ければ途中で崩壊しかねないし、最悪の場合、出会ってすぐに殺し合いが始まるかもしれないからだ。過去にそのような前例があった。
マッチングされる者たちは全国にいる。どれも夢半ばで挫折を経験し、それでも夢を追いかけたいと望む者たち───であればいいのだが、半数は粗悪で犯罪経歴のある者たちが占めているとも聞く。相性を調べる担当者の眼力が試されるのだ。
そんな経緯があり、慎重にならざるを得ない事案を、マバドは軽率にも端折ってしまう。これにはセテの背後でソノがブチ切れずにはいられなかった。
「あんたねぇっ───」
「よせ、ソノ。俺に任せろ。………マバドさん。要件は理解しました。しかし承諾はしかねます」
「そんなことが言える立場か 今回の任務は四ヶ所同時進撃。ダンジョンも規模が大きいからな。まぁしかしだ。遅れる分には構わないが、スラングが荒らしたモンスターが一挙にそこに押し寄せることになり、難易度も上がる。そして遅延分の評価も下がり、報奨金も値踏みされるだろう。私か、己か。どちらに従った方が利口なのか、すぐにわかることだろうがな」
始まりました終盤戦。
やることはここまでは同じですが、序盤とはまた違った試みがあります。