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ずっと一緒

「あの頃は………」


「うん?」


「覚えてる? セテ。みんなで一緒になった時、それでもバラバラだったこと」


「………覚えてるよ。やっぱり、所詮はガキだったんだ」


 煤こけるどころか、血溜まりのなかで凝固したような、異臭さえ放つ過去は、忘れられるものではない。


 シイは昔から美しい少女だった。今でも美しい。しかし中身は第三者が想像するほど綺麗だとは言い難い。当人も自覚している。


 娼婦を母とし、毎日虐待される日々。虐待されるなかで学ばされたのは接待。母は自分の代わりに育てた娘を新たな娼婦とすべく技術を伝授した。覚えが悪ければ何度も殴られる。人格が崩壊するほど。


 果てには娼婦として客を持った日、あまりの嫌悪感に汚い中年男性の急所を攻撃し、その負債を支払うべく変態富豪に売り飛ばされた。


 幸いだったのが、シイが夜伽をする前日に変態が殺されたこと。母親とオーナーから解放され、シイは仲間を得て初めて自由を獲得した───はずだった。


「あの男たちを埋める前、身につけていた宝石や金銀を奪ったのが………間違いだったな」


「そう、だね」


 所詮は烏合の衆。さらに殺人の罪を背負う。初めて殺した。殺したいほど恨んでいた。毎晩のように抱かれたサラは謝る弟を「あいつはいつか殺してやるから安心しな」と励ましていた。セテもたったひとりの兄を玩具にする変態に並々ならぬ殺意を抱いていた。


 しかし殺してみるも、素直に喜べなかった。


 殺人とは無縁の子供だった。幼い頃から暗殺者になるべく訓練された子供ではない。


 ふたりを殺して、平然とできる精神などしていなかった。


 仲間を得た五人が墓所のゴミ捨て場から移動し、最初に行ったのは遺産分配。


 生きるためには食べなければならない。食べるためには買わなければならない。初めて手にした財宝だ。きっと大人になっても食べられると信じていた。


 が、そこで発生したのが疑心暗鬼。当然だ。初対面でこそないが、「道具に会話は必要ない」とオーナーに命じられ、監禁されていた屋敷ではコミュニケーションなど取れるはずがない。顔は知っているが、誰がどんな性格をしているのかも知らない。信頼関係など無いに等しい。


 そこに畳み掛ける殺人罪の十字架。サラとセテの兄弟、世を知らぬシイは例外として、ソノとスムは自分以外の全員を訝しむ。


 価値は知らぬが平等に分配しよう。と言ったサラを殴ったソノは握れるだけの財産を奪って逃げた。スムは呆然とするサラたちを無視してソノに続く、体格的にはスムの方が大きい。握ってはポケットに突っ込んで、跡形もなく奪って逃走。


「あの時はどうしようかと思ったよ」


「私はお金の価値なんてわからなかったから、サラを殴ったソノ姉ちゃんとスム兄ちゃんにショックだったな」


「俺もだけどさ。裏切られたのは悲しかったな」


「でも、サラは立派だったよね」


「ああ。今はあんな立派な変態に成長したけどな」


「ふふ………だね」


 金品を奪って逃走したふたりを、サラは許した。そういう世だと知っていたからだ。


 それから俺と幼いシイを連れて、自由でありながら不自由でしかない世を歩くため、街へと出た。こうなったらもう自分が稼ぐしかない。とまで断言する。


 その数時間後。事態は一変する。


 街の一角で、なんとソノとスムを発見したのだ。大勢に囲まれて酷い暴行を受けていた。なんの知識も準備もないまま、「ここなら買い取ってくれるだろう」と考えそうな商店に安易に駆け込んだのが間違いだった。


 富豪は街でも有名で、巨大な商会なればこそ顔が効く。それが汚らしい子供たちが泥と血で汚れた財宝を差し出す時点で訝しく、果てには指輪に富豪の名前まで彫られている。ただ盗まれたわけではない。危害を加えた前提でソノとスムを尋問した。


 顔が腫れ上がり、腕や足を折られたふたりは虫ケラ同然に地を這う。泣きながら謝るふたりを、遠くから眺めていたサラは、初めて不気味な笑みを浮かべ「ザマァみろ」と呟く。因果応報。裏切りの末路は悲惨たるものとなると知っているからだ。二度目はなかった。


 虐げられるふたりを見殺しにすると決めたサラは、セテとシイを連れて離れようとする。ところがその手をセテが掴む。足を止めて振り返る。


「立派といば、セテもだよ」


「俺が? おいおい。なんの冗談だよ」


「冗談なんかじゃないよ。裏切ったソノ姉ちゃんとスム兄ちゃんを見捨てなかった」


 サラがあっさりと捨てようとした命を繋いだのはセテだった。


 セテはわかっていた。命はたったひとつしかない尊いものであると。自分たちのような身寄りのない少年少女たちにもあり、例え嗜虐の限りを尽くしてくれた変態富豪を撲殺したとしても、罪の意識に苛まれようが捨ててはならないと。


 ゆえにセテはソノとスムを助けた。説得に応じたサラが囮となり、セテとシイがふたりを回収。裏路地に逃げ込むと、不審そうにしていたふたりが問う。「なぜ助けたのか」と。


 セテにふたりが納得できる言葉を選べる能力はなかった。それでもできる限りの時間を使って、何度も何度も命の大切さと尊さを解く。


 最終的には折れる形であったが、ソノとスムは降参してセテに従った。


 それが五人の本当の始まり。再スタートを切ってから順風満帆とはいかなかったが、大成を成し遂げることで暮らしをより良くする。


 スラングたちがセテを「族上がり」と呼び蔑む理由がそれだ。


 たった五人の子供たちが組んだところで、まともな職に就けるはずがない。選択肢など限られている。


 そのなかのひとつ。セテたちは盗賊になると決めた。しかし分別は付ける。貧しく弱き者から略奪する富める強者を騙し、奪い去る。すなわち義賊である。


 変態富豪が仕込んだ芸がいくつか役に立った。サラの魅了による諜報。シイの頭角を現した剣術。スムの意外でしかない結界術。ソノのいつまでも子供の容姿に反して発揮する怪力。セテは………特殊だったが。


「セテがいなかったら、今頃全滅してたかもしれない。誰も生き残れず、生き残ったとしても途方に暮れて………」


「褒めすぎだって」


「そうかな? 事実だもん」


「褒めても昼飯くらいしか出せないぞ」


「いいよ。それで」


 シイはセテと共に行動する時はずっとこの調子だ。任務中の冷酷な性格を偽装するのも最初は苦労した。セテもお調子者を演じるのがどうも苦手で、ソノに「道化になりきりなさいコラァ」と徹底指導されてやっと会得した。


 そんなフォーメーションが完成したのが、約七年前。セテが十三歳の頃。


 実は義賊として活動し、世間に悪名を轟かせた期間は三年しかない。実態を変え、国に尽くす忠犬に成り下がらざる事情がそこにあった。


 それは例えシイであっても口にしたがらないトラウマで、絶対的信頼を構築したソノとスムが泣き叫んだ事件でもある。義賊は三年前に崩壊の危機を迎えたのだ。あの時のサラの憤慨と発狂ぶりは忘れられるものではない。


 絶対に繰り返さないため、セテに集う四人は必ず彼の近くにいる。ひとりにしないと誓ったのだ。


「セテ」


「うん?」


「痛みを一緒に背負うのは、いいよ。セテと一緒に苦しむのでも構わない。だから………ずっと一緒にいてね」


「………わかってる。俺たちはずっと一緒だ。なにがあってもな」


 例え傷の舐め合いだったとしても。


 表社会から乖離し、裏の世界で生きていかなければならなくなったとしても。


 こうして次の任務まで与えられたわずかな休息で、五人が行動を別にしたとしても、心だけは決して離れることはない。


 絶対的な信頼が彼らの武器であり、中心にセテがいる限り決して崩壊することなどなかった。


会話では現在を。

説明では回想を。


なんてパートにわけてみました。わかりにくかったらすみません。


これで五人の愉快すぎて個性の殴り合いみたいな仲間たちの過去が明らかとなりました。十年前から始まり、三年は義賊を、残り七年は追放者として活動してきたわけです。なかなかベテランです。


ではそろそろ終盤に突入します。

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