使えるものはなんでも使いましょうよ? お義母様。
翌日。
「お前、なにをした?」
若干呆れの混じったような顔で、アストレイヤ様が質問する。
「はい? なにがですか?」
「軍備が整ったそうだ。『彼の領地を攻め落とすなら、直ぐに出立しましょう』と、わたしの私設近衛部隊から連絡があってな? どういうことだと聞いたら、お前の命令だという話でな? ネロ」
「おじさま達は素早い上に、血の気が多いことですね~」
「どういうことだ?」
「昨日、ライカ農場に嫌がらせ&襲撃をした輩の身元が割れたので。ちょ~っとテンションが上がって、ノリノリで『ライカ兄上とアストレイヤ様に仇成す者を駆逐せよ』って言っちゃいまして。おじさま達も、アストレイヤ様が馬鹿にされているのを、相当腹に据え兼ねていたんですね」
「・・・軍を動かすつもりはない」
「そうですか。おじさま方も、がっかりされるでしょうね」
「お前……わざと煽ったのか?」
「いえいえ、とんでもありません。ちょ~っとテンションが上がったので、なんかかっこいいセリフを言ってみただけです☆軍を動かすまでもない相手だということは判っていますし」
にこりと微笑むと、じっとりとした眼差しが見下ろす。
「でも、折角軍備が整ったというのでしたら、少々旅行にでも行ってみたいなぁ……なんて思っちゃいました。お忍びの視察に、丁度いいとは思いませんか?」
「・・・どこまで読んでいた?」
「割と行き当たりばったりですよ? 正直に言うと、悪ノリで言っただけの言葉にここまでの迅速な反応があるとは思っていませんでした。わたしも一応、第三王子ではありましたが。あまり気に留めてもらっていませんでしたし、影響力も然程ありませんでしたからね」
さすが、人徳、人望のあり捲るアストレイヤ様とライカと言ったところ。二人の為なら、骨身を惜しまない人達が大勢いるということだ。
「・・・側妃を排してすぐにこれか」
「ああ、そう言えば。厄介な人がいないお陰で、色々なことが大分スムーズに進みますね。ありがとうございます♪つきましては、ちょっくらお忍び旅行ついでにお掃除して来てもいいですか?」
にっこり笑顔でお願いをすると、
「確かに。君は、わたしとライカに尽力すると言っていたが・・・君がやろうとしていることは、まだ七つの子供には早過ぎると思うのだが?」
額を押さえたアストレイヤ様が言う。
「ふふっ、シエロ兄上がアストレイヤ様に雇われているのと、そう変わらないと思いますよ?」
「大いに違う。シエロには安全圏で書類仕事を振っているだけだ。君のように、わざわざ危険地帯に飛び込んで行くようなことはさせていない」
「危険だとは限らないじゃないですか。単なるお忍びの視察旅行です。あわよくば、領主とお話をして来ようと思っているだけですよ」
「レーゲンの派閥の領だぞ? 側妃のことを快く思っている筈がない。無論、その子供とてな?」
「アストレイヤ様の養子になったわたしになにかあったとして、困るのはあちらの方ですよ。痛い腹を探られることになりますからね。使えるものはなんでも使いましょうよ? お義母様」
可愛く見上げると、落ちたのは深い溜め息。
「全く、とんだ息子を持ったものだ。行くな、と命令したら?」
「そうですね・・・少々お出掛けが増えるかもしれませんね。農場周辺への」
「いずれにせよ囮役を務める、と?」
「その方が手っ取り早くはあるんですけどね? もっと時間が掛かってもいいのであれば、噂が広まっている最中ですので。自滅するまで待ちますか?」
情報伝達が手紙や口伝のみだから、遠方へ噂が伝わるのはそれなりの時間が掛かる。
「噂?」
「ええ。口コミは馬鹿にできませんからね。ライカ農場の商品を広める噂。そして、『どこぞの領主が王宮へ卸している商品の品質を、わざと落としているようだ』という噂です」
いやー、ネロリン信者が張り切っちゃって張り切っちゃって。「ここだけのお話ですが……」という枕詞で、王宮の内緒話としてライカ農場産の食べ物のこと。そして、どこぞの領産の食べ物のことを広め捲っている。
いい噂はゆっくり広がるというが、悪事千里を走るとの言葉があるくらいだ。悪いことの広まる速度はどれくらいなものかしらねー? 見物だわ。
ネロリン信者は使用人が大半以上を占めているけど、王宮で働いている使用人ということで、かなり信憑性の高い噂としてじわじわと、確実に市井に広まっているそうだ。
ぶっちゃけ、事実でもあるし? 王宮から直に流れるタイムリーな噂。
けれど、向こうの領地へ届くのは少し遅れる筈。とは言え、向こうへ広まってからでは遅い。その頃には王都を経由し、別の領地にも広まっていることだろう。ネロリン信者が積極的に友人、知人、親族達にひそひそ話をしているらしいので、普通の噂よりも他領へ広まるのが早いかもしれない。
王城への献上という名目で卸している品物の質が落ちている、だなんて噂・・・それはそれは信用ガタ落ちなことだろう。更に追い討ちを掛けるのが、アストレイヤ様がどこぞの領産の品物との取引をやめたという事実。余計な勘繰りも加わって、あることないことの尾鰭が付くことは必至。
事態を把握した頃には、大ダメージを食らうこと間違い無し。
「・・・君の使用人達が、続々と休みを取っているのはその為か」
読んでくださり、ありがとうございました。




