神秘的な瞳をきゅるんと潤ませてわたくしを見上げるネロ殿下。か、可愛いの暴力ですわっ!! この可愛らしいお願いに逆らえる人間がいるでしょうかっ!?
これが、あのウェイバー様を虜にしているネロ殿下の魅力ということでしょうか?
ぽや~っとした幸福感にふわふわした気分でいると、
「あの、サファイラお姉様……」
「はい、なんでしょうか?」
「サファイラお姉様のお名前も素敵なのですが、町中で呼ぶには少々憚られるので……フィーラお姉様って呼んでもいいですか?」
もじもじと、恥ずかしそうな可愛らしいお顔がわたくしを見上げて聞きました。本日、二度目のズッキューンっ!! ですわっ!?
「どうぞ、ネロ殿下のお呼びしたいようにお呼びくださいませ」
気付けば、口が勝手に動いて応えていました。
サフィやファイラ、イーラなどは家族やお友達に呼ばれたことはありますが。フィーラと呼ばれるのは初めてです。
「もうっ、フィーラお姉様ったら。めっ、ですよ? 今のわたしは商家のレイシーちゃんなんですから」
ぴっと人差し指をちょんとわたくしへ向け、イタズラっぽく笑うネロ殿下。くっ!? ネロ殿下は、一体何度わたくしの心臓を撃ち抜く気なのでしょうかっ!?
「れ、レイシー様?」
「ノンノン。フィーラお姉様、レイシーちゃんよ?」
「レイシー、さん?」
「んもうっ、レイシーちゃん、なの。ほら、言ってみて? レイシーちゃん」
「レイシー、さ……ちゃ、ん?」
「はい、よくできました♪少しぎこちないですけど、それもまた可愛らしいです♡」
な、なんてことでしょうっ!? 女の子のお名前を呼ぶのに、かつてない程の胸の高鳴りと緊張感! そして、天使の笑顔の攻撃力の高さっ!? ああもうっ、わたくしに今日一日を耐え切ることができましてっ!?
いいえ、耐えてみせるのですっ!? 今まで、なんの為につらく苦しい日々を耐えて来たと思っているのですっ!? きっと、今日この日に天使と過ごす一日に、理性を失わない強靭な精神が必要だったからに決まっていますわっ!?
「ほら、シェンお兄ちゃん」
わたくしが内心のこの葛藤を表情に出すまいと必死に耐えていると、なにやらネロ殿下がシエロ殿下を促しました。
「……その、フィーラさん。嫌じゃなければ、手を繋いでもいいですか?」
少し恥ずかしそうに、けれど心配が滲む表情で、白い頬をうっすら赤くした天使が真摯にわたくしの顔を伺っていますっ!? 思わず無言でコクコク頷くと、
「では、失礼しますね? 少しでも嫌だと思ったら、離して構いませんので」
気遣わしげにそっと優しく手が握られました。温かくて小さい。けれど、男の子の手ですわ。ネロ殿下の手とは違って少し硬く感じます。剣を習い始めたばかりの頃のお兄様の手を思い出しますね。
「では、行きましょうか」
真ん中がわたくし、左右にネロ殿下とシエロ殿下・・・こ、これは一体どういう状況なのでしょうかっ!? 両手に花っ!? いいえ、両手に天使ですわっ!! 天使様方が、わたくしを天の国へ誘おうとしているに違いませんっ!!
ふわっふわした気分で……けれど、それをニヤニヤしてしまわないよう、王子妃教育で培った表情筋を全力で駆使し、上品に見える微笑みをキープし続けます! 頑張れわたくしの表情筋!
あのクソ野郎共の理不尽に耐え続けたのは、今日のこの日。全ては天使様達と過ごす為の訓練だったのですからっ!!
シエロ殿下が自然と車道側を歩くことにきゅんとし、ネロ殿下の強引さの無い、けれどさり気ない誘導にきゅんとし……もう、わたくしの心の体力はガンガン減って行くような、なんだか別のなにかが心のうちより溢れ出して沸騰しそうな感じで、情緒がとってもぐちゃぐちゃですわっ!?
こうしてわたくしは、天使様お二方の攻撃力の高さに息も絶え絶えとなりながら――――ぶらぶらと歩きながら露店を冷やかし、町を歩きます。
可愛らしい小物の売っているお店の前で足を止め、
「わ、可愛い♪フィーラお姉様に似合いそう♪」
「そんな……れ、レイシーちゃんなら兎も角。わたくしには可愛過ぎではないでしょうか?」
「ふっ、フィーラお姉様はご自分の魅力に気付いていないようですね! フィーラお姉様は可愛いのです! よって、可愛いものも似合うのです! ね、シェンお兄ちゃん」
「ええ。フィーラさんは可愛らしいと思います。俺らより年上とは言え、まだ十代なのですから。もっと淡い色や甘めのデザインもよく似合うと思いますよ」
にこにこと可愛らしい笑顔でわたくしを可愛いと仰る天使様と、真剣な表情でわたくしを見上げて真摯に告げる天使様! くっ、耐えるのですわたくしっ!?
「あ、こっちもフィーラお姉様に似合いそう♪」
更に、可愛らしいものをお勧めするネロ殿下。それからきゃっきゃうふふ♪な買い物モードに入ってしまい――――
「シェン様は……退屈ではありませんか?」
「いや? 全然。だって、見てみろ。可愛い女の子と美少女がきゃっきゃうふふと笑顔で買い物している光景だぞ? どう見ても眼福で幸せな光景だろうが」
「ぁ、そう言えば……シェン様も面食いでしたね。しかし、女の子……ですか」
お待たせして悪いとは思ってちらっとシエロ殿下の方へ目を向けると、どこか胡乱げなウェイバー様とひそひそとそんなことを小声で話されていました。
シエロ殿下の目は、優しい色を湛えてネロ殿下とわたくしを見守っていらっしゃいます。本当に、お言葉の通りに退屈したり、ましてや苛立ちなどは全くしていないようです。
あのご年齢で女性の買い物をじっと待つことができるどころか、鷹揚に構え、尚且つ慈愛の眼差しを注ぐことができるだなんて! 素晴らしい紳士ですわ!
いえ、シエロ殿下が紳士でいらっしゃることは間違いありませんが……きっと、それだけネロ殿下のことを愛していらっしゃるからなのですわ!
買い物を済ませてまた町歩きを再開して――――
カフェであ~んされたり、お恥ずかしながらわたくしからもあ~んをお返しして内心で悶え捲ったりと、大変な一時を過ごしたのですわ!
「フィーラお姉様、あ~ん♡」
「その、よかったら……どう、ぞ……」
にこにこと変装されていてもお可愛らしいネロ殿下と、頬を染めて恥ずかしそうにしながらもわたくしのことを気遣ってくださるシエロ殿下。
今まで、理不尽に殿方達に嫌われていましたが……数々のイヤミや嫌がらせ。そのされたことに対する悔しさややるせない悲しみがお二人の愛らしさに昇華されて行くようです。
ああ、実はわたくし……今、天国にいるのではなくて? だって、ほら? わたくしは左右を天使二人に挟まれて至福の気分を味わっているのですもの♪
「あの、フィーラお姉様。お姉様に、お願いがあるのですけど……」
デザートを食べ終え、ネロ殿下がわたくしを見上げて口を開きました。
「はい、なんでしょうか?」
「その、フィーラお姉様さえ宜しければなのですが。わたしのおうちに来て、わたしの家庭教師をして頂けないでしょうか?」
「え?」
「短期間だけでもいいのです。実はわたし、お恥ずかしながら。ちょっと前まで家庭教師が付いていなくて。おうちにあった本を読んで独学で勉強していたのですが……各国の地理や慣習などが壊滅的で」
「ぁ~……確かに。近隣諸国の名前を挙げろってテストで、三つくらいしか名前出て来なかったもんなぁ。で、家庭教師に可哀想な子を見る目で見られてたな」
なにやら、とんでもないことをお聞きしたような気がします。
「そういうワケですので、沢山沢山お勉強したフィーラお姉様に、わたしの先生になってほしいなぁって。ダメ、ですか? フィーラお姉様」
両手を組み、神秘的な瞳をきゅるんと潤ませてわたくしを見上げるネロ殿下。か、可愛いの暴力ですわっ!! この可愛らしいお願いに逆らえる人間がいるでしょうかっ!? いえ、居りませんともっ!!
とは言え、ことは他国の王子殿下の家庭教師という大任を掛けたお話です。わたくしの一存で決めることはできないと、なけなしの理性が、そのまま頷くことを押し留めました。
「それ、は……お父様に、お伺いしなくてはお返事できませんわ」
いえ、本音を申し上げれば、当然ながら「勿論です、わたくしで宜しければお任せください!」と即決したかったのですが。
「あ、それなら大丈夫です。フィーラお姉様のお父様には、フィーラお姉様をわたしのおうちにご招待する許可を頂いています。フィーラお姉様が宜しければ、わたしのおうちに来てくださいな♪」
なんてことでしょう! 既にお父様へ根回し済みでしたわっ!!
これはもう、わたくしの好きにしても宜しいということでしょうかっ!! と、またしても即行で頷きたい衝動を、なけなしの理性が押し留めました。
「れ、レイシーちゃん……の、ご両親の許可が頂ければ」
「わぁ! 本当ですかっ!? 大丈夫です。父はわたし達に一切興味ありませんし。今のお義母様は、わたしを学ばせることに意欲的ですからきっと了承して頂けます!」
と、にこにこと嬉しそうなネロ殿下。
こうして、とんとん拍子に話が進み――――
いつの間にか、わたくしの留学が決定。無論、滞在先はネロ殿下の離宮です。
そして、数日後にはわたくしは――――
「よく来たな。楽にするといい」
凛々しい……女王の風格漂うアストレイヤ王妃殿下とご対面していました。
展開が早過ぎではないでしょうか?
「君の事情は聞いている。大変だったな。好きなだけ滞在するといい」
凛々しいお声に、労るような優しい色が混ざります。
「ありがとうございます、アストレイヤ王妃殿下」
「いや、こちらこそ。礼を言う。ネロが、君に家庭教師をねだったそうだな? 君の気が向けば、各国の地理や慣習などを教えてやってほしい。無論、気が向かなければ客人として滞在してくれ」
「ネロ殿下がお望みで、わたくしで宜しければ」
「そうか。あの子の相手は中々骨が折れると思うが、宜しく頼む」
困ったように、けれど……おそらくはネロ殿下へ愛情の感じる笑みがわたくしへ向けられました。アストレイヤ王妃殿下と、ネロ殿下とは血が繋がっていらっしゃらない筈ですが。
でも、ネロ殿下のあの天使っ振りは、血縁だとかそんなものどうでもよくなるくらいの魅力に溢れ……いえ、噴出し捲っていらっしゃるお方ですものね!
わたくしのような、他国の……一貴族子女のことをこんなにもお気に掛け、わざわざお父様と交渉してまでわたくしのことを自国の離宮へご招待してくださるような方ですもの。
きっと、身近なアストレイヤ王妃殿下も……ネロ殿下のお優しさに触れて魅了されたうちのお一人なのでしょう。
こうして、わたくしは・・・ネロ王子殿下とネレイシア王女殿下。そして偶にシエロ王子殿下へ地理や各国の習慣、風俗をお教えする家庭教師という栄誉を賜ったのです!
不肖、サファイラ。今まで培って来た全身全霊で励ませて頂きますわ!
ああ、ネロ殿下とネレイシア殿下。更には、偶にシエロ殿下とも……定期的にお会いできるなんて、実はわたくし、天使の国に連れて来られたのではなくて?
✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧
読んでくださり、ありがとうございました。
シュアン「シェン様は……退屈ではありませんか?」(´・ω・`)?
シェン(シエロ・蒼・ユリスキー)「いや? 全然。だって、見てみろ。可愛い女の子と美少女がきゃっきゃうふふと笑顔で買い物している光景だぞ? どう見ても眼福で幸せな光景だろうが」( -`ω-)✧
シュアン「ぁ、そう言えば……シェン様も面食いでしたね。しかし、女の子……ですか」ε-(´⌒`。)ハァ。。
蒼(ま、ねーちゃんは中身女子だし。やっぱ偶には女の子と遊んだりしたいよなぁ)(*´∇`*)