あれはまるで……そう。親戚の、それもかなり仲が良いお姉様が如くのきめ細やかな配慮とお優しさでしたわ!
視点変更。
「それで……その、ネロ殿下との茶会はどうだったのだ?」
お父様が、少し心配そうに問い掛けます。と、わたくしの顔を見てなぜか表情が険しくなりました。
「……少し、目が腫れているのではないか?」
「っ!?」
まさか、お父様に気付かれるとは思っていませんでしたわ。
「まさか、ネロ殿下になにか言われたのかっ?」
「い、いえっ、これは……」
「なにを言われた? まさか、泣く程嫌なことを言われたのか?」
「ち、違います! これは、その、ネロ殿下がわたくしのことを労ってくださったので……お優しい言葉に、思わず感極まってしまって……」
この年で、わたくしより幾つも年下のネロ殿下に背中や頭を撫でられて、よしよしされた恥ずかしさに顔が熱くなり、段々と声が震えて小さくなって行きます。
ああもうっ、貴族令嬢として、年上として……それ以前に、他国の王子殿下? に対して、泣き付くなど、穴があったら入って埋まりたいくらいの恥ずかしさですわっ!?
あのときは涙が溢れて止まらなくて、ネロ殿下のお優しさに縋ってしまいましたが……というか、ネロ殿下は確かまだ十歳にもなっていらっしゃらなかった筈!
なのに、あの包容力ときたら! なんと表現すれば宜しいのでしょうか? あれはまるで……そう。親戚の、それもかなり仲が良いお姉様が如くのきめ細やかな配慮とお優しさでしたわ!
いえ、ネロ殿下とは全くの初対面な上、わたくしの方が年上なのですけれど……考えると羞恥に悶えたくなるので、今は年齢やその他のことは棚上げしておきましょう!
「ネロ殿下の労い……? お前を?」
「ええ、その……ネロ殿下から、お聞き致しました。どこぞの元王太子殿下と似た犯罪者を……撃退したそうで、その……」
く、クラウディオ殿下の……を、蹴り上げたそうです。とは言えず、口を濁します。
「ネロ殿下の、脚力がもう少し強ければ、わたくしの婚約がもっと早く解消できた筈だと仰って……」
まさかの、わたくしへ申し訳ないと思う理由が物理的な脚力だったとは驚きです。というか、きっと何度だって思い出す度に驚くことでしょう。あんな可憐な方が本当に……? と。
「あ~……そ、そうか。ネロ殿下とウェイバー殿から、事情をお聞きしたのか」
と、気まずそうにお父様がわたくしから目を逸らしました。まあ、殿方のデリケートな部分のお話ですものね。わたくしも少々気まずいです。
「はい。それで、ネロ殿下はわたくしのことをお調べになったそうですわ。わたくしが、王城勤務の若い殿方達から嫌がらせを受けていたことをご存知でした」
「そうか……」
今度は苦い、そしていたましいというお顔がわたくしを見詰めます。
「はい。その状況下に於いて、『折れず、腐らず、前を向いていたあなたは素晴らしい』とのお言葉を頂きました。そして……嫌われる理由がわからなくて苦しかったこと、悔しい思いをしたこと、怖いと思っていたわたくしの心に寄り添って、『よく頑張りましたね』と、誉めてくださいました」
そのお言葉が……とても、心からの労りとお優しさに満ちていたのです。
あの頃の、嫌な思いをしてささくれていた気持ちへ共感してもらえて……わたくしの頑張りを、努力を認めてもらえて、誉められて、感情がぐちゃぐちゃになってしまいました。
「っ!? ああ、そうだな。ネロ殿下の仰る通りだ。サファイラはよく頑張った」
ハッ! としたお顔で、お父様がそっとわたくしの頭を撫でてくださいました。
「そ、それに……ウェイバー……様、にも……実は、わたくしのことを応援してくれている方が……王城内にちゃんといたことを、教えて頂き……ました。身、分の……低い、方が……多かったから、表立っては……わたくしの味方が、でき……なかっただけ、って……」
先程、あれだけ泣いたというのに、またぼろぼろと涙が溢れて来ます。
「そうかそうか」
「は、い……それ、で……お見苦しい……ところを、お見せして……しまったのに、わたくし……は何年も我慢して来たのだから、ここで少しくらい涙が出たとこで構いません、と仰って……ください、ました」
「ああ、そうだな。サファイラは、本当によく頑張ったな」
うんうんと、お父様が頷きながら優しく頭を撫でてくれます。
こんな風に……泣きながら優しく頭を撫でて頂くのは、小さな頃以来。少し……いえ、本当はかなり恥ずかしいのですが。けれど、嬉しくも思います。
わたくしが落ち着いた頃、
「……ネロ殿下には、よくして頂いたのだな」
ぽつりと落とされた言葉にこくんと頷きます。
「そうか……」
「? お父様は、なにをご懸念されていたのですか?」
「ぅ……いや、それは……」
「それは?」
「いや、ネロ王子殿下が……ドレス姿でお前と話そうと思うと仰られたから。その、少々心配していたのだ」
・・・ああ、そうでしたわ。今の今まで頭からすっぽりと抜け落ちていましたが、ネロ殿下は王子殿下だとご紹介を受けていましたわね。
あんなに可憐で愛らしい王子殿下が存在するものなのでしょうか? やはり、あれは……ネロ王子殿下を名乗っていらしたネレイシア王女殿下だったのでは? と、思ってしまいます。
ああ、でも……妹君がいらっしゃるからでしょうか? 泣いているわたくしに全く戸惑うことなく、すぐに背中を撫でてくださいましたわ。あれは、泣いている誰かを慰めるのに慣れていらっしゃる証拠でしょう。
ということは、やはりあれはドレスを着て女装したネロ王子殿下だったのでしょうか? なんだか、頭が混乱して参りましたわ。
「お前も今日は疲れただろう。早めに休むといい。ちゃんと目は冷やすんだぞ?」
ぽんと、お父様の大きな手がわたくしの頭を撫でてそっと離れて行きました。
「はい」
確かに。今日は……本当に、こんなに泣いたのは小さな頃以来です。貴族令嬢として、王子妃教育を受けて、感情をコントロールする術は何年も掛けて学んで来た筈でしたのに。
涙を止められませんでした。
本当に久し振りに……泣き過ぎたのでしょうか? 頭がぼんやりしているような気がします。疲れてもいますけれど、なんだかスッキリもしました。
「ああ、そうです。お父様」
「うん? どうした、サファイラ」
「ネロ殿下が、『またお会いしましょうね』と」
「お前はどうしたい? ネロ殿下とお会いしたいか?」
「……はい。『明日にでも、またお会いしましょう』と。お父様に、連絡先は教えてあるので、いつでも連絡を待っていると仰っていましたわ」
「そうか……ネロ殿下とお会いするかは、サファイラに任せよう」
「本当ですか? ありがとうございます!」
ああ、どうやらわたくしは……今日お会いしたばかりの、年下で可憐なのにとても包容力のある王子様のことが、好きになってしまったようです。
あんなに見苦しく、お恥ずかしところをお見せしましたのに……お父様の許可が出て、またお会いできることを、嬉しく思います。
ああ、明日は……どうしましょう?
楽しみですが……今日はもう、疲れましたわ。なんだか、とってもよく眠れる気がします。
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