わたくしも、身の振り方を努々考えなくてはなりませんわね。
なに一つ情報が無いまま、自宅で軟禁状態で半月程過ごしたでしょうか。
クラウディオ殿下が、健康上の都合で王太子位を返上することとなったそうです。
城に呼ばれ、憔悴した様子のお父様のお話によると、現在の婚約もどうなるかわからないとのこと。解消されるかもしれないし、このまま継続して――――婚期を大幅に逃して後に解消されたり、他の王族へのすげ替えや、最悪だと暗殺の可能性すらあるそうです。
それ以外に情報、は・・・ウェイバー様が、クラウディオ殿下を庇ってお亡くなりになったという衝撃的なものでした。
ウェイバー様のご葬儀には、クラウディオ殿下が参列されたそうです。
わたくしもお伺いしたかったのですが……屋敷から出るなとお父様に厳命され、参列することは叶いませんでした。あんなにお世話になった方でしたのに――――
クラウディオ殿下を庇ってお亡くなりになるだなんて……生真面目なウェイバー様らしいと言えば、らしいのでしょうか。
僭越ながら、ウェイバー様には個人的に大変お世話になったので、ウェイバー伯爵家へご冥福をお祈りするお手紙をお送りしました。
そうするとなんだか……胸にぽっかりと穴が空いたような気がします。
クラウディオ殿下を慕って取り巻く方々に嫌がらせを受け……それでも負けず、わたくしを庇ってくれた方。ウェイバー様を、彼らと戦う同志だと勝手に思っておりました。
いつの日にか、わたくしを貶めようとする連中へ地獄を見せて差し上げようと、そのときにはきっと一緒になって嬉々として相棒になってくれる方だと思っていましたのに! その心の誓いを、一緒に果たしてくれる方はもういないのですね……
とりあえず、婚約はまだ継続? 中らしいので、クラウディオ殿下のお見舞いへ行くかお見舞いの品を贈りした方がいいのかとお父様へお聞きしたところ、
「殿下の見舞いなどは行かずともいい!」
お父様が吐き捨てるように言いました。珍しく、嫌悪感を露わにされた表情で。
「お父様? どうされたのです?」
「……いや、見舞いの品も必要無い。それより、お前はこのまま誰とも会わずに、今すぐ領地に戻りなさい」
「なにかありましたのね?」
「……ああ。これは、婚約を白紙にするまでお前には言いたくなかったが……他の者の口から知らされるより、わたしが先に告げておく方がいいだろう」
「なんでしょうか?」
「クラウディオ殿下とよく似た男の……犯罪者の手配書が、国際的に出回っている」
「え?」
「人身売買などの容疑が掛かっている。それも、クラウディオ殿下の近衛をしていた者達とよく似た男達合わせて十数名の手配書も一緒にな」
「そ、れは……」
サッと、血の気が引いて行くのがわかります。
クラウディオ殿下と似たお顔の手配書だけなら、偶然や他人の空似ということもあるでしょう。けれど、殿下の近衛達も込みというのであれば、クラウディオ殿下ご自身であることは確実。
「殿下は、数週間前に内密で他国へ行っていたらしい。そこでなにかがあった……というか、犯罪行為に類するなにかをしでかしたのだろう。それで、被害に遭ったと思しき国がご丁寧にも、件の犯罪者達の似顔絵を手配書として、国境であちこちの国へバラ撒いた。『うちの国でこのような犯罪を犯したと思しき人物が国外で逃亡した。彼らは国際的な犯罪グループの可能性もあり、近隣諸国も十分警戒するように』との通達付きでな。おそらくはウェイバー殿が亡くなったというのも、そのときになにかあったからなのだろう。クラウディオ殿下が王太子を下ろされたのは、その醜聞が広まってからでは遅いと判断したからだ」
恐ろしい程の醜聞、ですわね。これは確かに、絶対表に出せませんわ。
「その、クラウディオ殿下と似た男が犯罪者として手配されたことに、陛下はなんと仰っておられますか?」
「一応、その国へ抗議をしたとのことだが。『王族を騙る犯罪者がいるのなら、迅速に捕まえた方がいいだろう。必要であれば、我が国としても協力は惜しまない。徹底的に調べましょう』という返答が返ったそうだ」
徹底的に調べられて困るのは、クラウディオ殿下の方ですわね。我が国としてはもう、『件の人物はクラウディオ殿下ではない、赤の他人だ。貴国の情報に感謝する』と言い張ることしかできませんね。
「……では、クラウディオ殿下は実際にはお怪我をされていない、と?」
「いや、怪我は実際にされていたようだ。療養も本当にしていたらしいが……新たな王太子が決まるまで、暫く王都は騒がしくなる」
「そう、ですわね……」
今までは、正妃様のご長男で第一王子であるクラウディオ殿下の勢力が一強で王太子殿下となり、行く行くは国王になられると見做されていました。
けれど、他国へ赴くことができない……赴いても、犯罪者ではないかと警戒される者が国王になど、なれる筈がありませんわ。国民の信用も失いますもの。
しかし、今のクラウディオ殿下一強状態が崩れるとなると……第二王子、第三王子にも王太子になる目が出て来るということ。これから、王位継承争いが勃発するのは想像に難くありませんね。
国内の勢力図が大幅に変わりますわ。
我が家は……クラウディオ殿下に巻き込まれた形で、大変不利な状況へ陥ることでしょう。
わたくしとて、殿下の婚約者ということで、我が家の足を引っ張る格好の餌。誹謗中傷に曝されることも想像に難くありません。
そうなる前に、お父様はわたくしとクラウディオ殿下との縁をお切りしたい、と言ったところでしょうか。
お父様のご判断は妥当だと思います。ことによったら、わたくしは邪魔になるでしょうし。王都に……いえ、お父様の側にはいない方が宜しいでしょう。
わたくしも、身の振り方を努々考えなくてはなりませんわね。
これ以上、王家やクラウディオ殿下に振り回されてしまわないように。
それにしても、なぜクラウディオ殿下は他国で犯罪など犯してしまったのでしょうか?
本当に……なぜ? と、どうして? ばかりの、わからないことだらけの婚約でしたわね。
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読んでくださり、ありがとうございました。