わたしに言わせれば、天使は天使でも『堕天使』という呼称が相応しいように思います。
視点変更。
新しい……というか、以前に仕えるよう指示を受けていたどこぞのクソ王太子は単なる上司……いえ、単なるでは全くないですね。凡庸なクセに自らを有能だと勘違いしている傲慢な性格で、余計なことしかしない、要らん問題を起こす上司、という感じでしょうかね? ソレに対して、わたしが自ら我が主と仰ぐことにした小さな王子様は――――
比べるべくもなく、あの幼さで恐ろしい程の慧眼と思慮深さを持ち、非凡、天才、異才、麒麟児と称するのが相応しいお方でしょう。
そして、異様に人を大事に扱う方。最上位の身分を持つ王族だというのに、目下の者達への気遣いが、幼子のそれでは全くない。大の大人でもできない程のことをサラッと笑顔でやってのけてしまう方。その傲慢さは常に、誰かを救うときに発揮される。
まあ、見た目は……彼に心酔している者達に天使と称されているだけあって、少女と見紛うばかりに麗しい神秘的な美貌のお子様なのですが。わたしに言わせれば、天使は天使でも『堕天使』という呼称が相応しいように思います。
齢七つの幼さにして数十も年が上の相手との交渉で、周囲をその凄艶さで手玉に取り、大人がぎょっとする程恐ろしいことを平気で言ってのけ……かと思えば、苛烈な言葉で悪振りながらも罪人にすら慈悲を与え、飴と鞭を駆使して唆し、魅了し、自らの思惑に落とし込み、その命までをも救おうと奔走しているように見受けられます。
過激な苛烈さと、滴るような甘い優しさ。上品で丁寧に話すかと思えば、酷く口汚い言葉で他人を貶し、ときに追い詰めることもある。厳しい鞭を与えたかと思えば、次の瞬間には縋らずにはいられない程の蠱惑的な甘言を弄す。不思議とその両極端さが同居する様が、いとも容易く清濁併せ呑み、自身の最善を尽くすその様が――――わたしには、ときに悪魔にも見える。
一説によると、最初の悪魔は元は……正しい手段では救われない者を救おうと神に逆らい、悪に手を染め、堕天や堕落した天使という存在なのだそうだ。故に、天使であった頃の名残か、彼らは人間を観察し、ときたま気紛れに人間を救うこともあるのだとか。ネロ様を『堕天使』と評するわたしの見解も、強ち間違ってはいないだろう。
幼い姿で厳しい鞭と慈悲の飴を、にこやかに駆使する様は……ぞっとする程に凄艶だ。
どうすれば、このように慈悲深く、苛烈で、子供らしくない程に冷静で、大人顔負けの智識で的確な判断を下せる天才が生まれるのだろう? と、そう思っていたら・・・
ミリーシャ嬢に聞いていたよりも、ネロ様と妹君はかなり酷い生育環境にいたようです。
わたしは、自分が家族と特別仲が良い方だとは思っていませんでしたが……それでも、父と母に愛されて育ったのだと感じる。まともに、愛情を以て育ててくれたのだと。
けれど、ネロ様と妹君は・・・
父親である国王には生まれたことすら祝福されず、名前も教育すらも与えられず、母親であるミレンナ様には八つ当たりの罵詈雑言と怨嗟の叫びしか与えられず、そんな状況下で幼くして妹君と使用人達の命を背負い、母親の尻拭いをし続けて――――
そんな酷い環境下で、ネロ様の慈悲深さと苛烈さが育まれて行ったのでしょう。
そんな状況でもネロ様は腐らず、曲がらず、折れず、真っ直ぐに、自分ができることを模索して人を救い続けて来た。そのようなことは、誰にでもできることではありません。
ネロ様が、多くの使用人達に崇拝される筈です。
子供らしいところの全く見えない、思慮深い……大人のような思考をする方なのだと思っていました。現に、ミレンナ様としていたお話は、誰がどう聞いても七つの子供の言葉とは思えないものでした。
ネロ様はミレンナ様には散々愚かだ馬鹿だと言っていたというのに・・・
ある意味というか、やはり親子なのでしょうか? ミレンナ様は夫であった国王陛下へ。そしてネロ様は盲目的な愛情とでも称すべき感情をシエロ王子へと抱いている模様。
これまで、ネロ様はあのような過去があっても、その片鱗すらも見えない成熟した……どこか達観したような大人のような方なのだと思っていましたが――――
どうやら、それは間違いだったようです。単に、他人に見せないように上手に隠していただけのようですね。
自分が愛しているのだから、相手に裏切られても構わない。自分が勝手に愛しているだけなのだから、相手には自分を信じる義務などない、と・・・
大人でもなかなか言えない、ある意味非常に深く、そしてかなり重たい愛情を兄君であるシエロ王子へ向けていると宣言なさりました。笑顔で、けれど有無や反論を誰にも許さなかった。
ああ、この方はこういう風に歪みが出てしまったのか、と。
父親に存在を無視され、母親には産むんじゃなかったと否定され、唯一ご自分と妹君のことを家族だと仰った、半分しか血の繋がらない兄君であるシエロ王子を、実の母親と敵対してでも守るという、ある種狂気手前とも言える程に深く愛することで、その精神のバランスを取っている方なのだと――――そう、気付いてしまって。
にこやかで穏やかな笑顔の下に、これ程の深く烈しい感情を隠している方。
なんだかやり切れない気持ちになってしまった。
故に、わたしがこの方を支えねばとまた新たに強く決意した。
ネロ様は、ご自分を主として仰ぐのであれば、自分が大切にしているものを、ネロ様同様に大切にしろと強く命令した。
それは、ある意味では真理ではある。
ネロ様を崇拝している使用人達は、是非も無く頭を垂れた。しかし、わたしはそれに賛同できない。無論、主の大切にしている方や物をお守りするのは、仕える者の務め。それは理解している。
しかし、ネロ様の仰っていることは、それ以上のことだ。
おそらく、あの口振りだと――――例えば、万が一王妃殿下や第一王子殿下と敵対するようなことになれば、シエロ王子に付く、と。そういう意味なのだろう。そして、ネロ王子が全力でシエロ王子をお守りする、と。そのときには、我々にも同様のことを求める、と。
故に、言外にそれを理解した王妃殿下の手の者達が緊迫していた。
先程のあれは、シエロ王子に危害を加える者は仮令王妃殿下だろうと、第一王子のライカ殿下だろうと、許さないという宣言だ。
本当に、ネロ様はミレンナ様に対して愚かだとは言えないと思います。愛するものに対し、一途過ぎる程に一途。身の破滅すらも恐れずに突き進む深く烈しい愛情。
但し、お二人の違いは・・・ミレンナ様が、ご自分が愛した分を国王陛下に返して欲しいと強く願い、それが叶わないと嘆き、暴れ狂ったのに対し――――
ネロ様は智慧を絞り、策を弄し、自ら行動し、愛する者を守ることのみに尽力していること。ご自分が愛する人に、『自分が勝手に愛しているのだから、なにも求めない』と。愛が返されることすらも望まない。裏切られても構わないとすら仰った。
このような愛し方など、大人でもなかなかできる人はいないでしょう。
本当に、どこまで子供らしくない方なのでしょうね? おおよそのまともな親に育てられた幼子であれば、自分を愛してくれる両親に甘やかされ、周囲に愛されていることが当然であると、その尊さを知らずに無邪気に笑っていられる。それが当たり前なのだというのに――――
あの幼さで既に、『他人』に愛されるということ自体が非常に稀で、尊いということを理解している。
そんなネロ様の在り方そのものが切なくて・・・酷く胸を締め付ける。
クラウディオ殿下には一切思わなかった、この方を支えてお守りしたい、という強い思いが湧き上がった。わたしは、どちらかというとドライな性質だと自認していたのですがね?
ミリーシャ嬢や、他の使用人の方々みたいにはネロ様を信じることなどできない、と。そう思っていたのですが・・・なんだか、深みに嵌まって抜けられなくなってしまいましたね。
というワケで、わたしは、ネロ様のお言葉を素直には肯定できません。
せめて、シエロ王子がネロ様のことを裏切らないかの確認をしたいと思います。
そんなことを考えながら、王妃殿下とお茶に向かうのだというネロ様に付いて行くことにしました。
読んでくださり、ありがとうございました。
蒼「や、確かにねーちゃんは折れてねぇけど、ちょっぴり曲がったとこだってあるし……なにより、シュアンが思うよか、めちゃくちゃ腐ってるから!」Σヽ(゜∀゜;)
「アレはお前が思うような綺麗な生き物じゃねぇんだ! ヤンデレスキーな腐女子という、ある意味穢れ捲った腐海に棲息し、男を見れば掛け算妄想せずには居られねぇっていう、やべぇ思考形態の生き物だからな! 目を覚ませっ!?」( º言º; )"