君のその苛烈さは、方向性が違うだけで、実はミレンナの遺伝ではないか?
「え? そりゃ勿論、『あのクソ野郎の股間蹴り潰してぇっ!!』って、滅茶苦茶思ってます!」
そう、心から胸を張って断言できるわ!
「なんでそうなるっ!?!?」
「え? 八年以上の時間を潰されて、長いこと苦しんだミレンナの代わりに? ほら、女性って難産を経験すると、後遺症が残ったりするじゃないですか。下手すると、二度と子供ができなくなっちゃう人もいますし。初産で双子。しかも難産ですよ? そうやって、死ぬような思いをしたミレンナに、あの野郎はどんな仕打ちをしました?」
「それ、は……」
言葉に詰まり、顔を歪めるアストレイヤ様。
「というワケで、クソ親父に直接報復するのが難しそうなミレンナの代わりに、ちょっくら後遺症が残ったりするくらいには股間蹴り潰しておくか、と思いまして。王子も三人いるので、お役御免として。もうガチで潰しちゃってもいいかな~? って」
そう……一度、クラウディオの股間を思いっ切り蹴飛ばしたあたしならきっとやれる……ううん、殺れるわ! あのときよりも全力の、渾身の一撃をお見舞いして、レーゲンを不能にしてやるんだからっ!!
攻撃力の高い、爪先部分に鉄板を仕込んだ靴……ああ、いえ。爪先部分にトゲトゲした金属や硝子なんかの装飾品が付いた靴の方が攻撃力が高いかしら? を、用意しなきゃ♪まあ、無事蹴り潰したら、ばっちいから使い捨てる予定だけどね!
「待て! 落ち着きなさい。一応、女としてわたしも少々気持ちは理解るが……だが、駄目だ。レーゲンはアレでもまだ、我が国の国王だ。君に、レーゲンを害させるワケにはいかない」
「ダメ、ですか?」
「可愛く言っても駄目なものは駄目だ! 君を犯罪者に、国賊にするワケにはいかない。我慢しなさい」
「心温まる、ハートフルな親子喧嘩です!」
「どこがだっ! 心温まるどころか、怒りで沸騰しそうだぞ? それに、初対面で? 冷遇されていた王子が国王に喧嘩を吹っ掛ける? 暗殺を疑われて、下手するとその場で……レーゲンに近付いただけで、近衛に叩き斬られるぞ」
「ネリーちゃんの格好で油断させて近付く!」
「もっと駄目だっ!? ネレイシアになんてことを押し付ける気だっ!? 国王の股間を蹴り潰した王女だなんて、そんな酷い十字架を背負わせる気かっ!?」
「チッ……駄目だったか」
「駄目に決まってるだろうがっ!? 絶対に駄目だ。これは、わたしの方からレーゲンに渡し、責任を持ってミレンナと離縁させる。今は、これで我慢しておきなさい」
アストレイヤ様が諭すように言うと、
「そうですよネロ様っ!! そんなばっちい物体を蹴るなど、清らかなネロ様が穢されてしまいますっ!! どうか、どうかお考え直しくださいっ!! どうしてもクソ陛下のばっちいブツを潰したいと仰るのでしたら、今夜にでもわたくしがクソ陛下の寝所に忍び込んで、その汚物を切り落として、王水にぶち込んでこの世から跡形も無く消し去って参りますっ!!」
泣きそうな顔で戦闘侍女が叫んだ。
王水というのは、金をも溶かす強酸性の化合物のこと。液体の王様、王水。人体なんて、余裕で溶けそうな劇物だ。
えっと……あたしが蹴る前に、蹴る予定のブツ自体を先にこの世から消そう、ってこと? まあ、王水は実際には金属を溶かすのに特化している強酸で、おそらくは人体を溶かすには濃硫酸の方が向いているだろうけど……短時間では難しいかもだけど、配合によっちゃ人体も割と溶かせるかしら?
というか、発言も発想も色々アウト過ぎるっ!! まあ、この世から消えちゃあ証拠不十分になる可能性はあるかもだけど……国王の寝所に侵入は、普通に捕縛案件。見付かれば、その場で斬り捨てられても文句は言えない。それこそ、一族郎党処刑される可能性だってある。
「よく言いました、ミリーシャ! あなたの骨は拾いましょう。では、早速王水を準備致します。動機は、そうですね……適当に側妃様の仇討ちだとでも言っておきましょう」
「いかんっ、止めなさいネロ!」
侍女長の真剣な言葉に紛れも無い本気を感じ取ったのか、アストレイヤ様が焦ったようにあたしを呼ぶ。
まあ、うん。ネロリン信者ならマジでやりそうっ!! さすがに、クソ野郎のブツ消滅させた罪でネロたんの侍女が処刑とかは全く求めてないからねっ!?
「ミリーシャ」
努めて落ち着いた声でちょいちょいと手招きして呼ぶと、
「はいっ、ネロ様!」
尻尾を振る犬の如く嬉しそうな顔をした戦闘侍女が寄って来た。
「ミリーシャ」
近くに来た戦闘侍女……ミリーシャの両手を取り、その顔を見上げる。ふむ、なかなか鍛えている人の手をしているわ。ミリーシャは努力家さんのようね! もっと落ち着いて、いろんなとこに噛み付こうとしなきゃ優秀な護衛に成れると思うんだけどねー?
「はぅっ!! ね、ねろしゃまっ!?」
あら、お顔真っ赤にしちゃって可愛らしい。
「ミリーシャは、わたしの大事な侍女です。クソ親父の汚物なんかより、ミリーシャの方がわたしには価値があります。なので、クソ親父の汚物如きとミリーシャ自身を引き代えることなど、わたしが許しません。そんなことしたら、めっ! ですよ」
「ひゃいっ、ねろしゃまっ!!」
「ふふっ、ミリーシャはいい子ですね」
にこりと微笑むと、
「ねろしゃま、てんし……」
呂律の回っていない声が呟いた。とろ~んとした目が、なんかちょっとイっちゃってる気がしなくもない。大丈夫かしら?
「侍女長も、ミリーシャが暴走したときには諫めるのがお仕事でしょう?」
ミリーシャから侍女長へと視線を移すと、
「ハッ、申し訳ございません、ネロ様。処罰は後程、如何様にも受けます」
深く腰を折られた。
「いえ、元はわたしの発言が発端なので、処罰はしません。顔を上げてください」
「ありがとうございます、ネロ様。では失礼致します。行きますよ、ミリーシャ」
と、すっと真っ直ぐ頭を上げた侍女長が、真っ赤な顔で鼻を押さえるミリーシャを引っ張って側妃宮の中へ連行して行った。
血は垂れてないけど、鼻血かしら?
「なんとも物騒な侍女がいたものだ・・・」
はぁぁ……と、落ちる深い溜め息。
「お前のところに、やたら血の気の多い侍女がいることは知っている。あの娘がそうなのだろう。そして、その侍女をお前から外そうと思っていたのだが……」
う~ん……それはそれでネロリン信者が暴走しそうな予感。
「先に暴走して物騒な言動を取る者がいた方が、君が冷静になれそうだな? 教育に悪い言動をするのはかなり頂けないが。それでも……君が思い留まってくれるなら、暫くは保留で様子を見ることにしよう」
戦闘侍女、ある意味、言動の危うさでアストレイヤ様のお眼鏡に適った感じかしら?
「今日のところは、ミリーシャに免じて引き下がりますが……では、そのときが来ることを指折り数えて愉しみに待ってますね♡」
きゅるんと見上げると、
「全く、なんでこんな可愛らしい顔して物騒極まりないことを言い出すんだ・・・」
額を押さえ、はぁぁ……とまた深い溜め息が落とされる。
「君のその苛烈さは、方向性が違うだけで、実はミレンナの遺伝ではないか? まさかこんなところに親子を感じるとは……」
「いやん、照れちゃうっ♪」
「誉めてないからな? 今日のところはもう解散だ。よく休みなさい」
と、なんだか疲れたような、けどどこか楽しそうに晴れやかに笑いながら、アストレイヤ様は帰って行った。
「……寿命が縮むかと思いましたよ。ああいう、非常に不穏な言動はできるだけ控えて頂けると有難いですね? ネロ様」
馬車から降りて来たシュアンが胡乱な眼差しを向ける。
「ふふっ、どうです、シュアン? わたし、愛されているでしょう?」
ネロリン信者の愛が重い感は否めないけどね!
「否定はしません」
「さぁて、明日はどう……ふぁ……」
「今日は大変でしたからね。お疲れが出たのでしょう」
うにゅぅ……なんだか眠くなって来たわ。さすがに、朝早くからめっちゃ磨かれてドレスの着付け。そして、数時間の移動と、ミレンナとの話し合い。それから、また数時間掛けてとんぼ返り。
「そう、みたいですね……」
ちょっと、お子様なネロたんの身体にはお疲れみたいね。
ごはん食べて、もう寝ようかしら? とぼんやり思って側妃宮に入ると――――
「ウェイバー様!」「ネロ様に一体なにがっ!?」「ウェイバー様、ネロ様に傷一つ付いていたら許しませんよっ!!」「側妃様はネロ様にどのような酷いことをなさったのですかっ!?」「さあ、キリキリ吐いてくださいっ!!」
あっという間にシュアンが使用人達に取り囲まれて、揉みくちゃにされていた。
「ね、ネロ様っ!? た、助けてくださいっ!!」
「すみません、ちょっと眠いです」
「そ、そんなっ!?」
悲壮な声を余所に、ごはんの用意を頼む。
それから……なぜか今日は、寝るまでいやに監視された気がする。
やぁね? 別に、側妃宮抜け出してクソ親父を蹴りになんて行かないわよ?
そう、今はまだ、ね!
うん、今日はもう……眠……
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読んでくださり、ありがとうございました。
アストレイヤ「全く、なんでこんな可愛らしい顔して物騒極まりないことを言い出すんだ・・・」ε-(´⌒`。)ハァ。。
「君のその苛烈さは、方向性が違うだけで、実はミレンナの遺伝ではないか? まさか、こんなところに親子を感じるとは……」(-""-;)
ネロ(茜)「いやん、照れちゃうっ♪」(/∀≦\)てへっ♪
アストレイヤ「誉めてないからな?」( ・`д・´)




