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お前にレーゲン様をボロカスに言われる度に、わたくしも思いっ切り馬鹿にされて貶されている気分になるのだけど?


「・・・わたくしに、お父様とお母様にまで憐れまれろと言うの?」

「さっきまでは恥ずかしげも無く、盛大に自分を憐れんでいたじゃないですか。さっきの方が、他人に見せてはいけない姿だと思いますが? それに、いいですか? レーゲンとその寵姫との間にわざわざ自分から挟まりに行ったあなたの自業自得でもありますが。そうだとしても、です。一度結婚し、子供まで産ませた男のやることじゃないんですよ。レーゲンがあなたにしたことは。普通に、平民に聞いたって、最低な男だって言われるような所業です」

「・・・そんなに、酷いの?」


 驚いたように見開く紫紺の瞳。


「ええ。誰がどう聞いたって、クズの所業ですよ。これをクズだと思わない人は、その人自身がクズか外道。もしくは、そういう風に思わないようにと洗脳された被害者なのでしょう」

「そう……」

「ええ。大体、そんなに嫌なら最初からあなたの提案を断ればよかったんですよ。そうじゃなかったら、子供なんて作らなければよかったんです。三年でしたか? 子供ができなければ離縁できた筈です。それを、あのクズが……あなたは、わたし達を産んだせいでずるずると側妃という立場を下りられなかった。若い女性の八年を無為に拘束するなんて、罪ですよ。まあ、離縁を言い出さなかったあなたも悪いですけどね?」

「何度、わたくしが悪いと言うつもり?」

「事実でしょう?」

「・・・本当に口が減らないわね」

「そもそも、真実の愛? だとか言って、平民に入れあげるなら王族という立場を捨てればよかったんですよ。とっとと他の兄弟に王位継承権を譲るなり、なんだったら死んだことにして、どこぞに行方をくらますとか? やりようは幾らでもあった筈。そういう、自分が苦労するようなことは一切しないで、アストレイヤ様やあなたに責任を引っ被せて、今もずっと尻拭いをさせ続けている。どこからどう見たって、クズやクソ野郎と言われても仕方ない所業でしょうに? 本当に、そんな卑怯者のクソ野郎のどこがよかったんですかね? 顔と地位以外に取り柄なんて全く無いでしょうに? むしろ、全部引っ(くる)めてもマイナスじゃないですか。不良債権もいいとこですよ。そうじゃなかったら、事故物件や地雷と称すべきでしょうか?」

「・・・なんだか、お前にレーゲン様をボロカスに言われる度に、わたくしも思いっ切り馬鹿にされて貶されている気分になるのだけど?」

「思いっ切り、馬鹿にしてますよ? そもそも、自分で好き好んで、嫌がってるクズに無理矢理迫って結婚した馬鹿女がなに言ってんですか」

「くっ……言い返せない……」

「そういうワケで、あなたは領地に引っ込むか、そうじゃなかったら外国にでも出てください」

「え?」

「邪魔なんですよ。下手したら殺されますよ? 言ってるでしょう? あなたのことは嫌いですが、これ以上不幸になれとは思っていない、と。実家で守られるか、死んだことにして外国に逃げるか。お好きな方を選んでください。幸い、と言っていいのかはわかりませんが。あなたは、側妃としての仕事を一切やって来なかった。故に、国外に出ても然程(さほど)影響は無いでしょう」

「・・・お前は、それでいいの?」

「ええ。但し、そうですね。あなたが傷付けた人達への償いはしてください。具体的には、金銭面……いえ、食料や医薬品の現物支給や医師の派遣などと言った支援がいいでしょうね。わたし自身はあなたを恨んではいません。けれど、あなたが傷付けた人やその家族は、その限りではありません。あなたは確かに、レーゲンに蔑ろにされた。その点については、同情します。けれど、同情に値するからと言って、他者に八つ当たりをして無暗に傷付けていいワケではありません。あなたに傷付けられ、後遺症が残った人がいます。満足に働けなくなったと、家族に迷惑を掛けるからと、自ら命を絶った人がいます。後遺症を抱えたまま、痛む身体を引き摺りながら懸命に生きている人がいます。あなたは、そういう人達に、その家族に、恨まれて当然のことをしたのですから。彼ら彼女らの残った疵痕は、治せません。生涯残ります。なので、せめて誠意を見せるべきでしょう。今までは、あなたが傷付けてしまった人達への償いはわたしが代わりにしていました。けれど、あなたとはもう他人になります。故に、自分のしたことは自分で責任を負いなさい」

「わかったわ。それにしても・・・」


 深い溜め息が落とされる。


「それにしても?」

「どっちが保護者だかわからないわね、って思っただけよ」

「ご冗談を。あなたがわたしの保護者であったことなど、一度も無いでしょう?」

「随分と辛辣ね」


 傷付いたような表情をされても、事実だもの。


「ふふっ、もう他人になるのですから。思ったことは言っておかないと」

「・・・もう、会えないのね」

「ええ。もし顔を合わせたとしても、無関係な他人です」

「そう……お前と……ネロとネレイシアには……本当に、悪いことをしたわ……許せとは言わない。恨むなら恨みなさい」


 か細い声が言う。


「いえ、それ程にはあなたに情がありませんので。あなたとわたし達は、親子にはなれませんでしたが……産んでもらったことには感謝してますよ?」


 そう、もう一度蒼と再会できたことへの感謝。蒼の近くに生んでくれた感謝。なんせ、シエロたんは王子様だもの。普通の平民に生まれていたら、他の国に生まれていたら、きっと一生蒼と巡り逢うことは無かっただろう。


 だから、あたしをネロたんとして産んでくれたことへの感謝。


「ネロ……」

「ああ、そうだ。忘れるところでした。これから先、わたし達。具体的には、アストレイヤ様、ライカ様、シエロ様の実家やその周辺への手出しは厳禁です。一筆書いてもらって宜しいでしょうか?」

「・・・あの女の息子まで?」


 条件反射なのか、剣呑な声になる。


「ええ。なにせ、わたしの兄ですから。わたしの大事な家族に手出しするなら、生みの親だろうが、その実家だろうが一切容赦しません。叩き潰して差し上げます。殲滅や族滅を覚悟して掛かって来るように」

「家族、ね……」

「はい。あなたとクソ野郎に放置されている間に、家族として仲良くなりました」

「……そう。わかったわ。なに? 『王家に手出しはしない』とでも書けばいいの?」

「いえ、個人的には、レーゲンに復讐するなら止めませんので。レーゲンを除く現王家……いえ、やっぱりアストレイヤ様、ライカ様、シエロ様と個人とその実家に手出しをしない、の方がいいですね」

「紙とペンを寄越しなさい」

「はい、どうぞ」


 ムスッとした顔で紙とペンの要求。鉄格子の隙間から差し出すと、サラサラとペンの走る音。


「はい、書いたわよ。これでいいかしら?」


 突き付けられた便箋には、アストレイヤ様とその実家、ライカ様には手を出さない。シエロ様とその実家に手出しはしない。ネロとネレイシアにも手出しはしない、と書かれていた。


「はい、ありがとうございます。サインだけでなく、血判を押して頂けると嬉しいですね」

「用心深いことね? いいわ」


 と、ミレンナはグッと自分の親指を噛み切ると、便箋に押し付けてあたしに突き出した。


「……それ、痛くないです? 針でもチクっとすればよかったのに。噛み傷は治り難いですし、下手すると痕が残りますよ。折角、綺麗な手なのに」


 受け取った便箋は、まだ血が乾いていない。


「この状況で、お前がそれを言うの?」

「別に、暗殺などするつもりはありませんよ? ハンカチは要りますか?」

「要らないわよ。お前はそうでも、他がそうとは限らないでしょう? 先程から、お前の後ろの者達がわたくしへ向ける視線が鋭くてよ?」

「それは失礼を」


 まあ、全然、全く悪いとは思ってないけどね!


「いいわ。わたくしも……酷くみっともない醜態を晒したもの。甘んじて受けましょう」


 ふん、と胸を張り、傲然と顔を上げるミレンナ。


「ふふっ」

「なにがおかしいの?」

「いえ? あなたは、無駄に自分を憐れんで嘆くより、そうやって顔を上げている方が似合いますよ。それに、みっともないと(ようや)く自覚できましたか」

「っ!? う、煩いわね!」

「あなたの愚かさは嫌いですが。わたし、あなたの顔は結構好きなんです。美形で可愛らしく生んでくれてありがとうございます。ついでに言うと、生物学上の父親であるあのクソ野郎にも全く似てなくて嬉しいですよ」

「お前、それを外で言うと不敬になるわよ? 気を付けなさい」

「ふふっ、あなたと違って、そんなヘマはしませんよ」

「・・・お前、美形が好きなら、変な女に引っ掛からないことね」

「あら、ご心配頂けるとは思っていませんでしたわ?」

「……本当に、イイ性格してるわね!」

「お誉めに(あずか)り光栄です」

「……もう、こうやって話すこともできないのね」


 読んでくださり、ありがとうございました。

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