他者を羨み、見苦しい嫉妬心に塗れて、他人に八つ当たりをしては、自分を憐れんでばかり。本当に、最高に無様で可哀想ですね。
誤字直しました。ありがとうございました。
「お母様。わたくし、思うのですけど……鉄格子の向こうでキーキー喚いているお姿って、なんだかおサルさんみたいですわね?」
「っっ!?!?」
にっこりと満面の笑みで言うと、真っ赤になった鬼の形相で耳障りな声の罵詈雑言が飛んで来た。
ダンダン! と足音荒くこちらへ寄り、鉄格子を掴み、けたたましい声の怒号。相変わらず、鬼気迫るものがあるわねー。更に動物度が上がってるんだけど? 本人は頭に血が上って判ってなさそう。
ビクッ、とシュアンが後ろへ下がった。
「ネレイシア姫、お下がりください」
女性騎士がスッと間に入ろうとしたのを、
「ふふっ、大丈夫ですわ。女性の手で簡単に引き千切れる鉄格子ではないでしょう? 周囲の物を投げる癖があると事前に告げていたからか、投げられるような物も無さそうですし。そんなに危険は無いでしょう?」
にこりと片手で制して、
「それは、そうかもしれませんが……」
言い募るとぎょっとした顔をされた。
「それになにより、わたくしの前に入られると、お母様の無様なお顔が見えませんもの」
「し、失礼致しました!」
うん? 今日の目的は、そこのクソアマの心を折ることよ? アストレイヤ様から通達は行っていると思うんだけど……なぜにそんな若干怯えたような顔をされるのかしら? 解せぬ。
まあ、見た目は美女で、本来なら側妃という高貴な身分だけに、殊更見苦しいわよねー? うん、きっとあっちにドン引きしたのよ。そうに決まってるわ。
「誰に向かって口を利いているのっ!?」「誰が苦しい思いをしてお前達を生んでやったと思ってるのっ!!」「この役立たずがっ!!」「レーゲン様がわたくしを見てくれないなら、死にそうな思いまでしてお前達を生んだ意味が無いじゃないっ!」「その責任を取ってどうにかしなさいよっ!?」「早くわたくしをここから出しなさいっ!?」「男のクセにそんな格好をして、見苦しいと思わないのっ!!」「この薄情者がっ!」「お前達なんか生んだせいでわたくしは不幸になったのよっ!!」「お前達なんか生むんじゃなかったっ!?」……などなど。
ギャーギャー、キーキー、ワーワーっ!! 甲高い耳障りな声と共に、ガッシャンガッシャン! と鬼の形相で鉄格子を掴んで揺さぶる音が響く。どっちが見苦しいんだか?
本当に、投げる物が無くてよかったわ。割れ物なんかあったら、きっと大惨事よねー?
な~んて思っていると、いきなりふっと耳障りな音が小さくなった。
「?」
どうやら背後から耳が塞がれたらしい。両耳が温かい。真上を見上げると、苦しそうに歪んだシュアンの顔が目に入った。
「放してください」
と、あたしの両耳を押さえているシュアンの両手を掴んで、外させる。
「……ネロ王子。こんな醜悪な言葉、あなたが聞くべきではありません」
「大丈夫ですよ。わたしとネリーはこの耳障りな騒音を子守歌代わりに育ちましたからね。シュアンさんの方こそ、聞くに堪えないなら、先に戻っていていいですよ」
「……いえ、わたしも。ネロ王子のお傍にいます」
シュアンは苦渋の顔で首を振り、そっとあたしの背中に手を添えた。
あら、随分と優しくなったわね? あまりの酷さに同情して、絆されちゃったかしら?
数十分も喚き続けていたら息が切れたのか、段々よろよろと崩れ落ち――――
「お母様は相変わらずですわね? そのような言葉など、とうに聞き飽きましたわ。毎度毎度同じような恨み言ばかり。もっと違うバリエーションはございませんの? 思わず欠伸が出てしまいそうですわ」
面倒そうな声……つか、実際にマジめんどいわー。な気分で言うと、
「っ!? な、んで……なんで、なんでっ、なんでお前はっ、母親であるわたくしにそんな酷いことばかり言えるのっ!? なんでわたくしの味方をしないのよっ!?!?」
今度は嗚咽して泣き出した。相っ変わらず、情緒不安定ねー? つか、散々罵っておいて自分の味方しろとか、ウケるんだけど?
「レーゲン様に愛されなかった」「毎日不安で、一生懸命ネロとネレイシアを産んだのに無視されたわ」「わたくしが一体なにをしたというの?」「久々に会った息子が冷たい」「ネロは薄情者だ」「わたくしにばかりつらく当たる」「なんでわたくしばかりこんなに不幸なの?」「それもこれもあの女のせいで!」「あの女だけがレーゲン様に愛されるのはズルい」「なんであの女の息子が第二王子扱いされるの?」「なんでわたくしは愛されないの」……などなど。
うん、予想通りのヤバさにみんなドン引いてるわね!
「・・・それで、お母様。あなたは、いつまでそうやって可哀想でいるおつもりですか?」
にっこりと、心配するような響きの声で、けれど正面から見ると嘲りを隠さない表情で、あたしは目の前で泣き喚く惨めな女を嗤ってやる。
「他者を羨み、見苦しい嫉妬心に塗れて、他人に八つ当たりをしては、自分を憐れんでばかり。本当に、最高に無様で可哀想ですね」
「ネロぉっ!?」
「ねえ、お母様……いいえ、元侯爵令嬢ミレンナ。貴族令嬢として、今のあなたは非常に見苦しくはありませんか? 髪を振り乱し、感情のままに喚き、泣き叫ぶ。これではまるで、乳飲み子ではありませんか? ああ、いえ。乳飲み子は他人を傷付ける程には暴れませんね。乳飲み子以下です。平民でも、ある程度育てば、このように取り乱す者はなかなかいませんよ? あなたには貴族令嬢としての、大人としての、矜持や羞恥心は無いのですか?」
「っ!?」
「あなたを見苦しく、無様で憐れにしているのは、あなた自身です。ミレンナ」
「お前にっ、なにがわかると言うのっ!!!!」
血走った目が、あたしをキツく睨め付ける。
「ええ、全くわかりません。大体、わたし達の生物学上の父親のレーゲンでしたっけ? あんな、顔と地位以外の取り柄が一切無いクズ男の、どこがそんなに良かったのかさっぱり理解できません。ミレンナ、あなた、被虐趣味でもあるんですか? それとも、クズや駄目男が好きなんですか? 男の趣味が最低最悪ですね。でも、その割には蔑ろにされて悦んではいませんよね?」
これは、マジで不思議だ。クズや駄目男に蔑ろにされて悦ぶようなドMなら、ドMらしくドアマット扱いに恍惚としていればいいものを。思い通りに行かないからと、周りに酷い八つ当たりし捲るんだからなぁ……
「な、なにを……っ!?」
「あなた、馬鹿なんですか? 元々婚約者がいて、正妃に娶っていて? 第一王子が生まれていて? 更には真実の愛だとかクソダサい血迷ったこと宣って、寵姫として扱われている女がいて? その間に、自分からお邪魔虫として挟まりに行っておいて? 愛されない自分が可哀想? 頭悪いんですか? それとも、既に愛する人とラブラブ状態な二人に割り込んだ自分が、愛されると思っていたんですか? どれだけ自信満々だったんです? 『自分を愛しなさいよ!』と、恋人と引き離そうと癇癪起こして迫るような女が、本気で愛されるとでも思っているんですか? それなら、とんだお花畑だと思いますが? 挙げ句、恋人を自分の家の養女にしてやる代わりに自分と結婚しろと迫ったんですよね? 益々嫌われるとは思わなかったんですか? 結婚さえすれば、自分も愛されるとでも思っていたんですか? 側妃としての仕事もせず、我が儘放題言って? まあ、全く叶えられてはいませんけどね。王族との婚姻を舐め過ぎじゃないですか? 政を蔑ろにする王共々、正妃に迷惑を掛け、おんぶに抱っこで尻拭いをさせて? 結婚はゴールではありませんよ。結婚した先も、生活は続いて行くんです。あなたのその行動が、態度が、言葉が、自分自身をレーゲンとかいうクソ野郎に嫌わせているとは思わなかったんですか? どれだけおめでたい頭してるんですかね? いい加減、恥を知れ」
淡々……というよりは、思ったより呆れ成分と馬鹿にするような声で紡ぐと、
「ぅっ、うう~~~っ!!」
驚愕に丸くなった紫紺の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「ねえ、あなたはなにか勘違いをしていたのだと思います。きっと、自分に靡かなかったクソ野郎に変な執着をしてしまったんだと思います。それを恋だと、好きだという感情だと勘違いしてしまった。でも、それは愛情ではない。だって、相手の幸福を願わない感情が愛である筈がありませんもの。ねえ、レーゲンを想うとき、苦しいばかりではありませんか? 傷付いて、傷付けてばかりではありませんか? 怒ってばかりではありませんか? 寂しい思いばかりではありませんか? つらくはありませんか?」
応えは無く、ひっくひっくと啜り泣く声が響く。
「ハッキリ言いましょう。ミレンナ、あなたのそれは、愛情ではありません。自分の矜持が傷付けられたことへの怒りと悔しい気持ち、その相手へ対しての復讐心と醜い執着です」
「ぁ、うあぁぁーーっ!?」
読んでくださり、ありがとうございました。