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ひとり映画とラーメンの女。  作者: ようへい
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日常5「わたし、熱々の麺を一心不乱にすすりまして」

 わたし、子供のころ大好きだったヒーローがいまして。


 とある海外アニメ映画の主役なんですけど、ばかみたいに純粋で、純朴なヒーローなんです。

 頑張っているのに、感謝されることもなく孤独で。人付き合いが苦手なので、うまく立ち回ることができず、非難されてしまうことも多いんです。


 たくさんの人たちを助けているのに、不器用なせいで報われることはない。

 それでも困っている人を放ってはおけず、頑張ってしまう。そんなヒーロー。


 ――少しだけ、似てるかもって。実はそう思っていたんですよ。

 ……あなたのことを、です。



****



 20XX年7月25日。日比谷シアタークリエにあるカフェにて。


 天気良好。体調、珍しく良好。


「棚橋竜馬、38歳独身。身長は181cm、体重は70kg前後です。大学には行かず食品系の営業職に就きましたが、絶望的に肌にあわず、一年も経たずに退職。以降は独学でプログラミングを学び……」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください」

「は、はい。何か気になることでも」

「棚橋さんって、名前、竜馬なんですか……!?」


 必死に笑いをこらえるわたしを、不思議そうに見ている棚橋さん。


「……へ、変ですか。僕は気に入っているのですが」

「いえ、なんか似合わないなぁって……ごめんなさい」


 そうだ、名前で笑うなんて失礼だ。わたしだって関根寧々という、「ね」が三回続く名前のせいで散々笑われてきたんだ。

 でも、棚橋さんが竜馬……。だめだ、どうしても笑ってしまう。


「気にせずどうぞ、続けてください」

「は、はい。ええと、趣味は料理と掃除で、得意料理は自作の煮干しラーメンでして……」

「ごめんなさい、もう大丈夫です」


 ストップをかけると、棚橋さんは素直に黙った。まだ笑っているわたしの顔を、合否を窺うように注視している。

 この自己紹介はわたしが望んだものであり、棚橋さん本人が望んだものでもあった。


 わたしの考える、「映画を千回観たら現実にサヨナラ」プロジェクト。

 おさらいすると、要するに「映画を観まくったらもう死んじゃおう」という計画のこと。そして棚橋さんはこの計画に参画した、唯一無二の他人なのであります。

 同志といえば同志だけれど、わたしは別々の活動を望んでいた。一緒に活動しましょう、と言う棚橋さんの意見を無視して。

 ところが昨今、やや心変わりがありまして。少しだけなら一緒に活動してみるのもいいかな、なんて思い。


 ……ただし、棚橋さんの素性次第で。


 だって、考えてみれば見知らぬおじさんです。一緒に活動するには情報が少なすぎます。

 ならば素性を明かしましょう、と棚橋さんが言い出して、この流れになった次第でごじゃいます。


「……不合格、ですか?」


 恐る恐る尋ねてくる棚橋さん。自己紹介を打ち切られたので不合格と思ったらしく。


「いえ。とりあえずは合格で」

「えぇっ! いいんですか!」

「はい。とりあえず、ですけど」

「でも、まだ自己紹介が途中だったのに。決め手は一体なんだったのですか」


 嬉しそうに目をキラキラさせる棚橋さん。もしかしたらこのおじさん、わたしのことが好きなのでしょうか。

 ともあれ、わたしはこの人ならば一緒に映画を観てもいいのでは、と考えるようになっていた。


「名前が面白かったので。それに趣味が料理に掃除というのが、わたしが昔好きだったヒーローと同じなので」

「そ、そんな理由で……!?」


 わたしは相変わらず一人が好きだし、一緒に映画を観る「誰か」なんていらないと思っている。

 だからこれはわたしによる、わたしに対しての実験でもある。

 今までに経験したことのない、そういう領域に足を踏み入れてみよう。そうしてわたし自身の反応を確かめる、そんな実験。

 関根寧々の人生として、最後にそんなことくらいはしてみてもいいかな。そんなふうに考えていた。


 ……実験してみて嫌だったら、すぐにやめればいいのだし。




 20XX年8月2日。銀座の某映画館にて。


 天気良好。体調まずまず。


 この日は劇場にごじゃる丸がいた。ただ、今日はジーっとこちらを見ているだけで動かず、微塵も愛嬌を振りまくつもりがなさそうである。

 先日ごじゃる丸とツーショット写真を撮ったあの日、「ごじゃ~」と盛んに絡んできたのを邪険に扱ったので根にもっているのかもしれない。


「見た目がリアルなだけに、動かないと怖いですね」


 棚橋さんは呟くようにそう言った。

 ちなみに棚橋さんとは結局、連絡先を交換することにした。ただ、待ち合わせをしたことはない。毎日のようにバッタリと遭遇するので、連絡を取り合う必要がないのだ。

 鑑賞する映画のチョイスも、食べるラーメンのチョイスも、とにかくかぶる。

 ばったり鉢合わせて、避けようとしても同じ方向に避けるような、そんな日々が続いていて、ある意味ちょっとホラーだな、なんて思っている。


 このおじさんは本当はストーカーで、わたしのスマホのGPSを確認できるとか。そんなことを考えて、いつもと違うエリアの映画館に足を運んだりもした。するとその数日は棚橋さんに遭遇しなかった。

 そもそもストーカーなんて、この人がそんな器用なことをこなせるとも思えない。


「うわっ……。僕の顔、何かついていますか」


 わたしの視線に気付いた棚橋さんが顔をはらう仕草をする。


「……いいえ。ところで、今日は何ラーメンにしましょう?」


 そう尋ねると、棚橋さんは嬉しそうな顔をした。


「実はですね、関根さんをお連れしたいお店がありまして」




 連れてこられたのは味噌ラーメンのお店だった。


「棚橋さんが味噌なんて、珍しいですね」

「はい。このお店、すごくおいしいんですよ」


 棚橋さんはニコニコと嬉しそうにしながら、言葉を続けた。


「その日食べたいラーメンとか、その日観たい映画って、天候とか体調に左右されますよね」

「そうですね。今日は味噌の日なんですか?」

「いえ、実はですね。その好みというか、波長というか、そういうのが僕と関根さんは似すぎているな、と思いまして」


 恥ずかしそうに語る棚橋さん。

 わたしはキョトンとその横顔を見つめた。


「だったら、今までにないジャンルを開拓したらどうかな、と思いまして。別のエリアの映画館に行ってみたり、普段は食べないラーメンを食べてみたり。そんなことをしてみたんです。そしたら、ちゃんと……ちゃんと、と言うのもおかしいですが、関根さんには遭遇しませんでした」


 ……それ、わたしと同じことしてる。


「そんなことをしていたら、すごくおいしい味噌ラーメンに出会って。それでおいしいなって思ったら、やっぱり関根さんにも知って欲しいと、そう思ってしまいまして」


 話の途中で味噌ラーメンが運ばれてきた。丼からもうもうと湯気が立ち上っていて、わたしはその湯気を眺めたまま、黙り込んでしまった。

 棚橋さんがノーリアクションのわたしの様子を不安そうに窺う。


「す、すみません。やっぱり味噌は好みじゃありませんか」


 わたしは割り箸をパキン!と音を立てて割ると、勢いよく麺をすすった。


「ふわ! あち! あち! はふはふ!」


 味噌ラーメンは想像以上に熱くて、わたしは慌てて水を口に含んだ。

 棚橋さんは何をするでもなくあたふたしてから、水のおかわりを持ってきてくれた。

 わたしはそんな棚橋さんをジロリと睨み付けて、言ってやった。


「めちゃくちゃおいしいじゃないですか」


 棚橋さんは少しの間フリーズしてから、みるみるうちに笑顔になって、「ですよね。やっぱり、ですよね」と言った。


 ……たまには味噌ラーメンもいいかも。


 わたしはそんなことを考えながら、熱々の麺を、ただ一心不乱にすするのであった。

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