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ひとり映画とラーメンの女。  作者: ようへい
4/12

日常4「わたしだって笑います、人間ですから」

 わたし、「人付き合いの努力をしない人」ってよく言われるんですよ。


 でも、そんなわけないじゃないですか。これでもたくさん考えたんです。人と接する方法を試行錯誤して。みんなと仲良くしたいと思ってましたし、家族や友人と一緒に笑いたかったので。


 そりゃあ、そうですよ。誰だって好き好んで一人になっているわけじゃありません。一人でいるのが好きな人たちって、自分以外の誰かと関わった結果、傷ついてしまった人たちなんです。まあ、そういうのって「今になって考えてみれば」ってやつなんですけど。


 ――そう、わたし、本当はこの世界に存在したかったんです。あなたなら、きっとわかってくれますよね。



****



 20XX年7月21日。銀座の某映画館にて。


 天気は概ね良好。体調は小康状態。


 棚橋さんはスマホカメラをわたしに向け、「はい、チ~ズ」と言った。写真を撮るときのかけ声がソレの人、まだいるんですね。


「ごじゃる~、ごじゃごじゃ~!」


 わたしの隣では忍者の姿をしたレッサーパンダ、「ごじゃる丸」が愛想をふりまいている。この劇場のマスコットキャラクターで、2.5頭身くらいの着ぐるみである。


 ごじゃる丸はひと月に数回しか現れない。わたしはたまに出現するこいつが好きなのだ。

 マスコットキャラクターのくせに毛並みとかリアルだし、意志の疎通ができない謎の言語で喋るし。なんていうか、誰にも媚びていない感じがして、好き。


「うまく撮れたと思うのですが……。確認してください」

「ごじゃごじゃで、ごじゃる~!」


 棚橋さんは撮影が上手だった。

 わたしとごじゃる丸のツーショットが、まるで映画のワンシーンみたいだ。とても見栄えのいい写真で、スマホカメラで写した一枚とは思えない。


「最近のスマホカメラは高性能ですから。うまく機能を使えば綺麗に撮れます」

「ごじゃ~!ごじゃごじゃ~!」


 写真の才能がある人だったのか。……いかにも不器用そうなのに。


 なんだか不思議な人だな、と思う。棚橋さんはおそらく私の倍以上は生きている。大人のくせに知識が偏っていて、常識に疎い。コミュ力はそんなに低くなさそうなのに、友達がいない。そして変なところで器用だったりする。


「ごじゃる~!ごじゃる~!」


 ごじゃる丸がじゃれてきて五月蝿(うるさい)。こいつはマスコットキャラクターのくせに、お客さんとの絡み方が下手くそなのだ。

 棚橋さんはそんなごじゃる丸を優しい顔でいなしていた。その横顔を見ながら、この人が怒る姿って想像できないな、なんて思う。


 わたしは人間ができていないので、ごじゃる丸を手で押しのけて劇場を出ることにした。




「あの、一つ質問があるのですが」


 歩きながら今日食べるラーメンに思いを馳せていると、棚橋さんが口を開いた。


「どうして僕を『映画を千回観たら現実にサヨナラ』の仲間にしてくださったんですか」


 質問の意図がわからず黙ったままでいると、補足説明がされた。


「その、煩わしくないのかな、と思いまして。今も映画は別行動ですし、サヨナラの瞬間も各々で、ということなので。一人がいいなら、どうして受け入れてくれたんだろう、と」


 考えたことがなかった。


 棚橋さんの言うとおり、わたしは一人がいい。映画鑑賞もラーメンも、現実世界にサヨナラするときも。それなのに、棚橋さんから「僕も映画を千回観たら現実にサヨナラしたい」と言われたとき、とくに拒みはしなかった。


「別に受け入れたわけじゃないです。同じようにしたければすれば……っていうだけで」


 口をついて出た言葉。言ってから、胸の奥のほうがなんだかモヤモヤしている。

 棚橋さんは黙っていた。


「それじゃわたし、ラーメン食べなくちゃなので」


 なんだか居心地が悪くなってしまい、その場を離れようとしたそのとき。


「あれ! お姉じゃん!」


 車道をはさんだ向かいの歩道、いかにもリア充なカップルの女の方が声を上げた。


「沙菜ちゃん……」


 それはわたしの妹だった。

 手をブンブン振りながら車道を渡り、駆け寄ってくる。


「マジちょうど良かった~! お金貸してくんない?」


 わたしの前に到着するなり、妹の沙菜は両手をこすり合わせた。


「……いいよ。いくら」

「五千、う~ん、できれば一万!」


 財布から一万円札を取り出し、無言のまま差し出す。沙菜はそれを受け取ると、ニッと笑って頷いた。


「ありがと! ちゃんと返すから!」


 それだけ言うとまた車道を渡り、男のもとに引き返していった。


「……妹さん、ですか?」


 棚橋さんがそう言った。男と仲睦まじげに去っていく沙菜の後ろ姿を、あっけらかんと眺めている。


「はい。それじゃ」


 これ以上何か質問されるのも面倒なので、わたしはさっさと一人になることにした。




 そのあと食べたラーメンは美味しくなかった。


 家に帰らず街をブラブラしていると、いつの間にかお日様が沈んでいた。夜の歓楽街はサラリーマンやOLが入り乱れ、ガヤガヤと騒がしい。

 わたしは人混みでごった返す街中をそそくさと進んだ。


 急いでいるわけではなく、これはわたしの中のゲームなのだ。人と人の合間を足早に進み、少しでも体が触れたら終了。肩と肩がぶつかるなんて論外。服の裾やカバンが触れてもダメ。そういうルールの、そういうゲーム。

 名付けて「チキチキ! ()れず(さわ)らず人混みを進みまくれ選手権~!」。どんどんぱふぱふ。


 わたし以外、誰一人として参加者のいないゲーム。

 さまざまな人たちの合間を縫うようにウネウネと歩く。すると、ありとあらゆるカテゴリーの人たちとすれ違う。プライベートが充実してそうな女子大生、パワハラしてそうな課長クラスのサラリーマン、男性上司にモテそうな新入社員ぽいスーツ女子、煩悩にまみれてそうな若い男。


 雄の人間と雌の人間のラッシュ。

 街はとても賑やかで、自分が世間から切り離された存在であることを再確認する。こんなにも人がたくさんいるのに、誰もわたしのことを知らない。


 ……なんか笑える。


 ゲームの難易度を上げるべく、スピードアップを試みたそのとき。人混みからニョキっと一人の男性が飛び出してきた。

 やばい、避けれない。


「いてっ……!」

「ひゃっ……!」


 しまった、やってしまった。罪のない人様にぶつかってしまった。


「す、すみませんっ!」


 慌てて頭を下げながら、猛烈に反省する。

 ゲームオーバー。ダメだ、このゲームは卒業しよう。道行く人に迷惑をかけてしまうようでは成り立たない。


「あ~、いいよいいよ。ちょうどよかった」


 ……ちょうどよかった、とは。

 顔を上げると、少々ガラの悪そうな男性がまじまじとわたしのことを見つめていた。


「今さ、うちのお店で働いてくれる女の子探してて。日給35000円以上ある仕事なんだけど、興味ない?」


 おっと、めんどくさそうな展開。もう一度謝って、さっさとこの場を離脱しよう。


「いえ、仕事は探していませんので。ぶつかって申し訳ありませんでした」


 そう言って立ち去ろうとした瞬間、腕に鈍い痛みを感じた。


「ちょっと待ってよ。それはないでしょ。そっちからぶつかったんだし、話くらい聞いてよ」


 男性はわたしの右腕を掴んでいた。それもかなり強い力で。


「お姉さん可愛い顔してるし。なのになんかアウトロー感もあるし。すごい稼げるよ」


 男性はわたしを()めつ(すが)めつ、値踏みするように見ている。腕を掴むその力が強くなった。

 ……やばい、痛い。恐怖で血の気が引いていく。どうしたらいいかわからない。


 そのときふと、わたしの視界を見覚えのある人物が横切った。


「沙菜ちゃん」


 それは妹の沙菜だった。先ほど一緒にいた男も横にいる。

 助けてほしい、そう思った。ところが沙菜はチラリとわたしを一瞥すると、何も見ていないかのようにそのまま行ってしまった。


「ちょっと、痛い……!」


 わたしは思わず悲鳴のような声をあげた。すごい力で掴まれていて、本当に痛い。

 顔をしかめながら、妹の後ろ姿を見送る。沙菜は男と共に軽い足取りで人混みの中へと消えていった。


 ……そうか、そうだった。


 わたしはこの世に存在しない人間だった。一瞬でも助けてもらえると思った自分が嘆かわしい。


「お店、すぐそこだからさ~。ちょっと話だけ聞いてってよ~」


 男性はわたしの腕を掴んだまま、恫喝でもするかのような口調で言った。


 ……もう、いいか。

 ぶつかったわたしが悪いし、話を聞くだけなら従おう。それに日給35000円も稼げる仕事なら、働かせてもらってもいいかもしれない。それがどんな仕事だとしても、わたしみたいな女が役に立てるなら。

 わたしは男性に向き直った。そして口を開こうとした瞬間。


「……すっ、すみません! お待たせしました!」


 突然背後から声が聞こえた。聞き覚えのある渋い声だった。

 振り返ると棚橋さんがいた。膝に手をついて、ぜぇぜぇと荒い呼吸を整えている。それから汗だくの顔を上げて、ニコリとわざとらしい笑顔をつくった。


「待ちましたよね?」

「は、はい……」


 わたしの腕を掴んでいた男性が、チッと舌打ちする。わたしと棚橋さんを交互に見てから、つまらなそうな顔をして去っていった。


「棚橋さん、なんで……」


 ハンカチで汗を拭いとる棚橋さん。ようやく落ち着いたらしく、ふぅ~と大きく息を吐いた。


「人混みをすごい速さで進む人がいるな、と。そしたら、それが関根さんで……。追いかけたんですが、あまりの速さに見失ってしまい。それでようやく見つけた、と思ったら、いかつい人に絡まれていて。え~っと……」


 わたしは思わず、クスリと笑ってしまった。


「わたしに追いつけないって。体力、無さすぎですよね」

「いやぁ、普段運動なんてしませんから……」

「というか。棚橋さんはわたしのストーカーなんですか?」

「あ、いやぁ、そういうつもりではないのですが」


 しどろもどろで話す棚橋さんは、ハッと我に返ったように背筋を伸ばした。


「そ、それより。大丈夫ですか? あれって多分、風俗か何かのスカウトですよ。連絡先とか教えてませんか?」


 なんだか可笑しい。つい笑ってしまう。


「あれ、もしかして僕、勘違いしてますか?」

「いいえ、合ってます。連絡先は教えてませんけど、話は聞こうと思ってました。棚橋さんの邪魔が入らなければ」


 棚橋さんがギョッと目を見開いた。


「……そういう仕事、するんですか?」

「いえ、したことないですけど。やってみようかなぁって」

「やってみようかなぁって、そんなノリでするものですか」

「いいじゃないですか。そういう経験してみるのも」

「えぇっ、いや、あの、どんな仕事かわかってますか?」


 あまりにもうろたえるので、意地悪したくなってしまう。


「はい、わかっています。男性のお相手をするお仕事です」

「わかってて、やってみようかなぁ……と?」

「はい。仕事じゃなければ、そういう経験だってありますし」

「えぇっ!? そ……そう、でした、か……」


 棚橋さんはしょんぼりした。

 まさに「しょんぼり」、その表現がここまで似合う人もいない。


「邪魔をしてしまい、すみませんでした」


 ペコリとお辞儀をする棚橋さん。ここでわたしは堪えきれず、完全に吹き出してしまった。


「なんていう顔するんですか。すみません、ウソです、本当は助かりました」


 笑いながら言って、余計なことまで話していたことに気付く。経験がどうとか。

 ……あれ、おかしいな。わたしってこんなにベラベラ喋るやつだったっけ。


「……関根さんって、笑うんですね」


 キョトンとした顔でそう言われてしまい、ムッとする。

 わたしだって笑います、人間ですから。

 けれど、「あれ、わたしって今、笑ってるんだ」とも思った。そういえばこんなに笑ったのはいつ以来だろう。つられたようで、いつの間にか棚橋さんも笑っていた。


 ああ、この人はわたしのことを無視しないんだ。その笑顔を見ながら、わたしはそんなことを考えていた。

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