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ひとり映画とラーメンの女。  作者: ようへい
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日常1「わたし、心外にもおじさんと同類らしく」

 そもそも映画って一人で観るものじゃないですか。


 その世界に没頭するなら、一緒に観る「誰か」なんて必要ないと思いませんか。それこそ感想なんて言いあえば、スクリーンと現実がないまぜになってしまいます。わたし、それがイヤで、誰かと一緒に映画を観るなんて断固拒否していたんです。


 ――この考え、誰も賛同してくれなかったんですよ。ただ一人、見ず知らずのおじさんである、あなたを除いて。



****



 20XX年6月22日。有楽町の某映画館にて。


 天気は良好。体調は不良。

 

 今日も今日とて劇場に足を運んだわたしは、フラつく体を休ませようとロビーの椅子に座る。体調がよろしくない原因は不明。自己診断では「儚きヒロインを蝕む不治の病」となっている。

 今日もわたしは、単身、映画を観る。彼氏はおろか友人さえもいないので、おのずと一人で劇場を訪れるようになった。18歳の女子(おなご)が一人、平日土日祝日問わず、昼間から映画を楽しむさまは、なかなかにして贅沢であろう。

 映画を観たあとはラーメンを食べるまでがわたしのルーティン。その多くは塩ラーメン。気分によっては担々麺。

 そう、映画の締めはラーメンが最善なのです。異論は認められません。


 もちろんラーメンも一人。誰にも邪魔されず、映画の余韻に浸りながら麺をすすりたい。「孤独」というと聞こえは悪いけど、わたしは一人がいい。

 そういうわけで、わたしは今日も気になる映画を観て、お気に入りのラーメンを食べるのだ、よし。

 体調がよろしくないクセに、両こぶしを握り締めて意気込むわたし。するとその横を、背高のっぽな人影がスーッと通り過ぎた。


 (あれ、またこのおじさんだ)


 黒縁の眼鏡に紺色スーツのおじさん。パッと見は気難しそうだけど、よく見ると優しそうな顔の人。あちこちの劇場で見かけるので顔を覚えてしまった。おじさんはこの日、わたしと同じシアターの、同じ映画を観ていった。

 おじさん、奇遇ですな。わたしは人知れずククッと笑って、「なんとも不思議な縁よのう」、などと呟いてみるのだった。




 20XX年6月24日。銀座の某映画館にて。


 天気は曇り。体調は不良。

 

 本日は銀座ザギンのミニシアターにて、マニアックでドラマチックな作品を観るのであ~る。そんな18の乙女であるわたし、今日も今日とて(くだん)のおじさんに遭遇。同じシアターの、すぐ傍の座席。おじさんも同じ映画を観る予定だったらしく。


 ちなみに、映画鑑賞における理想の座席位置は「ど真ん中あたり」とされている。音響とか視野とか、そういうのを考えた場合の話。でもわたしの場合、最後尾の左端付近をチョイスする。そうすれば周囲に人がいないから(今が旬の人気作はそうもいかないけど)。

 ところが黒縁眼鏡に紺色スーツのおじさんは、そんなわたしの不可侵領域に踏み込んできた。つまりは最後尾の左端にやってきた。これはもう不思議な縁でもなんでもなく、わたしにとっては外敵の襲来。おじさん、ここはわたしのフィールドなのです。


 しかしこれは、おじさんにとっても予期せぬ事態であったらしく、わたしを見つけたおじさんが「えッ……」という顔をした。

 それを見たわたしは思わず「えッ……」という顔を返してしまった。するとおじさんはもう一度「えッ……」という顔をした。

 それからおじさんは気まずそうに咳払いをすると、「致し方なし」という雰囲気をかもし出しながら着席した。


 (この人、どうしてこんな座席位置を指定するんだろう)


 お互いにそんなことを考えていたに違いない。それはもう、お互いにお互いさまなのだけど。




 20XX年6月27日。有楽町のラーメン屋にて。


 天気は良好。気象予報士が「熱中症に警戒が必要なり」と言っていた。やっぱり体調は不良。


 いつものように映画を観たわたし、暑かろうが具合が悪かろうが、今日も今日とてラーメンを食べる。入ったお店は柚子風味のラーメンが有名なところ。人気店なのに、暑すぎるせいか客足はまばら。


 (ぎょっ……)


 わたしは思わず、心の中で「ぎょっ」と呟いていた。(くだん)のおじさんがカウンターに座っておられる。こんなに暑いのにやっぱり紺のスーツ。せめて薄いグレーとか涼しげな色にすればいいのに。

 なんて考えながら見ていると、こちらの存在に気付かれる。目が合うと、あからさまに「ぎょっ」という顔をなさった。

 なんかごめん、と思いながら券売機で食券を購入。おじさんからなるべく離れた席に座る。しかしさすがに遭遇しすぎでは。わたし不本意にも、このおじさんと行動パターンが似ている模様です。モヤモヤ。


 ええい、そんなことはどうでもいい。目の前にあるラーメンにちゃんと向き合わなければ。邪念を解き放て、わたし。

 こうして18の乙女であるわたしは、心を無にして麺をすするのであった。




 20XX年6月30日。日比谷ゴジラスクエアにて。


 天気良好。体調、相変わらず。


 本日も映画を鑑賞予定。開場まであと15分、ぷらぷらと時間をつぶしていると、おじさんを発見せり。日比谷ゴジラスクエア、植え込みの花壇ブロックに腰をおろしていらっしゃる。思わずゴジラ像に身を隠すわたし。隠れることもないか、と後になって気付く。


 おじさんは何やら考えごとをしているご様子。指を組んでジーっと地面を見つめたまま、微動だにしない。

 それにしても本当によく会うな、と思う。わたしと行動パターンが同じ。いつだって一人でいるところも同じ。おそらくはわたしと同族に違いない。孤独を重んじる人種。一人が気まま。一人が最善。一人が至高。


 きっとそんなふうに考えている。そして、そんなわたしたちの日常が交わることはない。

 我々は孤独を重んじる人種。お互いの「ひとり世界」を尊重して、決して足を踏み入れたりはしない。それは「思いやり」なんていう甘っちょろいものじゃなく、わたしたちのような人種の絶対ルールと言っても差し支えない。


 ……そもそも、見知らぬおじさんと関わるつもりもないけれど。


 そんなことを考えていると、ふいにおじさんが立ち上がった。同時に、チリーンと微かな金属音が響いた、気がする。おじさんが何かを落としたらしい。確認するとリングを見つけた。ピンクゴールドのリングで、白い宝石がついた指輪。


 (えっ? これってダイヤではごじゃいませんか?)


 これはまずい。おじさん気付いて。おじさんじゃなくてもいい、誰か気付いて。拾って、それで教えてあげて。

 ところがわたし以外、誰一人として地面に落下した指輪に気が付かない。なんてこった。

 戸惑いながらも立ち上がるわたし。落としものへと小走りに駆け寄り、それを拾い上げた。


 ……可愛い指輪。


 わたしはおじさんの背中を見やり、覚悟を決めるべくゴクリと唾を飲み込む。まじなのですか。

 しかしもはや選択の余地はなし。


「あ、あの~、のっ……」


 20XX年6月30日。この日、わたしたちの世界は交わってしまった。

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