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お大事に

作者: 雑賀崎紫蘭

目が覚めると、僕の体は汗でぐっしょりと濡れていた。

着替えたい…。

体を起こそうとするが、重くて動けない。頭も痛い。

これは完全に風邪だ。

時間はかかったがなんとか布団から体を引きずり出し、タオルで汗を拭いて新しいパジャマに着替える。

コップに水を入れて、飲んでいる間に体温を測った。

37.8℃。

平熱が低い僕にとっては高熱だ。

時計を見ると、まだ朝の5時だった。アラームをかけている7時まではまだ時間がある。

僕の会社はリモートワークがほとんどで、今日もリモートワークの日だが、大事をとって休むことにしよう。

アラームを8時半にセットし直し、僕はもう一眠りすることにした。


8時半。僕はアラームで起きた。まだ体は重いままだ。

僕は課長の山本さんに電話をかけた。

Prrr…

「はい、山本」

「山本さん、おはようございます。森田です」

今日初めて出した声は、ひどいものだった。

「森田か、どうした?すごい声だぞ」

「すみません、風邪をひいてしまいまして…。熱も高いので、今日はお休みを頂きたく…」

「おお、そうか。そうしろ、そうしろ。お大事にな」

「はい、すみません、ありがとうございます…」


翌日。

アラームで目が覚めた時、体は軽くなっていた。

熱を測ると平熱に戻っていた。

今日は取引先の人が会社に来るから出社日なのだが、これなら問題なく出社できる。

会社に着くと、出社していたみんなが心配して声をかけてくれた。

みんな優しいな…。

この会社に入って良かったと、改めて思った。



翌月。

僕はまた体調を崩した。今度は吐き気と腹痛だ。

朝、また僕は山本さんに電話をし、午前半休をもらって病院に行くことにした。

医者からは胃腸炎だと言われた。僕は薬をもらって家に帰った。

出るものが出切ったのか、朝ほどつらくはない。

今日はリモートワークだし、それほど業務が詰まっているわけでもないので、午後は仕事をすることにした。

Prrr…

「はい、山本」

「お疲れさまです、森田です」

「森田、大丈夫か?」

「はい、さっき薬を飲みまして。体調も朝よりだいぶよくなりました。午後は仕事します」

「そうか、わかった。無理はするなよ?お大事にな」

「ありがとうございます」

山本さんとの電話を切ってから、PCを開き、仕事を始めた。


あと1時間で終業という頃、宇佐美さんからチャットが来た。

宇佐美さんは隣の課だが、僕の課の面倒な事務作業を手伝ってくれている。

『お疲れさまです。宇佐美です。

山本さんから、森田さんが体調不良と聞きましたが、大丈夫ですか?お大事になさってください。

今週のデータを下記リンク先にアップロードいたしました。お手隙の際にご確認をお願いいたします。』

宇佐美さんまで僕を心配してくれるなんて。優しいな、ほんと…。

それにしても山本さん、宇佐美さんにまで僕の話しなくていいのに…。

隣の課にまで話を広められて少し恥ずかしくなった。

でも宇佐美さんからのメッセージで、元気になった気がした。




2ヶ月後。

またまた僕は体調を崩した。今年2度目の風邪だ。

さすがにこんなに短いスパンで体を壊していたら怒られるだろうとビクビクしながら、僕は山本さんに電話した。

しかし意外にも山本さんは全く怒っていなくて、むしろ今までと同じように心配してくれた。

今回は前回ほどはつらくないので、1日リモートワークで対応できる。


昼過ぎ。

他の部署の数人からチャットが来た。

文面はそれぞれ異なるが、全ての内容が、僕の体調を心配してくれたものだった。

ただ今回は、素直に優しいとは思えなかった。

山本さんがまた僕の体調不良の話を広めたのか…。それも今度は別の部署の人にまで…。

山本さんへの不信感のようなものを感じた。


その気持ちを、連絡をくれたうちの1人、隣の部署の鈴木くんに僕はポロッとこぼした。

『山本さんも、なにも他の部署にまで広げなくてもいいのにな。』

それに対して返ってきたのは意外な言葉だった。

『いや、僕は山本さんからは聞いてませんよ?なんか森田さんが体調悪いらしいって、噂になってて知ったんです。』

どういうことだ?

山本さんが話して、それが別の誰かから広まったということか?

それにしてはそのスピードがやけに早い気がする。

リモートワークで直接会っていなくても、チャットですぐに連絡が取れはする。

だからってみんなそんな雑談レベルのものにすぐ反応できるほど暇じゃない。

僕はこの時、少しの不安を感じた。

もしかしてこの部屋、カメラ付いてるとか…?

誰かが僕の部屋にカメラを付けて長期間監視して、その様子を動画サイトに上げてたりしたらどうしよう…?

体が弱っているせいか、変な想像が止まらない。



僕は少しでも安心したくて、念のため、次の週末に調査会社に依頼して、部屋にカメラや盗聴器がないか調べてもらった。

しかし何も見つからなかった。壁も厚いため、よほど大声を出さない限り、隣の部屋に音が漏れるようなこともないらしい。

僕の不安は、調べる前よりも増してしまった。

とはいえ、体調が悪い時のこの奇妙なできごと以外は何も問題はなく、誰かにいじめられたり、仕事がうまくいかないといったこともなかった。





3ヶ月後。

また僕は体調を崩した。2度目の腹痛。

毎日健康には気をつけていたはずなのに…。

嫌だなあと思いつつ、僕は課長に電話をしようとした。

その時。

Prrr...

僕のスマホが鳴った。山本さんからだった。

「はい、森田です…」

「森田、おはよう。君、今日体調悪いだろ?」

なんで…?

「え?は、はい、申し訳ありません…」

「この時期は仕方ないな。病院行けそうだったら行って、今日はゆっくり休んでいいからな」

優しい言葉が今は全て恐怖の言葉に聞こえる。

「お大事にな」

電話が切れたと同時に、PCが鳴る。

ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン…。

止まらない電子音。

恐る恐る画面を見ると、社内の人たちから次々とチャットでメッセージが来ていた。

『お大事に』

『お大事に』

『お大事に』

『お大事に』

『お大事に』

『お大事に』

『お大事に』

『お大事に』

『お大事に』



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