その人は奪われた⑷
ボクくんが体に戻ると決めた快晴の日。
それまでの数日はボクくんの希望でタブレットを貸して、カメラ越しに従兄弟くんの生活を覗き見していた。
自分の居場所を我が物顔で好き勝手している従兄弟くんの姿に、最初の悲しみは消え失せ、今は文句を言わなきゃ気が済まないんだと怒りに燃えていた。
私は黒いローブとフードを被り、レースのマスクを着けて魔術師ルック。
別にこの服で集中力が増すだとか魔力が高まるだとかの効果はないけど、私の気分が上がるのだ。
「それじゃ、準備は良い?」
「うん!」
ここはボクくんの病室。
周りには“とあ”の見舞いに来ている両親と従兄弟くん、そしてボクくんの両親。その父親が抱える二歳になる娘。“神殿”の協力の下、夢を介して彼等を病室へ呼んだ。
家族が見守る中、ボクくんはユウリックから貰ったハンカチを抱いて、私の言葉に頷いた。
「目が覚めたら私は何も出来なくなるけど、応援してるからね。しっかり懲らしめてやんのよ」
「大丈夫、ボク負けないから」
私はタブレットを使用して、離れた精神と体を合体させる魔法を起動する。
即座に警告画面が開き、眠っている体に干渉するためのパスワードが要求される。ボクくんの本名は従兄弟を覗き見している時に判明している。
「お返りなさい、ユキツグ!」
ボクくんが目覚めた後はとても大変だったらしい。
元々そんなに強くなかった体は何年も寝たきりだったため、日常生活に戻るのに数年を要した。その間の彼を支えたのは両親と、一度も従兄弟とボクくんを間違えなかったユキツグの妹ハルナだった。
ユキツグに成りすましていた従兄弟はどちらの両親からもこっ酷く叱られ、持っていたゲームも、ユキツグの時に受け取っていた小遣いも取り上げられ、使った分はバイトで返済をさせられていた。
結局二人が友達に戻る事は無く、学校を卒業してから遠くの会社に就職したとだけ、母親づてに聞いたそうだ。
「それで、どうしてまた“館”に来たのかな?」
「だってあの時のお礼、ちゃんと言えてないから」
こちらでは数ヶ月程度の再会だが、ボクくんは十分に寿命を全うしたらしい。今目の前に居るボクくんの姿はあの頃のままだから、あまり実感が湧かない。
精神が体に戻った時に私の事は忘れているはずなのだけど、覚えていてくれた事にちょっと照れ恥ずかしい。
「あ、そろそろ逝かなきゃ。ハルがまた迷子になっちゃう」
「それは大変。道案内よろしくね」
「うん。お姉さんもありがとう!」
ボクくんの妹として生まれ変わったユウリック。彼女もまた天寿を全うして近いうちに此岸を訪れる。
今度は頼れる兄がいるから、迷わずに川を渡れるだろう。
薄れゆく背中を見送りながら思う。
願わくば、彼等の次の逝き先にも幸が訪れますように。
☆やイイネの反応貰えると執筆者が喜びます。