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その人は奪われた⑶


パァンと風船の破裂する音で、私たちは目を覚ます。

動物の枕を()ったピンを片付ける私の傍で、消沈したボクくんが震えていた。


「今日はいろいろあって疲れたでしょ。もう一眠りして、今度はご両親のところに行こうね」

「……うん」


よほど疲れていたのか、部屋のベッドに入るとすぐにボクくんは眠ってしまった。ユウリックから貰ったハンカチをしっかりと握りしめて。


「さてと」


私はタブレットに外部カメラの映像を映し出す。そこは先ほどボクくんと訪れた“とあ”くんの部屋。

枕に案内させて辿り着いた先にいたこの子が本物の“とあ”くんで間違いない。けれど彼はボクくんを“とあ”だと言い張った。その理由を探るため、私は彼にカメラをつけた。


タブレット越しの従兄弟は父親の声で目を覚ました。時間は既に昼を過ぎ、テーブルのパンを齧りつつ携帯ゲームで遊んでいる。


「ツグ。早く出かける準備なさい」

「ええ……今日はいいよ」

「母さんの見舞いなんだ。行かない奴があるか」


静かに叱られて渋々服を着替えたツグと呼ばれた従兄弟は、父の車に揺られて大きな病院に入った。

母親と二、三言葉を交わしてから次に父親に連れられた場所は、従兄弟にそっくりな男の子が眠る“とあ”の病室。

ベッドサイドにあるノートを読んで書き込みをする父親の後ろで、従兄弟はベッドの“とあ”くんを睨みつける。

規則正しく鳴り続ける心電の音。継続的に曇る呼吸器のマスク。そこに繋がるチューブに、ゆっくりと従兄弟手が伸びる。


「ツグ」


父親の声で従兄弟は手を引っ込める。ノートをテーブルに置いた父が振り返った時には、従兄弟の表情は憂いを帯びたものに戻っていた。

病院を出て行く彼等を確認した私はタブレットの表示を消した。


自身が本物の“とあ”である事を自覚しながら“ツグ”でもある事を演じる従兄弟。ボクくんが事故に遭った事で入れ替わった事を語る人はいない。

夢の中とは言え本物の“ツグ”が現れて、従兄弟は焦燥感に駆られているらしい。


「なるほどね」


ボクくんの体は生きていた。“館”にはまだ名前を記帳していないため、今なら帰る事ができる。迷い出た精神が体に戻るためにも“ツグ”という愛称ではなく、本名が必要だ。

けれど、目を覚ませば居場所を奪った従兄弟と決別することになるだろう。ボクくんはそれを望むだろうか。


「こればっかりは、ボクくんに決めて貰わないとね」


精神と肉体がずっと離れている状況はよろしくない。翌朝、私は目が覚めたボクくんにこの事を話した。

当然すぐに答えなんて出ない。

友達だと思っていた従兄弟に名前と居場所を奪われて、もしかしたら今度は命まで奪われるのではという恐怖から、じわりと溢れてきたボクくんの涙を私のハンカチで拭ってあげた時、ふと思い出す。

ユウリックと縁を繋いだボクくん。入院していたボクくんの母親。父親と会話をしていた医師の科目は。


「なんだ、ボクくんには強い味方がちゃんといるじゃない」




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