その人は奪われた⑵
ユウリックが出発する日はとても暖かくて晴れていた。
男の子はスーザンの庭で取れた花束をプレゼントし、ユウリックは涙ぐむ男の子にハンカチを渡す。
「綺麗なお花、ありがとうね。お名前、見つかると良いわね」
船着場に向かう流星が見えなくなくなるまで見送って、手を繋いで男の子と館に帰る。
「これ、もらっちゃった」
「良かったね。それを持って逝くと次はユウリックさんの近くで生まれ変われるんだよ」
「ほんと!?」
「うん。ユウリックさんはボクくんと交換した花を持って逝ったから、タイミングが良ければ親子になれるかもね」
花を育てたスーザンも、今転生すればユウリックと縁を結ぶ事ができるだろうけど、逝かないだろうなァ。“世界樹”に行く事目標にしてるもんなァ。
呑気に考え事をしていた私の手が急に引かれる。手を繋いでいた男の子が足を止めて、呆然と立ち尽くしていたからだ。
「どうしたの?」
「交換……」
「ん?」
「ボク、名前交換した!」
突然思い出した記憶を私に教えてくれたけど、ぜんぜん要領を得なくて理解するのに苦労した。
要約すると、ボクくんには自分とそっくりな従兄弟がいて、互いの両親が気づかない事をいいことに、よく服を交換してはお互いに入れ替わる秘密の遊びをしていた。
そんなある日、従兄弟の家族が旅行に行く事になった。けれど行きたくなかった従兄弟はボクくんと入れ替わりを提案し、旅行に行きたかったボクくんは快諾した。
そして旅行の最中に事故に遭ったということらしい。
「なるほど。それじゃ、従兄弟に名前を聞きに行こう」
「ど、どうやって?」
「それはね“夢”にお邪魔するの」
館に戻った私たちは屋根裏部屋にあがり、動物の形をした枕を選ぶ。私はアヒルで男の子は犬。
天窓のカーテンを閉めて部屋を暗くし翡翠のキャンドルに火を灯してベッドイン。独特な香りに満たされると数分で眠りに落ちた。
再び目を開けると、私は大きなアヒルの背に乗り、隣で男の子も犬の背に乗ってキョロキョロしている。
辺りは淡いオレンジの空で、綿飴みたいな仔羊の群れとすれ違う。
「さあボクくん、従兄弟の名前を教えて。枕たちが連れてってくれるから」
「うん。えっと“とあ”のところに行きたい」
男の子の言葉を受けて二頭の枕は目的地に走った。
オレンジの空から紺碧の星空に変わり、一人の男の子がベッドで眠っている。時間のズレがあって少し成長しているが、うん、確かにそっくりだ。
「ボクくん。何か気になるものでもあった?」
「え、えっと。ここ、ボクの部屋に似ていて……」
部屋の中を見回していたボクくんが口ごもりながら答えた。
ボクくんと従兄弟の成長の差を見比べると、大体二年くらい時間が経っている様子。
その間に従兄弟くんは入れ替わったことを話さず、ずっとボクくんの代わりをしていたと言うことか。本当の両親が悲しんでいるのに?
「とりあえず話しをしてみる?」
「うん。と、とあ!」
私に促されてボクくんが名前を呼ぶと、従兄弟はゆっくり目を覚ました。
そして目の前の男の子を見ると驚いてベッドから転がり落ちた。
「うわぁ!?」
「わっ、ご、ごめん。驚かせちゃって」
「お前……なんで……」
「あのね、これは、夢なんだよ」
「ゆ、夢?」
従兄弟は自分の腕をつねってみて痛くなかったのか、へぇとちょっと面白そうな顔をみせる。
そして気を取り直した従兄弟はベッドに座り直すとボクくんに尋ねた。
「それで、ボクに何の用なわけ?」
「あ、あのね、とあ。ボクの名前知らない?」
「はァ? “とあ”はお前だろ?」
「え……?」
今度はボクくんが目をパチクリさせる。
わざとらしく溜息を吐いた従兄弟は呆れた顔でボクくんを見やる。
「なんだよ、忘れたのか? お前の家族が旅行に行くから元に戻ろうって言ったじゃんか」
「そう……だっけ?」
「そうだって。お前はほんとに鈍臭いな」
「ご、ごめん」
「それよりさ、おばさんのトコに行ってやれよ。いつも泣いてんだぜ、“とあ”“とあ”って」
「そ、そうだね。ありがとう」
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