その人は奪われた⑴
雲一つないよく晴れた日。
川の浅瀬でずぶ濡れになって遊ぶ一人の男の子を見守りながら、私は欠伸をした。遊びに連れていくついでに釣りでもと思ったけど、あれだけ川で暴れてちゃ魚なんていなくなっちゃったよ。
……別に困りはしないんだけどさ。
館の換算で三日前、この子は館に現れた。大切な名前を落としてしまったと、泣きながら彷徨っていたところを保安官に保護されて。
落とした物が見つかる事は滅多になく、大抵の人はすぐに諦めるんだけど、この子は違うらしい。まぁ、館は娯楽が無いから飽きたら次に行こうとするでしょう。
って思ってたんだけど、どうやらこの子は走り回って木に登って花を摘んでよく食べて寝る、そんな事が楽しいらしい。本人はよく覚えて無いというが、おそらく生きてる間は病弱だったのだろう。
魚の代わりに濡れた服をバケツに入れて館に帰ると、キュレイと一緒に優しそうな老婆がペコリと頭を下げた。
「こんにちは、お婆ちゃん。キュレイ、この方はどうしたの?」
「なんかフラフラしてっから、連れてきた。船着場に行きたかったみたいだ」
「なら“船頭”を呼ぶね。すぐに来てくれると良いんだけど」
タブレットのリストから“船頭”宛に送信。ズボラな彼等が気づくのに、多分三日くらいかかる。
私とキュレイが話してる間に、老婆は自分の肩にかけていたストールを男の子にかけていた。
「寒くなァい?」
「うん!」
「そォ、元気ねェ。でもこのままだと風邪を引いてしまうわ」
「おばーちゃん、ありがと!」
「ボクくん、部屋に新しい服が準備されてるから好きなの着ておいで。お婆ちゃんも、お迎えが来るまでここでゆっくりしてって下さい」
「はーい」
「ご親切にどうもありがとう」
老婆の名前はユウリック。生前は託児院のスタッフをしており、沢山の子供たちの面倒を見てきたという。そのためか男の子は老婆に懐き、老婆もまた孫を可愛がるように常に一緒にいるようになった。
思ったとおり“船頭”の返信が来たのは三日を過ぎてからで、ユウリックが乗る予定だった便は満席になったらしく、既に出港してしまっていた。迎えは三日後に寄越すとあった。
私はタブレットでユウリックの現在位置を確認して移動する。裏庭の野菜畑の側に用意したガーデンテーブル。華やかさも何もない場所だが二人は気にせず茶を楽しんでいた。
「ユウリックさん、三日後に船着場からのお迎えが来るそうです」
「そうなのねェ。それまでお世話になっても良いかしら?」
「勿論です。ボクくんもまだ一緒に居たいみたいですし」
私の言葉に男の子は首を何度も縦に振る。あらまァと言うユウリックの顔は、困りながらもちょっと嬉しそう。
その日は私も一緒にお茶を楽しむ。
そして、あっと言うまに三日は過ぎ、船着場からの迎えが“館”を訪れた。
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