その人は裏切られた⑷
自らの死がとうの昔に過去になっていた事を自覚したアルタイルは、しばらく部屋を出てこなかった。
魂だけの存在なので別に食事も睡眠も必要ないから衰弱の心配はない。なぜ食事してるかといえば、これは生きてた頃の習慣なだけ。
この世界に昼と夜があるのも、その人が訪れてから太陽が何回巡ったかを数えるだけのもの。全体を照らせるなら別に点灯でも良いのだけど、味気ないじゃない。雰囲気大事。
あれから五日ほど経った晴れの日。
玄関の大きな花瓶に、スーザンから貰った黄色とオレンジ色のフフニケを飾る。他の世界だとエニアとかガーベラとか言うんだっけ。
あーでもないこーでもないと、花の向きや並び順を弄りながら飾り付けているとアルタイルがカウンターに歩いてきた。
来た時に着ていた装備をしっかり着込んだ彼の表情は、数日前の落ち込んでいたものではなかった。
「おはよーございます。ご飯にしますか?」
「おはようございます。そうですね、最後に頂きたいです」
「かしこまりました。食堂へどうぞ」
アルタイルは何品ものリクエストを書き、その量は私が五人いても食べきれそうにないくらい多かった。それを彼は一心不乱に口に頬張る。
うん、まあでも、この“館”でアルタイルの故郷を感じれるのはご飯くらいだから、生まれ変わる前に覚えておきたいってのは、あるのかな。でも転生の時に全部忘れちゃうって思うと、ちょっと寂しいね。
「ご主人。随分とお世話になりました」
全てを綺麗に食べ終えたアルタイルが、改まって私に頭を下げる。
「こちらこそ。逝き先を決めたんですね?」
「はい。“図書館”に行ってドゥぺティールを倒す手伝いができないか相談してきます」
「それは、またどうして?」
「僕の世界はもう三十年も過ぎてます。きっと親友や他の勇者が魔王を倒して平和になっていると信じています。けれど、ドゥぺティールの脅威が再び僕の世界に向かないとは限らない。世界の外側であるここなら、親友たちのいる僕の世界を守れると考えたんです」
一瞬でも親友に裏切られたのではと疑い苦悩した彼は、強い決意をと共に笑顔で“図書館”へ旅立った。
空を走る流星を見送る私にキュレイが声をかける。
「そーいやさ。俺でも保安官になれんの?」
「わかんない。そういう前例あったかなぁ?」
私の曖昧な返事にキュレイは「ふーん」とだけ答えてすぐに興味を失い、私の隣で流星を見上げる。
空へと昇る流星はアルタイルを乗せて“図書館”へと向かう。望みが叶うと良いねぇ。
「もうちょっと居着くかと思ったんだがな」
「何言ってんの。あなたも、いい加減逝き先を決めなさいよ」
「ええー。別に居てもいいって言ったのそっちじゃん」
「こんなに長く居座るとは思わなかったのよ。還りたくない人が真似して居着いちゃうし、今じゃ“館”じゃなくて“郷”って呼ばれる事もあるのよ?」
「呼び名を変える偉業を成し遂げた俺すごくない?」
「褒めてなーい!」
ここは名も無き小さな郷。
彷徨える魂が、再び歩き出すための休憩所。
滞在中は私の館にて宿泊を。
温かな食事にておもてなし致します。
願わくば、あなたの逝き先に幸あれ。
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