その人は裏切られた⑶
それから数日が経った曇りの日。
私の話が信じられなかったアルタイルは元の世界に戻るため、出口を探しに世界の果てまで行ったけど何も得られなかった様子で帰ってきた。
その次は当時の状況や、自分が死んだ後の世界がどうなったのかとか親友の様子などを知りたがり、私もその勢いに圧倒されて“図書館”に電話する羽目になった。
納得できるまではここを離れるつもりはないらしい。
その連絡を待つ間、アルタイルは裏庭にある私の畑の世話をしていた。
私が暇潰しのためにやってる菜園なんで、別にアルタイルにやってもらう必要もないのだけど、無償で施されるのが嫌だと言われたので代わって貰った。わざわざ苦労を買ってでる彼の事を物好きだと思う反面、その性格が勇者に選ばれた要因の一つなんだろうなとも思う。
館の玄関にあるカウンター席でペンを置いた私は思い切り背伸びをする。
ようやく書き上がったアルタイルの冒険譚は、なかなかの厚みがある。うんうん、良い出来。自画自賛。暇潰しの趣味なんだからこれで良し。
久しぶりの力作に満足していると電話のベルが鳴る。交換手が繋いだ先は“図書館”だった。
「はい“館”です。何かわかりました?」
「ええ。曲筆の被害者でした。彼はまだそちらに?」
「ああ、そう言う事でしたか。まだ居ますよ」
「ではそのまま還さないで下さい。私から説明します」
「わかりました。お待ちしてますね」
電話を切って裏庭に行くとアルタイルは畑にはおらず、放牧している牛と豚と戯れていた。
「アルタイルさーん、そろそろお昼にしますよー」
「はーい、すぐ行きます」
「家畜たち、あんまり虐めないでくださいね」
「勿論ですよ。あ、先に着替えてきていいですか?」
「ではここにリクエストの記入を」
タブレットにリクエストを書いてから風呂場に向かうアルタイルを見送り、私は食堂で客人を迎える用のお茶も用意する。
私とアルタイルが食事を終えて食後のお茶を飲んでいると、来訪者を知らせるドアベルが鳴った。
訪れたのは“図書館”の職員と保安官。二人を迎え入れて食堂に案内し、アルタイルに紹介する。
「まず最初に。アルタイルさん、あなたは既に死亡しています」
「ならどうしてここで生きてるんですか」
「生きてはいません。生きてきた記憶が残っているだけで、それも時間が経てば忘れていきます」
アルタイルの反発を保安官はあっさり切り捨てた。
そうやって直球に物を言うのは構わないけど、怒りを堪えてるアルタイルの隣に座る私の事も考えてほしい。ちょっと怖いのよ。
「話を戻します。死んだ者の魂は虹の河を渡る船に乗って新たな生を受けるまでの休憩所に向かうのですが、少し前にその船がドゥぺティールの襲撃を受け、いくつか魂がこぼれ落ちてしまいました」
「それと僕の死にどう関係が?」
「船は定員になれば出航します。ドゥぺティールは出航を早めるため世界に干渉し、死ぬべき運命ではない者を殺したのです」
保安官は隣に座る“図書館”に目配せをし、職員は一冊の本をアルタイルの前に置いた。
「こちらはあなたの世界について記された書物です。私は記録を遡りあなたの記述を見つけました。あなたはあの晩、確かに襲撃に遭うという運命にありましたが死ぬわけではありませんでした。しかしドゥぺティールによって曲筆……つまり書き換えられてしまったために、あなたは死んでしまったのです」
「どうあっても、僕は死んでるって言うんですね」
「申し訳ございません。あなたの死から既に三十年が経過しており、戻るべき肉体もございません。魂の入れ換えによる方法もないわけではございませんが、あなたはそれを望みますか?」
「僕のために誰かに死ねと。それじゃ魔王と一緒だ!」
アルタイルが強くテーブルを叩いたので、私は反射的にアルタイルの正面にあったティーカップを避難させる。危ない危ない、割れるところだった。
「もしあなたが望むのであれば、転生先は優遇しましょう。その場合は一度“図書館”にお越しください」
言いたい事だけ言った職員と保安官は立ち上がり、俯いたままのアルタイルを放って食堂の出口へと向かう。
一人で考える時間が必要だろう。私も二人を見送るつもりで立ち上がる。
「確認したい事があります」
「なんでしょう?」
アルタイルの言葉に二人は足を止めて振り返る。
「アイツは……親友があの晩、僕を呼び出した理由は何でしょうか?」
「あなたの妹にプロポーズをする許可を乞う予定でした。もう現存しない話ですが」
「僕はアイツに恨まれたり憎まれたりして殺された訳じゃなかったんですね」
「ええ。“図書館”が保証します、あなたの死はドゥぺティールによるものであり親友や仲間によるものではありません」
今度こそ沈黙したアルタイルを一人食堂に残して、私は二人を見送った。
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