その人は裏切られた⑵
玄関前のカウンターに座ってタブレットの充電をしつつ本を読む。もう何回も読んでるけど、ほかに読む新しい本もないのでしょうがない。
夕方になる頃タブレットに着信があり、部屋に寝かせた男性が目を覚ましたとメッセージが入った。
「はいはい、行きますよ〜」
まだ充電しきってないタブレットをポケットに入れて、私は男性を寝かせた部屋のドアをノックした。
ドタドタと室内で慌てる物音がしたあと、ゆっくりとドアが開く。
「おはようございまーす!」
「あ、はい。おはようございます……」
私が元気に挨拶すると、男性は戸惑いながらも返してくれた。
さっき手当てしたばかりなのに傷がほとんど治っている。すごい回復力だと私が感心してると、男性が恐る恐る声をかけてきた。
「あの、ここは……?」
「ここは私の住んでる館です」
「あの、僕は……?」
「近くで倒れている所を発見して、この館まで運びました。このまま立ち話もなんですし、良かったらご飯でも食べながら話しませんか?」
食堂に向かって私が歩き出せば、男性もついてくる。向かう途中でフロントに寄り、彼に滞在名簿を記入して貰う。アルタイルというらしい。
到着した食堂ではキュレイが食事をしていて、気づいた私たちに手を振る。
「彼はキュレイ。倒れてるあなたを一緒に見つけてくれた人です」
「そうなんですね」
食堂の入り口にあるリクエストボードに私とアルタイルの希望メニューを書いて、キュレイと同じテーブルに着く。
あ、塩焼き。それも良いけど今日は煮付けの気分だったんだよね〜。なんて考えながらキュレイのメニューを眺めてる間に、二人は自己紹介を終えたらしい。
「助けてくれてありがとうございました」
「いいっていいって。放っておくのも気が引けただけだし、俺なんもしてねーし」
「あなたにも感謝します。何かお礼ができれば良いんですが、その、持ち合わせがあまりなくて……」
「大丈夫です。ここでは金銭なんてあまり役に立ちませんから。それよりもアルタイルさんの話が聞きたいです」
「僕の、ですか?」
「はい。ここって衣食住が安定してるのは良いんですが、娯楽と呼べるものがサッパリで。見たところ冒険家っぽいですし、何か面白い話ありません?」
「やめといた方がいいぞ。こいつ全部日記に書いちまうから」
「記録は大事な仕事の一つですー。変な言い方しないでくださいー」
おしゃべりしてると二人分の料理を乗せた無人のワゴンが、私たちのテーブルの前で止まる。煮魚の乗ったトレーは私のだから、もう一つの骨つきステーキはアルタイルの食事だろう。ウナウジェってお肉の事だったのか。
料理をとってワゴンが空になるとまた勝手に厨房へ引き返して行った。配膳ロボットみたいで結構好き。
それからは食事を楽しみながらアルタイルの冒険譚を聞いた。
剣と魔法と能力を駆使して魔物を退治し、魔王を倒すために選ばれた勇者の一人だという。お姫様の救出劇や王都の防衛戦など面白い話に胸がワクワクした。
「いよいよ魔王城に突入ってところだったんだが……みんなはどうなってしまったんだ……」
「アルタイルさん、ここに来た時ボロボロだったんです。誰かと戦ったりしてたんですか?」
「いや、あの時は。みんなで野営して食事して……寝る前にアイツに呼び出された」
「アイツ?」
アルタイルと同郷で同じく勇者として切磋琢磨していた仲間。二人で世界を救おうと誓った親友。
相談があると呼び出された場所に向かう途中で、アルタイルの記憶は途切れた。
「なるほど、その時に殺されてしまったんですね」
「え。なんでそうなるんです?」
「ああ、この世界についてまだお話してませんでした。ここはですね、死んだ事を認められなかったり強い未練を残して死んでしまった人が訪れる場所なんです」
「そんな……冗談ですよね?」
困惑するアルタイルが同席するキュレイに視線を向ける。
悪い冗談を払拭してもらおうと思ったのだろうが、キュレイはただ肩をすくめただけだった。
「……信じられません」
「来た人みんなそう言います。まぁ、せっかくなんで何日かゆっくりしてって下さい。たくさん冒険して、休む暇もなかったでしょう?」
私の言葉にアルタイルは肩を落としたまま、しばらく席を立つことができなかった。
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