その人は裏切られた⑴
今日は晴れの日。
ポカポカの日差しと心地いい風が気持ちのいい朝。
私はいつもの様に館の裏手にある家畜の扉を開いて放牧し、井戸の水を汲んで小さな畑に水をやったあと、食堂でご飯を食べる。
今朝リクエストしたのはクロワッサンとスクランブルエッグ。昨日収獲してからずっと楽しみにしていたんだ。
ふわふわのスクランブルエッグをクロワッサンに挟んでかぶりつく。広い食堂にいるのは私だけなのだから、ちょっとくらい無作法でも気にする人はいない。
食事が終わるとポケットに入れていたタブレットから着信の音がする。今日の業務内容の通達だった。
この館に住み着いてから随分経つけど、一体どこの誰が送ってきているのか未だに分からない。最初は館内を捜索したり返信を試みたりしたけど、今ではもうどうでも良くなっていた。
「はいはい、玄関の花ね〜」
食べ終えた食器を返却口に返した私は、今日獲れたての卵を手土産に館から少し離れた民家へ行く。トントンとノックをすると背の小さなおじいちゃんが出迎えてくれた。
「スーザンさん、おはようございます」
「おはようございます、ご主人。今日はどんな花になさいますかな?」
「そうですね〜。この間は白だったしその前はピンクだったから……黄色とかオレンジ?」
スーザンさんの庭には色々な花が植えられていて、玄関や廊下の花はいつもここで選んで貰ってる。庭木を整えた経験もあって、館の庭も時々手入れしてくれる面倒見の良いおじいちゃん。
「では、今日はこちらのプラリュンカにしましょうか。次の時にはあちらのフフニケが咲いてる頃でしょう。納品はいつもの場所で良いですかな?」
「うん。いつもありがとう」
これで花の準備はオッケー。次は、久しぶりに魚が食べたいのでいつも暇そうにしているキュレイのところへ。
この時間だとどこかの家の屋根で日向ぼっこしている筈だ。
「あ、いたいた。おーい、キュレー!」
私が呼びかけるとキュレイは面倒臭そうにしながらも屋根から降りてきてくれた。
「ね、ね。私今夜魚料理が食べたいんだけど」
「なんで俺に言うんだよ。一人で行けよ」
「一人つまんないじゃん。どうせ暇でしょ? 良いじゃん一緒に行こうよ。ご馳走するから」
「ご馳走ってお前は料理しねーだろ」
「うん。でもトメさんの料理食べたくない?」
「ったく、しょうがねぇな。ちょっと待ってろ」
「やったー!」
館の食堂で料理を担当するトメさん。保冷庫に食材さえあれば異世界の料理だろうがなんでもリクエストに応えてくれるすごい人。でも本当の名前は知らないし姿も見たことないので私が勝手にそう呼んでるだけなんだけどね。
釣り道具を持って少し歩くと海が見える。キュレイは大きな石をひっくり返して虫を捕まえて針の餌にした。
顔を覗かせる岩礁から落ちないように移動して、いい感じの場所にて針を落とす。
釣れたり釣れなかったりを繰り返して楽しんでいたが、ポケットのタブレットから再び着信音。
開いた画面には近辺のマップと目的地が表示されていた。
「お、久々の来訪者か」
「みたい。えっと、付き合って貰っても、いい?」
「いいさ。お前に何かあったら困るのは俺等だし」
「ありがと」
マップの示す場所は、ちょっと山を入った所にある崖だった。その下で甲冑を着た男性が地面に倒れていた。
顔には擦り傷や痣があり、おそらく身体中に傷があるだろう。
「手伝うか?」
「多分大丈夫。ダメだったら手伝ってほしい」
「おーけい」
私はタブレットの魔法メニューから浮遊を選んで、カメラを倒れた男性に向けて発動ボタンを押す。
すると男性の体が腰の高さくらいにまで浮かびあがった。あとは館まで引っ張っていくだけなのだが、魔法の効果時間はタブレットのバッテリーに依存していて、充電が一割を切ると強制解除されてしまうため急がなければならない。
「ふぅ。なんとか間に合った」
館の前に到着した時にはバッテリー残量は二割を切っていた。滅多に使う訳じゃないけど、魔法は消費が激しいから困る。
「魚は調理場に置いとけば良いか?」
「うん。生け簀に放り込んでて良いよ。今日はごめんね、ありがと」
「暇潰しにはなったから良いんじゃねーの。んじゃ、また後でな」
キュレイは館の裏口の方へ去り、私は男性を引っ張って空いてる部屋で下ろす。
さて、鎧の脱がし方ってどうやるのかしら?
私が手こずっているとタブレットから着信音。鎧の脱がし方なる手順を記したメッセージが入っていた。助かるー。
なんとか脱がし終えて部屋番号のタグを提げたカゴに鎧を入れて、部屋の外に置いておく。そうすると明日には綺麗になって戻ってくる。便利。
男性の傷を簡単に手当てして、私は部屋を後にした。
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