第3話 二人のお父さんです
レイの様子から「まさか」と思うが確かめるのも何か怖い気がしたソルトが躊躇っているとティアのいる部屋から『おぎゃぁ~』と元気な産声が聞こえてきた。
「「産まれた!」」
ソルト達が互いに手を取り合い、喜んでいたらエリスがティアの部屋から勢いよく飛び出して来たかと思うと何かを探している様子を見せる。
そして、レイと目が合うと、「来て!」とだけ言ってエリスがレイの手を引っ張って部屋の中へと戻る。
「何かあったのかな?」
部屋の中が何か慌ただしくなっているのはなんとなく分かるが、その何が起きているのかは分からないため、ソルトは不安になる。
『ソルトさん、マズいです』
「ルー? どうしたの?」
『もう一人の子が息していません!』
「え? 何、どういうこと?」
『詳しいことは分かりませんが、もう一人の子は自発呼吸がうまく出来ていないようです。今、レイさんが治療に当たっていますが、怪我や病気ではないので効果はありません。ソルトさん、急いでください!』
「分かった!」
ルーとの会話を終えると、ソルトはティアのいる部屋の扉を乱暴に開けると、レイの元に駆け寄り、レイが治療していた赤児の足を左手で掴み、そのまま逆さに持ち上げる。
「ソルト! 何をするつもりだい! その赤児を離すんだ!」
しかし、ソルトは女将が止めるのも聞かずに、そのまま右手で強めにお尻を叩く。
「「「ソルト!」」」
そして、それを見た女将達が悲鳴の様にソルトの名を叫ぶ。それでもソルトは赤児のお尻を叩く手を止めない。
「ソルト、お願いだから止めてくれ。その子はもう……だから、もうそれ以上の仕打ちは止めておくれ」
女将が懇願するようにソルトにすがりつき、その手を止めようとする。
「頑張れ! 頑張るんだ! 君を待っている人がいるんだ。だから、頼むから……泣くんだ! さあ!」
これで最後だと言わんばかりにソルトは思いを込めて、赤児のお尻を『バチン』と叩く。
『ふ……ふぎゃぁ~』
「「「泣いた!」」」
「これでもう安心だな。ごめんな。痛かったよな」
ソルトは赤児をちゃんと抱くとレイに赤くなったお尻の治療を頼む。
「もう、無茶しないでよ。どうかしちゃったのかと思ったじゃない……バカ!」
「すまない。昔、テレビか何かで自発的に呼吸が出来ない赤児のお尻を叩いて刺激を与えてたのを思い出してさ。もう、急がなきゃと思ったら咄嗟に手が動いていたよ」
「本当に無茶するね。もう私は諦めかけていたってのに。でも、ありがとう」
女将はそう言って、ソルトに深々と頭を下げる。
「女将さん、止めてよ。それよりもほら、この子はちゃんと生きているんだから。後は任せたよ。じゃあね。ティア、驚かせてごめんね」
ベッドの上で呆然としていたティアにソルトが声を掛けると、ティアが涙ぐみながらソルトに向かってお礼を言う。
「ううん。お礼を言うのは私よ。ソルト、本当にありがとう。私とワーグの子を救ってくれたことは一生忘れないわ」
ティアからお礼を言われ、ソルトは恥ずかしそうに頭をポリポリと掻く。
「お礼は受け取ったから。今はゆっくり休んでね。じゃあ、レイ、エリス。後は頼むね」
「ええ」
「はいはい、分かったから。男の人は部屋から出ててね」
「レイ、分かったから押すなよ」
レイに部屋の外まで押し出されるとソルトの背後で扉が閉じられる。
「ソルト! 一体、何があったんだ! 頼む、教えてくれ!」
部屋から出たソルトがワーグに詰め寄られる。
「ワーグ、ちゃんと話すから落ち着いて」
「落ち着いていられるか! あの部屋には産まれたばかりの俺の子がいるんだろ。何があったんだよ。話してくれよぉ!」
「ワーグ! 大丈夫だから。ティアも二人の赤ん坊も無事だから」
「本当か? 本当なんだな! 信じていいんだな!」
「ああ、だから二人の赤ん坊も無事だから。安心しろ!」
ソルトの話を聞いてワーグもなんとか落ち着きを取り戻す。
「ほら、ワーグも父親になるんだ。二人の子供に恥じないようにしないと」
「そうか、そうだよな。俺も……俺も父親になるんだよな」
「そうだよ。二人の父親だぞ。頑張らないとな!」
ソルトに励まされていたワーグがなんだか腑に落ちないといった顔になる。
「ん? なあ、ソルト。ちょっと聞きたいんだけどいいか?」
「なんだ? ティアなら無事だと言っただろ」
「ああ、それは聞いた。だが、俺が聞きたいのはそれじゃなくてな」
「なんだ?」
「ソルト、お前はさっきから『二人の子』と言ってるよな?」
「ああ、そうだ」
ワーグは何を言いたいんだろうとソルトはワーグを訝しむ。
「俺は『俺とティア』の夫婦二人の子だという意味で言っていると思っているんだが、ソルトの話す感じがどうも違う意味に聞こえてしまうんだが……」
「あれ? ちゃんと伝わっていなかった?」
そんなワーグの話を聞いてソルトは自分が話した内容がちゃんとワーグに伝わっていなかったことを確認する。
「やっぱり違うのか?」
「えっとね。俺が言っていたのは『二人の子』なんだけど」
「だから、俺達夫婦『二人の子』だろ?」
「ううん、いや、それもそうなんだけどちょっと違う。ちゃんと言うと『赤ん坊が二人』つまりは双子ってこと」
「なんだ。そういうことか。もう、ちゃんと言えよな。そうか、双子で『二人の子』か」
「そう、双子のこと」
「そうか……双子だとぉ!」




